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征東大将軍

第171話:一八三八年、元幕臣勝小吉

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勝小吉  :三六歳
男谷信友 :四〇歳(別名・精一郎)
島田虎之助:二四歳

 俺は運がいい、本当に運がいい。
 天下泰平の世では俺など何の役にも立たぬ穀潰しだ。
 だが戦国乱世なら、俺は一廉の漢として生きていける。
 無頼に生きてきた人生も、乱世なら役に立つ。
 顔見知りの博徒やならず者が一旗揚げようと集まって来た。

 元幕臣や元平民は精一郎に任せればいい。
 精一郎なら開拓や遊牧、上様の望みを間違う事はない。
 俺はただ前だけを見て戦えばいい。
 もう検校の子、金貸しの子という蔑みは聞こえない。
 金で買った御家人だという奴もいない。

 確かに男谷家は検校だった祖父が金で買った家だ。
 父が旗本役に就けたのは祖父の金のお陰だと言われれば否定できない。
 俺が勝家に末期養子に入れたのも祖父の金のお陰だと言われた。
 だが精一郎の剣名は自分で勝ち取ったモノだ。
 俺達がこうして勝ち続けているの祖父の金のお陰じゃない。

「突撃だ!」

 もう何も負い目を感じる事はない。
 戦場があるのに震えて屋敷で居竦んでいる連中の言葉など鼻で笑ってやる。
 俺はただ馬を駆り銃を撃ち槍を振るい敵を殺すのみ。
 敵の矢玉を受けて死ぬまで、ひたすら前に突き進む。
 同じように泰平の世では生きられない連中とこの地を駆ける。
 ただ東へ、東へと馬を駆ればいい。

 脚だけで馬を操り馬上で弾を込める。
 火縄銃ではとてもできないが、ドライゼ銃なら可能だ。
 敵に追いついたら銃は鞍に差し込んで槍に持ち替える。
 剛勇の俺でも馬上で長い槍を振るうのは難しい。
 いや、ドライゼ銃があるから長い槍は不要。
 刻を忘れて敵を追い突き殺す。

「勝の親分、今日はこの辺で止めた方がいい。
 馬に一息入れてやらないと潰れちまう」

 大前田英五郎が止めやがる。
 隣の島田虎之介と江戸屋虎五郎もうなずいているから納め時なんだろう。
 まだ戦い足りないが仕方がない。
 攻め時引き時はこいつらの方が心得てやがる。
 俺はただ止められるまで先頭を駆ければいい。

「分かった、小休止、休め」

「ブッルフルルルル」

 馬が嬉しそうに嘶く。
 二人の言う通り疲れていたようだ。
 浅く細い小川の方に連れて行って水を飲ませてやる。
 喉を軽く指で押さえてちゃんと飲んだ水の量をはかる。
 ちゃんとたくさん飲んだか確かめておかないと、疝痛を起こして死んでしまう。
 馬も戦友だ、俺の不覚で死なせるわけにはいかない。

 懐から塩塊を取り出して舐められるように準備してやる。
 周りにも同じように馬に水を飲ませ塩を用意する連中がいる。
 旗本奴や中間奴、無頼の侠客として名を売った連中ばかりだ。
 皆自分の腕一本で馬乗りの旗本に成れた事を心密かに喜んでいる。
 だから馬をとても大切にする。
 これなら途中で馬を潰して脱落する奴はいないだろう。
 明日も明後日もひたすら東を目指す。
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