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征東大将軍

第163話:一八三七年、忠誠・調所清八視点

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 上様の謀略が見事に成功して英国で内乱が起きた。
 上様とは言って征夷大将軍の徳川家慶ではなく、征東大将軍の松平斉恕様の事だ。
 正直薩摩藩を潰した松平斉恕様には複雑な思いがある。
 いや、憎しみの方が大きいと言える。

 だが薩摩藩の借金を帳消しにして藩士の生活をよくしてくださったのは確かだ。
 それにあのままでは豊後守様と上総介様の争いになっていただろう。
 十一代将軍家斉公が権勢を握ったままだったら、豊後守様は隠居させられ我らは殺されていたかもしれない。

 それに比べれば、働き次第で万石取りも不可能ではない今の待遇は夢のようだ。
 それに上様は私に薩摩藩のお家再興を約束してくださった。
 だが領地は元の薩摩大隅は返していただけない。
 ロシアとの最前線を与えられることになる。
 信長公の方面軍大将のように、常に最前線を転封すると事になると最初から宣言されてはいるが、それでもお家再興が許されるのなら十分だ。

 しかも一旦袂を分かった豊後守様派と上総介様派を別々に遇してくださるという。
 そうしていただければ元薩摩藩士同士が争わなくてすむ。
 我らはエジプト方面で戦い、先年亡くなられた上総介様に付いた連中は、カザフ・トルクメン方面で戦っている。

 我らは豊後守様の御次男久寧様を擁している。
 上総介様派は上総介様が溺愛されていた兵庫頭様を擁している。
 伝え聞く噂では知勇兼備の名将との事、上総介様が溺愛されたのも間違いではなかったのかもしれないが、問題は財政を上手く回せるかだ。
 今はまだ上様の戦目付が指導してくださっているからいいが、完全に藩政を自由にできるようになった時が問題だ。

 まあ、元は同じ薩摩藩島津家の御兄弟とはいえ、別の藩の事だ。
 我らは久寧様と共に新たな藩を大きくするだけだ。
 両藩合わせて元薩摩藩の表高までと決められている。
 しかも表高ではなく実高で、更に琉球を除いた石高ではある。

 だが実際に与える気のない石高を言われるよりはずっといい。
 上様が決して約束をたがえない事は、エジプトまでの戦いで分かっている。
 南蛮伴天連との激しい戦場だから一国一城令などない
 こんな南蛮伴天連の土地ではあるが、陪臣でも一国一城の主になれるのだ。
 兵庫頭様に負けないようにしなければ、我らの取り分が減ってしまう。

「ご家老、上様からの指令書が伝書鳩で届きました」

「うむ」

 上様からの指令書は伝書鳩で届くが、伝書鳩が猛禽に襲われる事も考慮されていて、複数の伝書鳩が同じ内容の文を届けてくる。
 
『清八をはじめとした元薩摩藩士の働き見事である。
 島津家の再興には諸藩の手前石高制限を設けるが、松前藩士に石高制限はない。
 陪臣として島津家に仕えるのではなく、再び松前藩士として働くのならば、十万石の褒美も考える』

 有難い指令書に涙が流れそうになる。
 上様は情け容赦のない謀略も駆使されるが、家臣領民に対する慈愛がとても厚い。
 最前線の将兵や輸送路の駐屯将兵に対する兵糧や武器弾薬の補給体制を見れば、如何に家臣を大切にされているかよく分かる。

 今までの働きで得た領地を島津家再興に使わせて頂きたいと嘆願書を送った時も、快く応じてくださった。
 この指令書も、久寧様と家臣の間を裂くためではなく、働きに相応しい褒美を与えようとの御考えでの事だろう。

 だが、誤解する性根の捻じ曲がった者もいる。
 エジプト方面軍の元薩摩藩士を集めて話し合わなければいけない。
 それと、儂はどうするべきなのだろうか。
 忠義と個人の功名のどちらを選ぶべきだろうか。
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