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征夷副大将軍

第129話:一八三五年、予言はないが……

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 俺の記憶にある次の天災や人災は一八三八年なので、予言するには早すぎた。
 だから今年も予防医学の大切さを広めた。
 それでも、寿命や運命を回避できるわけではない。
 転生前の日本でも、人には避けられない寿命があった。
 五年生存率は格段によくなっていたが、助けられない癌は存在する。
 耐性球菌が現れる事で、結核罹患者の一割は死んでいた。
 この世界でも助けられない人間が数多くいるのだ。

「殿、将軍家がオロシャとの戦いに気付いたようでございます」

 ついに覚悟していた時がやって来た、いつかはバレると思っていた。
 これほど長く戦っているのだから、隠し通せるはずがないのだ。
 将軍家にだって御庭番もいれば忠臣もいる。
 俺の事を憎んでる幕臣や大名も少なくないのだ。
 俺の足を引っ張るために、密偵を藩士採用試験や移民の中に送り込むことは、最初から想定の範囲だった。

「それで、将軍家は何か言ってきたのか」

「いえ、今のところは何も言ってきておりませんし、詰問の使者を送る様子もありませんが、幕臣や紀州藩に変な動きをする者がおります。
 親藩衆や譜代衆を巻き込んで殿を排斥しようと画策しておるようですが、応じる者がいないので随分苛立っているようです。
 井伊直亮様から手紙が届いております」

 将軍家が知るまでは放置しておけと俺が言っていたから、井伊直亮殿から手紙が届くまで報告しなかったのだろう。
 八方手を手を尽くして仲間を増やそうとしても無駄だったので、危険を承知で家斉に近かった井伊家を味方にしようとしたのだろうが、井伊直弼が現れる井伊家にはずっと注意を払い利益も与えて来ているのだ。

 特に将来井伊直弼となる井伊鉄三郎には、後に師弟関係を結ぶ長野義言が尊王主義だと注意を与えている。
 父親の井伊直中が死んでからは、弟の井伊直恭と一緒に花の咲くことのない埋もれ木に例えた埋木舎に移動していたが、そろそろ頃愛かもしれない。

 昨年養子口を求めて弟の井伊直恭と一緒に江戸に来ていたが、史実通り弟の井伊直恭の方が内藤政順の養子に選ばれた。
 弟の井伊直恭が、亡くなった内藤政順の跡を継いで日向国延岡藩七万石の七代藩主となったのに比べて、自分はまた彦根の埋木舎に戻って捨扶持三百石で生涯を終えるのかと思っているだろう。

 そこに俺が藩士として迎えると言えば、しかも南蛮の大国と戦争中で功名をあげる機会があると知れば、彦根藩系で仕官採用試験を受けた者達を率いて前線で戦ってくれる可能性が高い。
 無能な人間なら大切な藩士の頭には据えないが、少なくとも井伊直弼は無能ではないし、幕末の混乱で不幸な死を迎えた一人には違いない。
 何より井伊家に対する人質にもなるし、露国との戦争を井伊家が賛成してくれる理由にもなる。
 同じような方法で三百諸侯の一族を召し抱えたが、それが吉と出るか凶と出るか。
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