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征夷副大将軍

第70話一八二七年、征夷副大将軍

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 その話を聞いた時、俺は足元から全てが崩れ落ちる感覚になった。
 今まで積み上げてきた物が、全て無に帰してしまった気になった。
 一生懸命積み上げてきた信用と信頼が、音を立てて崩れ落ちたと思った。
 私心を捨てて、世のため他人のために働いていると思わせていたのに、官職を望む私利私欲で動いていたのだと、勘違いされてしまうと思った。

 だから、幕府の使者にも病気を理由に会わなかったし、勅使が参られても会えないと留守居役に伝えさせた。
 朝廷からの勅使を門前払いにはできないから、勅使が任命されないように、事前工作をさせていたのだが、無駄だった。
 天災を事前に知り、被害を抑える俺の事を、朝廷も注目し頼りにしていたのだ。

 仮病を使っている俺の元に、無理矢理勅使と院使が来てしまい、会わないわけにはいかなくなってしまった。
 もっとも仮病を使っていたので、見舞うという形にしてもらい、堅苦しい作法は全て免除してもらった。
 勅使も院使も東照神君の天罰を恐れたのか、全く不平不満を言わず、直ぐに帰ってくれたから、精神的にも肉体的にもあまり負担はなかった。

 負担はなかったが、官職は押し付けられてしまった。
 従二位権大納言に昇叙転任し、征夷副大将軍、陸奥守、検非違使別当を兼任させられてしまったが、この官職に父上と御爺様の妄執を感じてしまった。
 徳川義直と徳川光圀の亡霊に支配されていると思った。

 どう考えても、北畠顕家の故事と、御三家で天下の副将軍と市井で言われながら、実際には副将軍でもなんでもなく、将軍家は勿論、尾張徳川家にも紀伊徳川家にも、紀伊家の分家に過ぎないと一段低く扱われていた、水戸徳川家の怨念に囚われた官職の選び方だった。

 征夷副将軍ではなく征夷副大将軍に拘ったのは、南朝方として尊王に殉じた北畠顕家を意識してだろう。
 陸奥守と検非違使別当を兼任させているのもそのためだ。

 それならいっそ鎮守府大将軍の官職を、朝廷や徳川家斉、徳川家慶や幕閣に要求すればいいものを、征夷副大将軍の副に拘るところが、徳川一門御三家である水戸徳川家の血というものであろう。

 今はまだ朝廷と敵対していない将軍家に対して、将軍に対抗するような鎮守府大将軍の官職は要求できなかったのだろう。
 本当に水戸徳川家の血が流れる者の屈折した思考だよ。

 左大臣に転任し、征夷大将軍・源氏長者宣下を受けた徳川家慶より少し下の官職を選んでいるところが笑ってしまう。
 まあ俺が何もしないのに、いや逃げ出して屋敷に引きこもっているのに、これだけ俺に都合のいい御膳立てをしてくれたのなら、それに乗せてもらおうではないか。
 いや、都合がいいように活用させてもらおうではないか。
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