70 / 238
征夷副大将軍
第70話一八二七年、征夷副大将軍
しおりを挟む
その話を聞いた時、俺は足元から全てが崩れ落ちる感覚になった。
今まで積み上げてきた物が、全て無に帰してしまった気になった。
一生懸命積み上げてきた信用と信頼が、音を立てて崩れ落ちたと思った。
私心を捨てて、世のため他人のために働いていると思わせていたのに、官職を望む私利私欲で動いていたのだと、勘違いされてしまうと思った。
だから、幕府の使者にも病気を理由に会わなかったし、勅使が参られても会えないと留守居役に伝えさせた。
朝廷からの勅使を門前払いにはできないから、勅使が任命されないように、事前工作をさせていたのだが、無駄だった。
天災を事前に知り、被害を抑える俺の事を、朝廷も注目し頼りにしていたのだ。
仮病を使っている俺の元に、無理矢理勅使と院使が来てしまい、会わないわけにはいかなくなってしまった。
もっとも仮病を使っていたので、見舞うという形にしてもらい、堅苦しい作法は全て免除してもらった。
勅使も院使も東照神君の天罰を恐れたのか、全く不平不満を言わず、直ぐに帰ってくれたから、精神的にも肉体的にもあまり負担はなかった。
負担はなかったが、官職は押し付けられてしまった。
従二位権大納言に昇叙転任し、征夷副大将軍、陸奥守、検非違使別当を兼任させられてしまったが、この官職に父上と御爺様の妄執を感じてしまった。
徳川義直と徳川光圀の亡霊に支配されていると思った。
どう考えても、北畠顕家の故事と、御三家で天下の副将軍と市井で言われながら、実際には副将軍でもなんでもなく、将軍家は勿論、尾張徳川家にも紀伊徳川家にも、紀伊家の分家に過ぎないと一段低く扱われていた、水戸徳川家の怨念に囚われた官職の選び方だった。
征夷副将軍ではなく征夷副大将軍に拘ったのは、南朝方として尊王に殉じた北畠顕家を意識してだろう。
陸奥守と検非違使別当を兼任させているのもそのためだ。
それならいっそ鎮守府大将軍の官職を、朝廷や徳川家斉、徳川家慶や幕閣に要求すればいいものを、征夷副大将軍の副に拘るところが、徳川一門御三家である水戸徳川家の血というものであろう。
今はまだ朝廷と敵対していない将軍家に対して、将軍に対抗するような鎮守府大将軍の官職は要求できなかったのだろう。
本当に水戸徳川家の血が流れる者の屈折した思考だよ。
左大臣に転任し、征夷大将軍・源氏長者宣下を受けた徳川家慶より少し下の官職を選んでいるところが笑ってしまう。
まあ俺が何もしないのに、いや逃げ出して屋敷に引きこもっているのに、これだけ俺に都合のいい御膳立てをしてくれたのなら、それに乗せてもらおうではないか。
いや、都合がいいように活用させてもらおうではないか。
今まで積み上げてきた物が、全て無に帰してしまった気になった。
一生懸命積み上げてきた信用と信頼が、音を立てて崩れ落ちたと思った。
私心を捨てて、世のため他人のために働いていると思わせていたのに、官職を望む私利私欲で動いていたのだと、勘違いされてしまうと思った。
だから、幕府の使者にも病気を理由に会わなかったし、勅使が参られても会えないと留守居役に伝えさせた。
朝廷からの勅使を門前払いにはできないから、勅使が任命されないように、事前工作をさせていたのだが、無駄だった。
天災を事前に知り、被害を抑える俺の事を、朝廷も注目し頼りにしていたのだ。
仮病を使っている俺の元に、無理矢理勅使と院使が来てしまい、会わないわけにはいかなくなってしまった。
もっとも仮病を使っていたので、見舞うという形にしてもらい、堅苦しい作法は全て免除してもらった。
勅使も院使も東照神君の天罰を恐れたのか、全く不平不満を言わず、直ぐに帰ってくれたから、精神的にも肉体的にもあまり負担はなかった。
負担はなかったが、官職は押し付けられてしまった。
従二位権大納言に昇叙転任し、征夷副大将軍、陸奥守、検非違使別当を兼任させられてしまったが、この官職に父上と御爺様の妄執を感じてしまった。
徳川義直と徳川光圀の亡霊に支配されていると思った。
どう考えても、北畠顕家の故事と、御三家で天下の副将軍と市井で言われながら、実際には副将軍でもなんでもなく、将軍家は勿論、尾張徳川家にも紀伊徳川家にも、紀伊家の分家に過ぎないと一段低く扱われていた、水戸徳川家の怨念に囚われた官職の選び方だった。
征夷副将軍ではなく征夷副大将軍に拘ったのは、南朝方として尊王に殉じた北畠顕家を意識してだろう。
陸奥守と検非違使別当を兼任させているのもそのためだ。
それならいっそ鎮守府大将軍の官職を、朝廷や徳川家斉、徳川家慶や幕閣に要求すればいいものを、征夷副大将軍の副に拘るところが、徳川一門御三家である水戸徳川家の血というものであろう。
今はまだ朝廷と敵対していない将軍家に対して、将軍に対抗するような鎮守府大将軍の官職は要求できなかったのだろう。
本当に水戸徳川家の血が流れる者の屈折した思考だよ。
左大臣に転任し、征夷大将軍・源氏長者宣下を受けた徳川家慶より少し下の官職を選んでいるところが笑ってしまう。
まあ俺が何もしないのに、いや逃げ出して屋敷に引きこもっているのに、これだけ俺に都合のいい御膳立てをしてくれたのなら、それに乗せてもらおうではないか。
いや、都合がいいように活用させてもらおうではないか。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
死亡フラグだらけの悪役令嬢〜魔王の胃袋を掴めば回避できるって本当ですか?
きゃる
ファンタジー
侯爵令嬢ヴィオネッタは、幼い日に自分が乙女ゲームの悪役令嬢であることに気がついた。死亡フラグを避けようと悪役令嬢に似つかわしくなくぽっちゃりしたものの、17歳のある日ゲームの通り断罪されてしまう。
「僕は醜い盗人を妃にするつもりはない。この婚約を破棄し、お前を魔の森に追放とする!」
盗人ってなんですか?
全く覚えがないのに、なぜ?
無実だと訴える彼女を、心優しいヒロインが救う……と、思ったら⁉︎
「ふふ、せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく這いつくばっていればいいのよ。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないわ」
かくしてぽっちゃり令嬢はヒロインの罠にはまり、家族からも見捨てられた。さらには魔界に迷い込み、魔王の前へ。「最期に言い残すことは?」「私、お役に立てます!」
魔界の食事は最悪で、控えめに言ってかなりマズい。お城の中もほこりっぽくて、気づけば激ヤセ。あとは料理と掃除を頑張って、生き残るだけ。
多くの魔族を味方につけたヴィオネッタは、魔王の心(胃袋?)もつかめるか? バッドエンドを回避して、満腹エンドにたどり着ける?
くせのある魔族や魔界の食材に大奮闘。
腹黒ヒロインと冷酷王子に大慌て。
元悪役令嬢の逆転なるか⁉︎
※レシピ付き
魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~
鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」
未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。
国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。
追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
冒険がしたい創造スキル持ちの転生者
Gai
ファンタジー
死因がわからないまま神様に異世界に転生させられた久我蒼谷。
転生した世界はファンタジー好きの者なら心が躍る剣や魔法、冒険者ギルドにドラゴンが存在する世界。
そんな世界を転生した主人公が存分に楽しんでいく物語です。
祝書籍化!!
今月の下旬にアルファポリス文庫さんから冒険がしたい創造スキル持ちの転生者が単行本になって発売されました!
本日家に実物が届きましたが・・・本当に嬉しくて涙が出そうになりました。
ゼルートやゲイル達をみことあけみ様が書いてくれました!!
是非彼らの活躍を読んで頂けると幸いです。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる