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第一章

5話

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 今身に付けている宝石だけでは、とても軍資金にはなりません。
 他国に逃げ、潜伏するだけでも大金が必要です。
 信用できる側近を集め育てるには、それ以上の資金と時間が必要でしょう。
 更にダファリン公爵家を取り戻すための傭兵を募集するとなると、どれほど莫大な資金が必要になる事か……

「一度身勝手な願いを口にいた以上、もう躊躇いません。
 屋敷に戻り、軍資金を持ち出すのを助けてくれませんか。
 持ち出せた金品の半分を差し上げます。
 私にできるのはそれが精一杯です。
 どうかお願いします」

 私が管理している、ダファリン公爵家の個人資産を隠している秘密の部屋は、佞臣共には見つけられないはずです。
 ダファリン公爵家の公的資金は、宝物庫と金庫に保管してあります。
 鍵は私と忠臣しか持っていませんし、解錠番号も私と忠臣しか知りません。
 どれほど拷問を受けようと、忠臣達が解錠番号をしゃべるとは思えないですが、何時かは解錠されてしまうでしょう。

「いいよ、直ぐに行こうか」

「何を言っているのですか。
 好き好んで命を危険に晒す馬鹿が何処にいるのですか!」

 さっきの方がまた主人をたしなめておられます。
 身長は主人と同じ一九〇センチメートルほどでしょうか。
 軽くウェーブした山吹色の髪、特徴的な金色の瞳、厳しい物言いを和らげる温かく優しさを感じる菜の花色の肌。

 しかし単なる優男ではないようです。
 足運びも重心のかけ方も、幼い頃から剣を相当鍛錬したように見えます。
 双剣使いでしょうか?
 腰に同じ長さの長剣を二振り帯剣されています。

「ここにいるよ。
 グレアムが心配するのは当然だけど、これは家訓なんだよ。
 義を見てせざるは勇無きなり。
 この御嬢さんを見捨てるようでは、家を継ぐ資格がないんだよ。
 それを忘れてはいけないな」

 跡継ぎなのですか⁈
 それにしても、とんでもない家訓ですね。
 大切な跡継ぎ息子に、命懸けの鍛錬を強要する家訓など、初めて聞きます。
 私には好都合ですが、良心が痛みます。
 忸怩たる思いです。

 ですが忠臣グレアムの言葉を踏み躙っても、重ねて御助力願わねばなりません。
 家訓に付け込み、自分の利益を謀らねばなりません。
 私は……汚い……

「そうだぞ、グレアム。
 兄者の申される通りだ。
 困っている御婦人を見捨てるなど、騎士道に反する。
 人道にもとる行為だ!
 お前は兄者をそのような卑劣漢にしようと言うのか!」

 主人以外にも、積極的に助力してくれる人がいます!
 二メートルを超える巨漢。
 軽くウェーブした常盤緑の髪と、同じ色の見事の顎髭!
 花緑青の瞳と青磁色の肌。
 何と勇ましい武人でしょうか!
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