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9話

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「よく来てくれた、エミリー。
 急がしたのは悪いと思っている。
 だが分かってくれ。
 余の心はエミリーの事で一杯なのだ。
 王族として王太子として、封じ込めていた想いを表せるようになったのだ。
 一時も我慢できないのだ。
 一日千秋の想いでエミリーの事を待っていたのだ。
 どうか、どうか、どうかこの想いを分かってくれ」
 
 周りの女官たちがディラン王太子殿下の想いを聞いて感動しています。
 顔を赤く染めています。
 本来なら私も同じように感動し喜びに打ち震えるべきなのでしょうか、逆に引いてしまいます。
 ディラン王太子殿下の想いが重すぎます!

「ありがたき幸せでございます。
 そのような思いをいただき、感謝の言葉もございません。
 お時間がかかった事、心からお詫びさせていただきます。
 ただご理解していただきたいのです。
 リヴァン男爵家のような弱小貴族家では、殿下のお側に侍る準備をする力がございません。
 殿下のご厚情で得た賠償金を全て使っても、殿下に危険が及ばないと確信できる女官を集めるのが難しかったのです」

 ああ、周りが引いているのが私にもわかります。
 本当なら、殿下の情熱的な想いに対して、私も同じように想いを返すべきなのでしょうが、私にそのような想いはありません。
 社交界で必要な、恋愛を武器にした勢力争いなど関係なく育ってきましたから、好きでもない相手を籠絡させるような、手練手管など一つも持っていないのです。

 ああ、乳母や側仕えまで固まっています。
 私が思っていた以上に、あまりに不出来な返事だったようです。
 これではディラン王太子殿下に愛想をつかされても仕方ありませんね。
 ですが、むしろその方が、私的には楽です。
 望むらくは、リヴァン男爵家に不利益が被りませんように。

「ああ、何と優しい心遣いなのだ。
 報告は受けているよ。
 本当に大変だったようだね。
 あのような大変な状況でも、余に害が及ばないように、せっかく得た賠償金全てを使ってくれるつもりだったこと、聞いている。
 なあに、何の心配もいらないよ。
 余には長年仕えてくれている信頼できる歴戦の者たちがいるからね。
 それよりも大切にして欲しいのは、エミリー自身の事だ。
 だがそれも、余が長年使ってきた安心できる魔道具を全てエミリーに下げ渡すから、何の心配もいらないからね」

 ああ、ディラン王太子殿下の想いが重すぎます。
 惚れた弱み、あばたもえくぼとはこのような状態を言うのですね。
 どんな失言であろうと、好意的に解釈してくださるのですね。
 でも魔道具を下げ渡す件はいけません!
 殿下の側近達が顔色を変えています。
 これは殿下の安全に係わる重大事件になります。
 返事を間違えると、殿下の側近に殺されてしまうかもしれません。
 慎重に返事しなければいけません!
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