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第一章

第30話:結婚(エマ視点)

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神歴五七〇年睦月二十二日:ロイセン王国王都王城内大舞踏会場・エマ視点

「「「「「エマ殿下、ご結婚おめでとうございます!」」」」」

 ロイセン王国を解放したちょうど一年後に、結婚式を挙げる事になりました。
 旧ロイセン王国の貴族や士族は十人も参加していません。
 大多数はゴート皇国貴族や新ロイセン王国貴族です。

 ジークは新生ロイセン王国の法律を大幅に改正しました。
 ゴート皇国の法を参考に、自分なりの考えを大胆に取り入れました。
 それは、女性が貴族家の当主になる事を認めた貴族法です。

 苦労なされたお母様をグダニスク公爵にするためなのですが、それが分かっているのは、当人のお母様と私、それと男爵に叙爵されたジョルジャ達だけでしょう。

 共に戦った冒険者の方々は叙爵されませんでした。
 ロイセン王国解放戦争でも、アバコーン王国との国境限定戦でも、ジーク一人で勝ってしまったので、冒険者達も活躍のしようがありませんでした。

 ただ、よほど性格の悪い者以外は、騎士か徒士の士族位が与えられました。
 領地や給与は与えられず、国有魔境での狩りが無税になっただけです。
 それでも冒険者達には利の有る事のようで、とてもよろこんでくれていました。

「お嬢様、ジークフリート陛下なら大丈夫でございますよ」

 物思いに耽っていた私にジョルジャが声をかけてくれます。
 結婚式の日まで最前線で戦っているジークの事を心配していると、気にかけてくれたのでしょう。

「いえ、ジークの事は心配していません。
 彼なら百万の大軍でも片手間で滅ぼしてしまうでしょう。
 そんな簡単な事が理解できず、しつこく攻め込んで来るアバコーン王国の事を考えていただけです」

「どれほど考えられても、馬鹿の考えなど分かりません。
 ただ、アバコーン王国はジークフリート陛下の力を認めたくないのでしょう。
 嫉妬、劣等感から負けを認められないのかもしれません」

「そんな事の為に、数十万の将兵を無駄死にさせ、財政を傾け、民が逃げ出すほどの増税を繰り返すのですか?」

「歴史を振り返ると、そのような王は掃いて捨てるほどいます。
 あとは、大陸各国に正当性を主張したいのかもしれません」

「ジークが広報戦と言っていた手法ですか?」

「はい、陛下は見事な手法で、大陸中に粗相王子達の悪行を広められました。
 電光石火の速さでこの城を占拠されただけでなく、国土を掌握されました。
 アバコーン王国は、戦争の口実が欲しかったのでしょうが、愚かにもロイセン王国の旧王家、アンスバッハ王家の亡命を受け入れてしまいました。
 粗相王子達に罪はないと宣言してしまった以上、もう後には引けないのです」

「お母様がジークに勧められた事が役に立っているのですね……」

 ジークがお母様を好きだった事くらい、二人の会話を少し聞けばわかります。
 私との結婚を決めたのだって、お母様に頼まれたからです。
 私を心から愛してくれている訳ではありません。

「お嬢様、陛下の愛情を疑ってはいけませんよ!
 自由に生きるために、第三皇子の立場と、将来必ずもらえる広大な領地と公爵位を捨てて、冒険者をしておられた方ですよ。
 アンジェリカ様がどれほど頼まれようと、好きでもない女性と結婚するような方ではありません!」

 ジョルジャが言ってくれている事は、頭では分かっているのです。
 ですが、心が納得してくれないのです。
 ジークが他の女性を愛して、私だけでなく国まで捨てる夢を見てしまうのです。
 
「すまない、一生に一度の結婚式なのに、待たせてしまったね」

 最前線から転移魔術で戻ってきたジークが謝ってくれます。

「敵が攻めてきたのだから、ジークが謝るような事ではないわ。
 それよりも、大丈夫なの、怪我はしなかった?」

「凝りもせずにまた攻めてきたから、何か新しい魔術を用意したかもしれないと用心していたのだが、代わり映えのしない力押しだったよ」

「それならいいの、また許してあげたの?」

「いや、どうしても捕虜にして欲しいと言われてしまったから、受け入れたよ」

 ジークは民を殺さないで欲しいという、お母様や私の願いを叶えてくれています。
 身代金の取れない平民兵を、毎回アバコーン王国に逃がしてくれていたのです。

「尋問官が話を聞いたところによると、逃がしてやってもまた強制徴募されて攻め込まされるらしい。
 しかも戦争に参加する兵糧や武器は自前で揃えなければいけないという。
 更に、戦争の為だと臨時税を何度も取られているらしい」

「国境から逃げ込んで来る平民達の言っている事と同じね」

「ああ、逃がしてもらえても、また強制徴募されてします。
 食糧もなく行軍させられたら、誰かを襲って食糧を奪うか、飢え死にするだけだと泣きついてきたそうだ。
 奴隷でもいいから残らせて欲しいとまで言ったそうだ」

「可哀想」

「エマがそう言うと思ったから、難民達と同じように、北竜山脈と南竜森林沿いに開拓村を造らせて、狩りで自活できるようにする」

「最初の食糧は、難民と同じように支給してあげるの?
 我が国の食料備蓄は大丈夫なの?」

「一年前に狩った大量の魔獣肉がまだまだ残っている。
 肉だけの食事でよければ、五年は大丈夫だよ」

「ねえジーク、今回の敵は十万と言っていなかった?
 その中の何人が亡命を希望したの?」

「ほぼ全員、九万人以上だよ」

「これまで逃げてきた人達も合わせたら、五十万人は下らないわよね?」

「そうだな、それくらいはいるな」

「あの時狩ったモンスターだけで、五十万人もの人々を五年も養えるとは思えないのだけれど?」

「降参、降参、俺の負けだよ。
 あの時狩ったモンスターだけじゃなく、それまでに狩っていた分もあるし、この一年間に狩った分もあるよ」

「あれだけ忙しかったのに、隠れて狩りに行っていたの?!」

「俺は束縛されるのが大嫌いでね。
 王の責任や夫の責任が嫌になってしまった時の事が不安なのだよ。
 だから、適当に息抜きができないか、色々試していたんだ」

「……ジークが嫌なら、今からでも結婚を取り止めてもいいのよ。
 婚約破棄の経験ならもうあるから、それほど傷つかないし」

「エマ、俺は心から君を愛している。
 君は俺の理想の女性だよ。
 俺が結婚に不安を感じるのは、君の所為じゃない。
 全て俺の身勝手が原因だ。
 その身勝手を抑える方法を探していただけだよ。
 エマと結婚して幸せな家庭を築きたい気持ちに嘘はないよ」

「ありがとう、ジーク。
 私もジークに見捨てられないようにするわ。
 ジークが自由を選べないくらいの、とても魅力的な女性になって見せるわ」

 ジークが優しくキスしてくれます。
 結婚に不安を感じていたのは私だけではなかった。
 自分の弱さ、身勝手に悩んでいたのはジークも同じだった。

「ジークフリート陛下、エマ殿下、会場の準備が整いました」
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