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第一章

第19話:ジーク(ジークフリート視点)

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神歴五六九年睦月七日:王都郊外・ジークフリート視点

 エマ嬢が自分の命を投げ出して冒険者達を救おうとした。
 乳姉さんの娘だから、慈愛の精神が強いのは分かっていた。

 だが、今の自分の立場を理解しているなら、軽々しく命を捨てるようなマネはできないはずなのだ。

 盗み聞きする気はなかったのだが、ジョルジャに厳しく叱られているのを聞いていたから、無理はしないと油断してしまっていた。

 グダニスク公爵の血を半分受け継いでいるからだとは思いたくないが、少々、いや、かなりヤンチャで無鉄砲な所があるようだ。

 待てよ、よく考えると、そんな性格に思い当たる人がいる。
 ウラッハ辺境伯がとんでもなくヤンチャで無鉄砲だった。
 断じてグダニスク公爵に似ているのではない。

 危なっかしい所は兎も角、弱者の為に命を懸ける性格は好ましいと思う。
 乳姉さんの慈愛とウラッハ辺境伯の無鉄砲は、結局のところ同じ物だ。

 ヤンチャで無鉄砲な所も、人生を重ねて行けば自然に丸くなる。
 命の賭け時も分かるし、歯を食いしばって我慢すべき時も分かる。
 自分の命の大切さを自覚したら、軽々しく捨て身にはなれない。

「おのれ、身分卑しい虫けら共!
 一度で退治できないなら二度三度駆除してやる。
 喰らえ、竜をも殺す錬金毒だ!」

 蘇った冒険者達に囲まれ、今にも捕らえられそうだった五人衆の一人が、再び毒薬を撒き散らした。
 向こうから仕掛けた毒薬戦だから、当然風上を確保してやがる。

「ウィンド・ストーム」

 だが、敵の行動はちぐはぐで、一貫性がない。
 この世界で毒薬戦を仕掛けるのなら、魔術師との連携は必要不可欠だ。

 自然に頼って毒薬を撒いてしまったら、敵の魔術師に跳ね返されてしまう。
 自分の撒いた毒で死んでしまうなんて、間抜け過ぎる。

 なのに、今回の敵は魔術師ではない配下を連れてきているだけだ。
 それも、大した腕でもない騎士や従騎士が百名にも満たない。

「「「「「うっ、ギャアアアアア」」」」」
「ぼっちゃま!」
「げどくざいを、解毒剤をください!」
「ぼっちゃま、死にたくない」

 俺が風魔術で敵を囲むと、自分達が撒いた毒を受ける事になる。
 冒険者達がほぼ即死していた状況を考えれば、かなりの猛毒だ。
 
 予想通り、敵の配下がバタバタと倒れていく。
 だが、首魁である五人衆の一人は平気な顔をしている。
 前もって解毒剤を服用していたのだろう。

 解毒剤が有るのに、配下には与えない。
 いったい何を考えているのか理解に苦しむ。

「高価な解毒剤をお前らごときに与えられるか!
 この役立たず共が!
 我が家に使える騎士ならば、平民の首くらい狩って見せよ」

「「「「「……」」」」」

 やはり家臣の事など家畜同然と思っているようだ。
 役に立たなければ見殺しにしてもかまわない。
 解毒薬を使う価値もないと、本気で思っているのだ。

「エマ嬢、これ以上魔術を使ってはいけません。
 敵に同情して自分が死ぬようでは、愚者の誹りを免れませんよ」

 一度極度の魔力切れで死にかけたと言うのに、懲りない人だ。
 今の状態で敵を助けようと解毒魔術を使おうとするなんて、愚かとまではいわないが、困った人ではある。

 理想を求めるのは尊い事だが、現実が見えていないのは困る。
 ここはかなり厳しく怒っておかないと、俺の目の届かない所で勝手に死んでしまうかもしれない。

「……はい、申し訳ありません、英雄騎士様。
 つい、無意識に呪文を唱えようとしてしまっていました」

「あんな連中を助ける必要などありませんが、簡単に助けられるのに見殺しにするのは、悪い事を指している気になってしまいますね。
 ですが、そこを我慢できないと、本当の弱者を助けられませんよ。
 ここは私が助けますが、次からは見殺しにしなさい。
 ウィンド・トルネード。
 エリア・パーフェクト・デトックス。
 エリア・パーフェクト・ヒール」

「まあ、英雄騎士様は攻撃魔術だけでなく、レベル十の回復魔術や快復魔術まで使えたのですか?!」

「冒険者をやっていると、何時どのような目に会うかわかりません。
 ありとあらゆる手段を身に付けておかないと、あっけなく死んでしまうのです」

「簡単に言われますが、大変な事なのではありませんか?
 屋敷の中で覚えた知識しかありませんが、レベル十の攻撃魔術と治癒魔術の両方を会得している人は、大陸中を探してもいないと教えられました」

「いない訳ではありませんよ。
 人の噂に登らない所に隠れているのです。
 実戦で戦う事が滅多にない、王侯貴族に仕える騎士や魔術師ならば、実力の全てを表に出しても大丈夫でしょう。
 ですが、傭兵や冒険者だと、実力の全てを表に出していたら、悪意のある者に裏をかかれて殺されてしまう事があるのです。
 誰にも知られていない切り札の一つや二つは隠し持っているのです。
 だから俺以外にも、高レベルの攻撃魔術と治癒魔術を使える者がいます」

「私、本当に世間知らずなのですね……」

「エマ嬢の立場ならしかたがない事です。
 それに、今まで世間知らずだったとしても、これからは違うでしょう?
 ウラッハ辺境伯の所に行けば、色々と教えてくれるはずですよ」

「そうですね、お爺様が色々教えてくださいますね」

 そんな話しをしながらも、エマ嬢は敵の騎士や徒士の事を心配している。
 名前も知らない騎士や徒士を、敵の首魁に見捨てられた、とても哀れな者達だと思っている。

 確かに今この場面だけ見れば可哀想に見える。
 だが、あの連中の普段の言動はどうなのだろうか?
 平民、領民に対してどんな言動をとっているのだろうか?

 騎士の中には領地を与えられている者もいるだろう。
 情け容赦なく領民を虐げているかもしれない。
 そんな悪逆非道な騎士だったら、ここで殺した方が良い。

「お爺様の所に辿り着いたら、私の為に英雄騎士様が手放された地位と名誉を、できる限りお返しさせていただきます。
 私のような者にできる事は限られていますが、お爺様にお願いします。
 もし、万が一、お爺様がお願いを聞いてくださらなかったら、お母様の化粧領を英雄騎士様にお譲りさせていただきます」

「そんな事は気にされなくていいですよ。
 アバコーン王国が与えた英雄騎士の称号など、大したものではありません。
 俺は自由を愛し楽しむ冒険者なのです。
 自分で言うのは何ですが、かなりの実力者なのです。
 その気になれば、自分で結構な額の金を稼ぐことができます。
 そうですね、ウラッハ辺境伯に褒美をお願いしてくださるのなら、領内での自由な狩りを許可してもらえばいいですよ。
 欲を言えば、税を免除してもらえるなら最高です」

「まあ、そのような事では全くお礼にならないではありませんか!」

 他愛もない事を話しながらも、敵達に対する攻撃の手は緩めていない。
 俺の切り札の一つは、無詠唱で魔術を発動できる事だ。
 今も詠唱した魔術と無詠唱の魔術を併用している。

 普段は恥ずかしいのを我慢して魔術を詠唱しているから、身内とも言えるパーティーメンバー以外には知られていない。
 
「そのような事は無事にウラッハ辺境伯領に辿り着いてから話しましょう。
 今はそれより、こいつらをどうするかを考えましょう」

 俺としては、首魁はもちろん騎士も徒士も生きたまま捕らえたい。
 人質として確保し、身代金と交換したい。

 身代金を払わないのなら、身動きできない状態にして領民に引き渡す。
 良い領主だったら、民が助けてくれるだろう。
 悪い領主だったら、民に嬲り殺しにされるだろう。

 エマ嬢は残虐だと言うかもしれない。
 だが、そんな目に遭うくらいの悪行を重ねてきたのだ。
 悪人にはそれに相応しい罰が必要なのだ。

「敵の大将、五人衆の一人でしたわね。
 その方と配下を風魔術で引き離されているのは、彼らが殺し合わないようにされているのですか?」

「はい、敵の首魁は配下を虫けら同然に考えています。
 風魔術で切り離しておかないと、また毒を撒いて殺そうとします。
 もうあんな連中の為に高レベル魔術を使うのは嫌ですから」

「配下の方々は恨みに思っていないのでしょうか?
 私なら、殺されかけたら復讐したくなります」

「彼らも同じですよ。
 彼らを切り離しているのは、騎士や徒士たちが、首魁を殺してしまわないようにしているのもあります」

「敵の大将に慈悲を与えておられるのですか?」

「いえ、そんな気は全くありません。
 本心は今直ぐにブチ殺したいですよ。
 ですが、手助けしてくれた冒険者達に礼をしなければなりません。
 そのためには、高い身代金をもらえる高位貴族を死なせる訳にはいかないのです」

「そんな、英雄騎士様が冒険者の褒美を気にされる事はありません。
 冒険者達を雇ったのは、お爺様です。
 英雄騎士様のお礼は兎も角、冒険者の褒美は何があってもお爺様に支払わせます。
 身代金は全部英雄騎士様がお取りください」

「それも、ウラッハ辺境伯領に辿り着いてから話しましょう。
 そんな事より、もういいかげん英雄騎士様と呼ぶのは止めてください。
 アバコーン王国の連中に言われるのはしかたがありませんが、関係のない人にそう呼ばれると、馬鹿にされている気がします」

「申し訳ありません。
 英雄騎士の称号を嫌っているとは思ってもいませんでした。
 もう使わないようにさせていただきます。
 ですが、そうなると、何とお呼びすればいいのでしょうか?」

「ジークと呼んでください。
 親しい連中はそう呼んでいます」

 ちょっと世間知らずでヤンチャで無鉄砲だが、慈愛の心が本物だと確かめられたから、愛称で呼ばれても腹が立たない。
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