仇討浪人と座頭梅一

克全

文字の大きさ
上 下
59 / 88
第三章

第五十九話:池原雲伯対立石新次郎

しおりを挟む
「立石様、これをご覧ください」

 池原雲伯は以前とは比べものにならないくらい堂々とした態度だった。
 虎の威を借る狐ではないが、全て用心棒のお陰だった。
 池原雲伯は心から信用できる凄腕用心棒を雇うことができていた。
 口入屋が日給三両もの大金を吹っかけるだけあって、用心棒候補達の試合では圧巻の強さだった。
 他にも実戦慣れした屈強な博徒と火消人足が身を守ってくれている。
 そんな用心棒たちを、一橋家と強気の交渉をして同席させているのだ。

「ふん、このような物をお上に提出する度胸が池原殿にあるのかな」

 池原雲伯が一世一代の思いで書きた告発状を立石新次郎は鼻で笑った。

「立石様の申される通り、わたくしにこれを提出する度胸はありませんよ。
 ですが私を殺せば、これが御上に提出される手はずになっております。
 それも一人や二人ではなく、十人もの方に頼んであります。
 いくら一橋家でも、その全てを奪いもみ消す事などできますまい。
 もうこれで簡単に私を殺す事などできませんよ」

「馬鹿の割には考えたな」

「ふん、馬鹿は一橋家でしょうね。
 こんな馬鹿なわたくしめに、十万石の浮沈を握らせたのですからね。
 それではこれから本番の交渉をさせていただきましょうか」

「ほう、臆病者の池原殿にしては強気な事だな」

「ふん、命がかかっていますからね。
 ここで震えているわけにはいきませんよ。
 わたくしの今回の条件は、新たに開帳する賭場と売春宿の安全です。
 水谷殿が仕切られていた賭場と売春宿をわたくしが引き継ぎます。
 一橋家は町奉行所と目付に手をまわしてお目こぼしさせてください」

 立石新次郎は心底池原雲伯を馬鹿にした表情を浮かべた。

「池原殿は何も御存じないのかな。
 寺社で賭場と私娼買いが露見した事で、幕府が本気で賭場と私娼を取り締まっているのだぞ」

「そのような事、お仲間の御老中に頼めばいい事でしょう」

「池原殿は大きな勘違いをしているようだな。
 池原殿と水谷殿が独断で行った事に、殿も御老中も一切係わりがないのだ。
 だから殿や御老中の手を借りる事などできぬ」

「そのような嘘が通用すると思っているのですか、立石殿。
 それに家老の水谷殿が行った事を、知らぬ存ぜぬを通せると思っているのですか」

「何と言われようとも、この件に殿は係わっておられない。
 だが、家老が独断でやった事であろうと、殿も責任が問われてしまう。
 だからこうして私が交渉しているのではないか。
 だが、それでも、やれる事とやれない事がある。
 この度の取り締まりをお目こぼしする事は絶対にできない」

 池原雲伯の用心棒五人は眉一つ動かさずに二人の交渉を見聞きしていた。
 御府内に流れた噂で、二人の話しが何を意味しているのかは想像がついた。
 だがそれを元に二人を脅かそうとするほど五人は馬鹿ではない。
 それに、彼らには最初から直接この件に介入する気はなかった。
 五人全員が梅一と同じ盗賊団の仲間だったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あしでまとい 御城下の秘技

井戸 正善
歴史・時代
 ある地方の藩士であった空閑政頼は、娘婿の陽一郎に家督を譲ってからというもの、高齢と病に苛まれ、妻女も娘も喪って心身ともに限界を感じていた。  家を継ぎ、城で勤めながらも甲斐甲斐しく世話をしてくれる陽一郎に対して自分があしでまといであると考えていた政頼は、鍛えていた剣の腕も、師より唯一人相伝された秘技もついに使わずに終わるのだろうと覚悟する。  ところが、古い友人がその秘技を頼って老中暗殺の依頼を持ちかけてきたかと思うと、直後には娘婿の陽一郎が件の老中を護衛する御役目を受けたと喜んで報告してきた。  政頼はこれを、陽一郎へ孝行の恩を伝える最後の機会であろうと考え、御役目に役立つであろうと秘技『無明』の伝授を決めた。  秘技が向けられる相手は、刺客である自分だと知りながら。  第7回歴史・時代小説大賞にて大賞を受賞いたしました。  読者様の応援のおかげです。ありがとうございます。

大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜

佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」 江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。 「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」 ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...