仇討浪人と座頭梅一

克全

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第三章

第五十一話:池原雲伯と一橋

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 梅一は盗賊団三百余名を動員して池原雲伯を付け回した。
 それこそ便所の中まで見張る勢いだった。
 それは池原雲伯の弟子や使用人にも及んだ。
 どこの誰からどんなつなぎがあるか分からないからだ。

 だがそれでも重要度の強弱は当然ある。
 当然だが配下にも能力と信用度に強弱がある。
 能力があって信用度の高い盗賊が重要だと思われる敵を見張る。
 重要度の低いと思われる敵には、能力と信用度の低い盗賊がつけられる。
 当然だが池原雲伯本人は梅一が付け回した。
 池原雲伯を付け回す梅一が感じた事は、雲伯の苛立ちだった。

「やあ、どう思いますか」

 梅一と交代するために、身のこなしの軽い巳之介が現われ声をかけた。
 三百を超える盗賊団の中でも、五本の指に入る身のこなしの軽い男だ。
 本当の名前は巳之介なのだが、仲間内では猿之介、猿とまで言われている。
 しかも事前に押し込み先の天井裏や床下に潜み辛抱強く仲間が来るのを待てる。
 そんな彼だからこそ梅一の交代要員に選ばれたのだ。

「苛立っているようだな。
 何かの中毒なような症状だ」

 梅一が鋭く見抜いて巳之介に伝えた。
 拾われてからずっと裏社会で生きてきた梅一だからこそ、色々な者を見ている。
 女を犯さずにいられない者や、人殺しに取り付かれた者も見た事があった。
 特に最近では、博打に狂った者を数多く見てきた。
 博打ができない時には禁断症状で家族や配下を打擲する者もいた。
 池原雲伯もそんな者達のように苛立ち、弟子や使用人に八つ当たりしていた。

「ではそろそろですね」

 二人は互いの名前を絶対に口にしない。
 符丁で相手を呼びならわす事もしない。
 厳しく鍛えられて危険を排除しているからこそ、最低限の言葉で話す。
 特に互いの正体に触れるような言葉は絶対に口にしない。

「では後は頼む」

 梅一が巳之介に命じるように言う。
 巳之介がうれしそうに笑顔で応える。
 巳之介も梅一が跡目を継ぐことを心から望んでいた一人だった。
 巳之介ならばひとり働きの盗賊に成る事も簡単だし、仁義を通して配下を連れて小さな盗賊団を立ち上げる事も可能だった。

 だが巳之介はそんな道を選ばなかった。
 駆け出しのころに鍛えてくれた先代にも、跡を継いでから配下を誰一人お縄にさせることがない当代のお頭にも、心から心服していた。
 何より、自分が盗賊団に入った頃にはもう一人前の熟練盗賊だった梅一に惚れこみ、何があっても支えて行こうと思っていた。

 だからこそ気合を入れて梅一と交代して池原雲伯をつけたのだが、この日の巳之介は運がよかったのか悪かったのか、雲伯が思いがけない所を訪ねた。
 事もあろうに江戸城の最も重要な曲輪の一つともいえる、一橋家の上屋敷に入って行ったのだ。
 さすがの巳之介も一橋家の上屋敷に忍び込むのは危険すぎた。
 だが巳之介はほんの一緒考えただけで一橋家の塀を飛び越え屋敷内に忍び込んだ。
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