仇討浪人と座頭梅一

克全

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第一章

第二十話:金配り

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 水谷屋敷の内蔵を破り長谷部検校を殺してから三日が過ぎていた。
 まだ御府内の御用改めが厳しく行われていた。
 そのため盗人宿から金を移動させることができないでいた。
 このままでは養父の盗人宿が、町奉行所や火付け盗賊改めに見つけられてしまうかもしれないと思った梅一は、身銭を切って動くことにした。

「水谷様のお恵みだ、遠慮なく受け取ってくんな。
 これは水谷様の蔵からいただいたお宝だ。
 水谷様は桜小僧に盗みに入られた大間抜けだ。
 それを隠して公方様に盗人を探させる大嘘つきだ。
 主人の一橋もどんな嘘をついているか分かったものじゃねえ」

 梅一は義賊桜小僧として小判をばらまいた。
 盗人宿の二万千両は運ぶことができないので、水谷屋敷の賭場で稼いだ五百余両しかばらまけなかったが、それでも五百軒あまりの長屋に金を撒くことができた。
 その噂を消す事など公方様でもできない事だった。
 翌日には水谷家が桜小僧にまんまと盗みに入られた事が江戸中に広まった。

 これが幕府の力を使って御用改めを行っていなければ、単に水谷家が武家として恥をかくだけで済んだのだが、今ではそうはいかなくなっていた。
 町奉行所や火付け盗賊改めに嘘を言って、江戸中で御用改めを行ってしまった後なので、幕府の威信まで汚したことになってしまった。

 徳川家治と田沼意次は温情的な処罰に止めようとしたのだが、一橋家の家名に傷を付けられた左近衛権中将治済が怒り狂い、水谷勝富に切腹を命じてしまったのだ。
 徳川家治と田沼意次も、水谷勝富は旗本ではあるものの一橋家の家老でもあるので、一橋治済の意向を尊重しなければいけなかった。
 有力な次期将軍候補でもある、一橋豊千代に傷をつける訳にもいかなかったので、結局は水谷勝富に切腹をさせて三千石の家禄を半分の千五百石とした。

 そこで水谷勝富への追及は終わった。
 屋敷で賭場を開いていた事も、御家人の娘達に身体を売らせていた事も、全てなかった事にされた。
 全てが水谷勝富の独断で行われていた事なのか、それとも一橋治済の指示で行われていた事なのか、調べようとする者は誰一人いなかった。

 ただ徳川家治と田沼意次が、一橋治済に疑念を持ったのは間違いなかった。
 特に田沼意次は、一橋治済を抑えるために送り込んだ甥の田沼意致が、大して役に立っていない事に気がついた。
 一橋豊千代を次期将軍に選んだとたん、自分が排除される可能性があると疑った。
 そこで腹心の長谷川平蔵宣以を書院番組頭格に抜擢したうえで、六人いる一橋家の用人の頭とし、一橋家に贈られる進物を管理する御進物番を兼任させた。
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