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第1章
第25話:嫡男誕生
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長谷川平蔵達が薩摩大隅で頑張っている間にも時は流れている。
周産期の母子死亡率が極端に高いので、家基は気が気ではなかった。
神仏や歴代将軍に、深雪と腹の中の子の無事を祈る日々を過ごした。
当然だが、鷹狩も遠乗りも行わなかった。
ほとんど毎日西之丸中奥と大奥を行き来するだけだった。
稀に紅葉山にある東照神君の御霊廟と、手前にある六代将軍までの五つの霊廟に参り、深雪とお腹子供の無事を願った。
七代将軍家継、八代将軍吉宗、九代将軍家重は、紅葉山に新たな霊廟を築く場所がないので、六代将軍までの霊廟に合祀された。
まだ場所のある吹上に新たな霊廟が築かれる事もなかった。
何故なら、幕府の勝手向きが苦しいのを理由に、吉宗が江戸城外にも新たな霊廟を築く事を禁じたからだ。
七代将軍家継以降は、寛永寺か増上寺にある、歴代の将軍霊廟に合祀されるようになったからだ。
江戸城内の霊廟に関しては、幼くして亡くなった七代将軍家継は、父親である六代将軍家宣の霊廟に合祀された。
八代将軍吉宗は、寛永寺の霊廟と同じように、五代将軍の霊廟に合祀された。
九代将軍家重は、父親の吉宗と同じように、五代将軍の霊廟に合祀された。
家基はそんな霊廟を巡って出産の無事を願った。
「おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ」
「和子様もお雪の方様も御無事でございます」
西之丸大奥からの使者に、母子ともに健康と聞かされた家基は、安堵の息を長々と吐いた。
深雪は、西之丸大奥でお雪の方様と呼ばれるようになっていた。
お深雪の方様では呼び難いので、深雪から一字を取って雪としたのだ。
「でかした、大手柄じゃ、深雪に褒美を取らせよ!」
一方、本丸では家治将軍が嫡孫誕生に狂気乱舞していた。
あまりの嬉しさに、深雪に将軍家秘蔵の宝物を下賜すると言っただけでなく、今直ぐ会いに行くとまで言って、田沼意次に止められるほどだった。
流石に出産したばかりの深雪に会う事は諦めたが、和子にはどうしても会いたいと駄々をこね、家基の後で会って抱く事ができた。
和子の幼名はその日の内に家治将軍が決めた。
徳川将軍家の歴代世子が付ける竹千代の幼名が与えられた。
家治将軍と家基からだけでなく、将軍家に忠誠を誓う者達からも健康を願われた。
深雪の妊娠出産までのあいだに、家基の正室問題も動いていた。
閑院宮典仁親王が帝や京都所司代に掛け合った事で、孝宮の江戸下向がようやく認められていた。
叔母の五十宮倫子女王と同じように、一二歳で江戸に下向するはずだったのが、一一歳になった安永八年二月五日に京をたち、三月一九日の浜御殿に入っていた。
表向きは凄く歓迎されたが、嫡孫誕生を心から喜んでいる家治将軍や家基からすれば、予定通り来年来てくれれば良かったのにと思われていた。
できる事なら、次男も深雪に生んで欲しいと思っている家基と家治将軍は、まだとても子供を産めそうにない孝宮には、二年後に西之丸大奥に入ってもらおうと考えていた。
だから、恭しく最高の礼を払って邪魔者を足止めする使者を送った。
「上様と大納言様は、孝宮様に無理はさせたくないと申されておられます。ここで十分体を休められ、大人になられてから西之丸に入って頂きたいとの事でございます」
父親の閑院宮典仁親王から色々と言い含められ、決意をもって江戸に下向してきた孝宮はもちろん、江戸で立身出世を夢見て来た女官達には腹立たしい言葉だった。
特に、孝宮が大人になるまでに、武家の女よりも先に寵愛を受けて、できれば世継ぎを生みたいと思っていた中級下級公家の娘は唇を噛みしめていた。
彼女達は、妊娠している側室がいる事を聞かされていなかったのだ。
色々探って、浜御殿に止め置かれる理由が、お雪の方様が嫡男を生み、次男もお雪の方様に生ませたい家基の意志だと知ってからは、呪詛をするくらい増悪した。
周産期の母子死亡率が極端に高いので、家基は気が気ではなかった。
神仏や歴代将軍に、深雪と腹の中の子の無事を祈る日々を過ごした。
当然だが、鷹狩も遠乗りも行わなかった。
ほとんど毎日西之丸中奥と大奥を行き来するだけだった。
稀に紅葉山にある東照神君の御霊廟と、手前にある六代将軍までの五つの霊廟に参り、深雪とお腹子供の無事を願った。
七代将軍家継、八代将軍吉宗、九代将軍家重は、紅葉山に新たな霊廟を築く場所がないので、六代将軍までの霊廟に合祀された。
まだ場所のある吹上に新たな霊廟が築かれる事もなかった。
何故なら、幕府の勝手向きが苦しいのを理由に、吉宗が江戸城外にも新たな霊廟を築く事を禁じたからだ。
七代将軍家継以降は、寛永寺か増上寺にある、歴代の将軍霊廟に合祀されるようになったからだ。
江戸城内の霊廟に関しては、幼くして亡くなった七代将軍家継は、父親である六代将軍家宣の霊廟に合祀された。
八代将軍吉宗は、寛永寺の霊廟と同じように、五代将軍の霊廟に合祀された。
九代将軍家重は、父親の吉宗と同じように、五代将軍の霊廟に合祀された。
家基はそんな霊廟を巡って出産の無事を願った。
「おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ」
「和子様もお雪の方様も御無事でございます」
西之丸大奥からの使者に、母子ともに健康と聞かされた家基は、安堵の息を長々と吐いた。
深雪は、西之丸大奥でお雪の方様と呼ばれるようになっていた。
お深雪の方様では呼び難いので、深雪から一字を取って雪としたのだ。
「でかした、大手柄じゃ、深雪に褒美を取らせよ!」
一方、本丸では家治将軍が嫡孫誕生に狂気乱舞していた。
あまりの嬉しさに、深雪に将軍家秘蔵の宝物を下賜すると言っただけでなく、今直ぐ会いに行くとまで言って、田沼意次に止められるほどだった。
流石に出産したばかりの深雪に会う事は諦めたが、和子にはどうしても会いたいと駄々をこね、家基の後で会って抱く事ができた。
和子の幼名はその日の内に家治将軍が決めた。
徳川将軍家の歴代世子が付ける竹千代の幼名が与えられた。
家治将軍と家基からだけでなく、将軍家に忠誠を誓う者達からも健康を願われた。
深雪の妊娠出産までのあいだに、家基の正室問題も動いていた。
閑院宮典仁親王が帝や京都所司代に掛け合った事で、孝宮の江戸下向がようやく認められていた。
叔母の五十宮倫子女王と同じように、一二歳で江戸に下向するはずだったのが、一一歳になった安永八年二月五日に京をたち、三月一九日の浜御殿に入っていた。
表向きは凄く歓迎されたが、嫡孫誕生を心から喜んでいる家治将軍や家基からすれば、予定通り来年来てくれれば良かったのにと思われていた。
できる事なら、次男も深雪に生んで欲しいと思っている家基と家治将軍は、まだとても子供を産めそうにない孝宮には、二年後に西之丸大奥に入ってもらおうと考えていた。
だから、恭しく最高の礼を払って邪魔者を足止めする使者を送った。
「上様と大納言様は、孝宮様に無理はさせたくないと申されておられます。ここで十分体を休められ、大人になられてから西之丸に入って頂きたいとの事でございます」
父親の閑院宮典仁親王から色々と言い含められ、決意をもって江戸に下向してきた孝宮はもちろん、江戸で立身出世を夢見て来た女官達には腹立たしい言葉だった。
特に、孝宮が大人になるまでに、武家の女よりも先に寵愛を受けて、できれば世継ぎを生みたいと思っていた中級下級公家の娘は唇を噛みしめていた。
彼女達は、妊娠している側室がいる事を聞かされていなかったのだ。
色々探って、浜御殿に止め置かれる理由が、お雪の方様が嫡男を生み、次男もお雪の方様に生ませたい家基の意志だと知ってからは、呪詛をするくらい増悪した。
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