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第二章

第17話:人質

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 ドーン!
「てきしゅう」
 ドーン、ドーン、ドーン
「てきしゅう、てきしゅう、敵襲!」

 行商人のピエトロと丁々発止の交渉をしていると、見張りが敵の攻撃を知らせる太鼓を叩き、声を張り上げます。

 叩かれているのは、俺が前世の知識とイメージを伝えて再現させた和太鼓です。
 地竜森林の魔樹と竜皮を使う事で、恐ろしく丈夫で大きい音を発する事の出来る、この世界独特の竜皮張りの太鼓ができあがったのです。

「公子!」

「交渉中に申し訳ないのですが、お聞きのように非常事態です。
 交渉はこれまでとさせていただきます。
 ピエトロには、念のために牢に入ってもらいます」

 ピエトロが今回襲ってきた連中と通じているとは限りません。
 ですが、警戒しておかなければいけません。

 俺が襲われるのなら何の問題もありませんが、北砦にいる領民を襲われでもしたら、取り返しがつきませんからね。

「承知しております。
 このタイミングで敵襲があれば、当然の事でございます」

 危険なのはピエトロだけではありません。
 我が家の情報を敵に売っていた、裏切者の領民がいるのは分かっています。
 そいつがこの機会を利用して謀叛を起こす可能性もあります。

 ですが、北砦にいる奴が裏切る可能性は極端に低いと思っています。
 俺が魔法を使える事を明らかにしたので、裏切っても勝ち目がない事を理解していると思うからです。

 俺は護衛騎士を引き連れて城門の所に行きました。
 ピエトロは、砦の兵士に連れられて牢に行きました。

 不審者を連行して閉じ込めるような雑用を、俺を護る護衛騎士がすると、その隙を狙って襲い掛かって来る者がいますからね。

「どうなっていますか?」

 砦の城壁で敵を見張っていた当番兵にたずねました。
 本当は全速力で駆けつけたかったのですが、威厳を損なわない程度の速さで来るしかありませんでした。

 そもそも全速力をだしたら護衛騎士がついて来られません。
 いえ、護衛騎士がついて来られる速さでしか移動できません。
 無理してついてきた砦の兵士は、城壁の上で倒れています。

「敵は空堀を見て戸惑っているようです」

 俺が領内の砦や村を強化するために切り出した大理石。
 切り出した場所は北砦、中砦、南砦の城壁周りです。
 
 竜爪街道は、炎竜が怒って爪撃で切り裂いてできたという伝説があります。
 本当かどうかは分かりませんが、人知の及ばない高熱で造られたのは確かで、地面と周囲が全て硬度の高い大理石でできているのです。

 北砦の正面と裏、城壁の前に幅10メートル、深さ10メートルの空堀ができるほど大理石を切り出しましたが、まだ普通の土や石がでてきません。
 それだけ深く変質するくらいの高熱で竜爪街道は造られたのです。

 そんな硬い大理石に底に、10メートルの高さから飛び降りるのは、自殺するのと変わりません。
 まして、重い武器や防具を持って飛びおるなど絶対に不可能です。

 そんな状況ですから、本格的な攻城兵器がない限り空堀を渡る事すらできません。
 敵が空堀を前にして戸惑うのは当然の事です。

「千はいますね。
 よくこれだけの兵士を集められましたね。
 いえ、動きが悪いので、領民を無理矢理掻き集めたようですね」

「若、連中を捕らえたら、命じた者の名を白状するのではありませんか」

 俺が自分の考えを纏めようと、思いついた事を口にしていると、護衛騎士筆頭であるレオナルドが話しかけてきました。

「レオ、敵は悪逆非道を絵に描いたような連中ですよ。
 自分の領民を動員したりするわけがないでしょう。
 自分と敵対している領主の民や、脅しをかけて言い成りにしたい領主の民を、野盗に偽装させた家臣にさらわせ、兵士に仕立てて襲ってきている可能性があります」

 この機会に護衛騎士や兵士を教育しておきましょう。
 俺が特別賢い訳ではありません。
 前世で読み耽っていた歴史物や仮想戦記の知識があります。

 自分でも書きたくて、色々な実録はもちろん、軍のマニュアルも読んだのです。
 突き詰めすぎて、戦争犯罪記録も読みましたから、悪逆非道な連中がやりそうなことは大抵頭に入っています。

「なんと、そこまで酷い事をやっているのですか?!」

 家の家臣領民は、父上達が手塩にかけて育てた元孤児です。
 五十年戦争で奇跡の傭兵団と呼ばれた、全く略奪をしない傭兵団の教えを学んでいるので、戦争の悲惨さと人間の残虐さを分かっていないのです。

「やる者が多いという話を、父上達から聞いていませんか?」

「聞いていました、聞いてはいましたが、直ぐに思い出せませんでした」

「それが耳学問の弊害です。
 耳学問については俺が教えたはずですよ」

「はい、実体験のない、教えてもらっただけの知識は、実際の場では思い出す事がなく、使う事ができない。
 そう若に教えていただきました」

「それがこれです。
 分かりましたか?」

「「「「「はい」」」」」

 レオだけでなく、他の護衛騎士や兵士も気持ちのいい返事をしてくれます。
 
「だったら俺がする事も分かりますね?」

「……分かりますが、他領の民の為に、命を賭けられるのですか?」

 俺の護衛騎士は、全員俺の考えを理解してくれています。
 しかし周りにいる北砦兵の半数は、何を言ったのか理解できていないようです。

 いえ、理解しているという表情をしている者の中にも、勘違いしている者が結構いる気がします。

「俺は父上と母上の息子です。
 奇跡の傭兵団の正統な後継者です。
 その名誉を穢すような事はできません!
 よく見ていなさい」

「「「「「はっ!」」」」」

 俺が後継者を名乗ったからでしょう。
 誰も止めようとはしませんでした。

 まあ、彼らの前で赤眉竜を狩って見せていなければ、止めていたでしょう。
 彼らの前で実力の一端を披露した効果ですね。

「我こそはマクネイア男爵が一子フェルディナンドなり!
 我と思わんものはかかってこい!」

 俺はひとっ飛びで城壁の上から空堀の前、20メートルの所に降り立ちました。
 高さ15メートルの城壁の上から、幅30メートルの所に飛び降りたのですから、敵が度肝を抜かれて立ち尽くすのも当然です。

 ですが、俺がそれに付き合わなければいけない理由などありません。
 名乗りを上げたのは、俺の実力を広めたいからではありません。
 男爵家の嫡男としてやらなければいけない儀式みたいなものです。

「「「「「ギャアアアアア」」」」」

 とはいえ、敵が正気を取り戻すまで待ってやらなければいけない訳でもないので、ひと目で強制的に兵士に仕立て上げられた者以外はぶちのめします。

 逃がさないようにするのは当然ですが、万が一にも家臣領民を傷つけられてもいけませんので、絶対に敵対できないようにします。

 少々手間なのですが、最初に両肩の関節を外します。
 両肩関節を脱臼させておけば、武器を持つどころか殴りかかる事もできません。
 敵全員を脱臼させておけば、仲間内で整復できなくなります。

「「「「「ギャアアアアア」」」」」

 敵の三分の一弱、300人ほどが正規兵か傭兵ですね。
 動きを見ればそれくらいの事は分かります。
 残った700人強が無理矢理盗賊に仕立て上げられた農民でしょう。

「残った者共!
 お前達が無理矢理盗賊にさせられた事は分かっている。
 素直に捕まるのなら、温情で軽微な罪にしてやる。
 ただ、ここに来るまでに罪を犯した者もいるだろう。
 そのような者にまで温情をかける気はない!
 罪なき者は、女子供を犯した者、人を殺した者を教えろ!」

 農民だった者の中にも、心優しき者もいれば邪悪な者もいます。
 本性が腐った奴は、盗賊にさせられたのを好機と捉えて、進んで悪事を働く事を俺は知っています
 
 そんな連中を見分けるのはとても難しいです。
 悪人としての実力が伴わないから見分けにくいだけではありません。
 悪人として駆け出しだから、身なりも農民のままなのです。

「こいつです、こいつが私の家族を殺したのです!」
「こいつもです!
 こいつも私の妻を犯し子供を売り払いました!」

 さて、これからが俺の腕の見せ場です。
 自分の罪を隠蔽しようとして善良の民に罪を着せる者がいるのです。

 悪人と善人を見極めないと、悪人を取り逃がすだけでなく、善人を処罰してしまいますから、本気でやらなければいけません!
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