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第二章

第16話:勅命

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「マクネイア男爵、王国からの軍役です。
 カルプルニウス連邦に使者として行っていただきます」

 これまで一度も軍役を課して来なかったゲヌキウス王国が、急に勅使を派遣して軍役を果たせと父上に言ってきたそうです。

「独立を宣言してもいいのだが、軍役を拒否してでは体裁が悪い。
 独立するなら、留守中に王家や有力貴族の手先に襲われてからの方が良いだろう。
 それに、カルプルニウス連邦でディドの欲しがっている品物が手に入るかもしれないから、ひとまず言う通りにするつもりだ」

 父上が一の村にいる俺に事情を話してくださいました。
 山脈の調査と資源発掘のために、八の村ではなく一の村を拠点にしていたのです。
 八の村におられる、母上や姉上達に事情を話す途中に寄ってくださったのです。

 父上が独断で決められた訳ではありません。
 家宰を務めてくれている、老練なフラヴィオと相談して決めたそうです。
 フラヴィオの判断なら問題ないでしょう。

「まず間違いなく、前回以上の兵力で襲ってくると思います。
 それでも父上が出て行かれて大丈夫だという判断なのですね?」

 父上とフラヴィオを信じていますが、妄信している訳ではありません。
 確認だけはしておかなければいけません。

「それなのだが、ディドには北砦に移動してもらう。
 山の調査を続けたいだろうが、私が戻るまで我慢してくれ」

「とんでもないです、父上。
 父上の息子である俺が、父上の留守を守るのは当然です。
 どのような敵が襲って来ようと、必ず撃退してみせます」

「これまで隠してきたディドの魔法だが、必要なら使って構わない。
 敵の出方によったら、私が戻って来られない可能性もある」

「そのような事は言われないでください。
 そんな可能性が少しでもあるのでしたら、今直ぐ独立を宣言されてください」

「万が一だ、万が一。
 一騎当千の騎士達も連れて行く。
 滅多な事でやられる私ではない。
 十分勝算があるから行くのだ。
 ただ、それでも、最悪の想定はしておかなければならん」

「しかし父上、今の我が家なら、世間の評判を気にするよりは、万が一の危険を優先するべきなのではありませんか?」

「フラヴィオともそう言う話はした。
 色々と話し合ったが、今独立を宣言して竜爪街道を封鎖してしまったら、ディドが教えてくれた植物が手に入る可能性が無くなる」

「俺が余計な提案をしてしまったから、父上は危険な選択をされたのですか?!」

「危険な選択ではない。
 我が家の明るい未来のための選択だ。
 まあ、俺が全て思いついたわけではない。
 フラヴィオが分かりやすく説明してくれたから分かった事だ。
 私とディドがいるのだから、弱気な方法など採らなくてもいい。
 ディドの魔法を明らかにする気なら、少々の危険など恐れる事もない」

「魔法を使ってもいいのですか?!」

「構わない」

「敵が襲ってきたらですか?」

「いや、フラヴィオともよく話し合ったのだが、私が領地を離れる前に、家臣領民の前で魔法を披露するがいい」

「これまでは我が家を危険視する者が現れないように、俺の魔法を隠してきました。
 俺が魔法を隠していても披露しても、関係なく襲ってくると思われたのですね?」

「そうだ、よほどの事がない限り、必ず襲ってくる。
 ディドが竜素材を使った大型合成弩砲を作り出してくれた。
 それによってこれまで以上の大型竜を狩れるようになった。
 大型竜の素材を使って、大型合成弩砲以上の兵器を作られるのを恐れているのだ。
 大型合成弩砲を数揃えられただけで、攻城戦が一変するからな」

「そうですね、これまでの攻城兵器では破壊できなかった城門でも、竜の牙を使った大型矢を大型合成弩砲で放てば破壊できます」

「そう言う事だ。
 今回の件を主導したのが王家なのか有力貴族なのかは分からないが、我が家を何としてでも支配下に置きたいのだろう。
 私を遠くに追いやっておいて、その間に妻子を人質に取る気だろう」

「姑息な事を考えているのですね!
 ですが、父上から聞いていた連中の遣り口を思い出せば、それくらいの事はやりそうですね」

「我が家が苦しい状況の間は、他国への牽制として利用していた連中が、我が家が豊かになってきたら、これ以上豊にするのは危険だと思ったのだろう。
 ディドが生まれて来てくれなかったら、我が家は徐々に滅んでいただろう。
 よく我が家に生まれて来てくれた、ありがとう」

「とんでもないです、父上。
 よく俺をこの家に向かえてくださいました」

「それに、ディドが私以上の魔法を披露したら、襲ってこない可能性もある。
 よほどの馬鹿なら別だが、少しでも戦力判断ができる者なら、身体強化魔法を使える者が二人もいる家を襲うのは躊躇うからな。
 全てディドが私の子供として生まれて来てくれたお陰だ」

「とんでもありません。
 俺が魔法を使えるのは、父上の血を受け継いでいるからです」

 互いに褒め合うのは少々恥ずかしいですが、本心ですから仕方ありません。
 本当は夜遅くまで父上と話し合いたかったのですが、光源となる油や蝋燭はとても貴重な資源なので、陽が暮れると直ぐに眠るのが領地の定めです。

 朝早く起きて父上と語らいました。
 もっと長く話したかったのですが、父上を待つ母上と姉上達がおられますので、自分勝手な事はできませんでした。

 父上が八の村に向かわれた後で、俺は竜爪街道北砦に向かいました。
 北砦には家宰のフラヴィオがいてくれるので、何の心配もいらないのですが、跡継ぎの責任感がグズグズする事を許しません。

 父上とフラヴィオの許可を貰っているので、俺は自重をかなぐり捨てました。
 父上の息子、跡継ぎに相応しい実力を見せつけました。
 敵対している王侯貴族だけでなく、家臣領民にもです。

 とは言え、全ての魔法を披露したわけではありません。
 極々一部の魔法を披露しただけです。
 いえ、たった一つ、父上と同じ身体強化魔法だけを表に出しました。

 この世界最強と言われる父上に魔法です。
 それだけを表に出せば、ほとんどの敵は恐れおののきます。
 家臣領民は心から安心しますし、裏切者も鳴りを潜めるでしょう。

「すごい、男爵閣下と全く同じです」
「ご自分の腕だけで赤眉竜を狩るなんて、信じられません」
「男爵閣下ですら狩られた事ない赤眉竜を狩られるなんて!」
「若様、一生若様について行きます」

「父上だってその気になれば赤眉竜くらい狩れます。
 狩る事ができるのに、皆の安全と運搬を考えて自重されていただけです。
 何より狩っても全ての素材を利用できませんでしたからね」

 全長二十メートル、体重十トンもある巨大な竜を利用しようと思っても、肉を保存するための塩が高価過ぎたのです。

 塩がなければ、貴重な竜素材を腐らせるしかありません。
 大半を腐らせてしまうのに、家臣領民を危険に晒す事などできません。

 ですが今なら、売るほどの塩があります。
 しかも、使ってしまったら無くなる輸入塩ではありません。

 我が家で自給自足した塩なのです。
 これからも毎日生産できる塩なのです。

 巨大な亜竜、赤眉竜は俺が自分の手で解体しました。
 身体強化した手を使って、並の鋼鉄では歯が立たない皮を切り裂きました。

 竜は亜竜でも属性竜と同じ特徴の部分があります。
 その一つが、大きくなればなるほど皮が固く厚くなる点です。

「父上、ご無事の帰還を心から願っております」

「安心しろ、女房子供を残して死んだりはせん」

 父上は前回の買い出し遠征と同じ人数を連れて行かれました。
 人選は、家臣使用人に経験を積ませるために入れ替えられました。

 今回は軍役なので、正式な人数編制にしなければいけません。
 いえ、編成と人数は、王家王国が最低限を決めた物なので、多くても文句を言われることはありません。

 騎士3騎、旗持3兵、弓兵15兵、槍兵30兵、荷役30人、荷車5台ですが、徒士の兵士や荷役1人に1頭のロバをつけました。

 荷車も20台に増やして40頭ロバを二頭立てにして牽かせました。
 帰領の際にはもっと多くの駄載獣を購入して戻られるでしょう。

 父上をお見送りした後は、竜種を使った道具の開発に力を入れました。
 特に赤眉竜の素材を使った新作を考えました。
 強力になった素材で作る武器と防具は、敵を寄せ付けない可能性が高いです。

 武器や防具だけでなく、保存食や薬も研究しました。
 特に薬は、赤眉竜素材を使ったら、これまで以上の効果が期待できます。

 直ぐに食べない竜肉は塩漬けにして村々に送りました。
 一部は輸出用として砦に保管しました。

 手間暇かけて作った塩で保管するのは無駄なので、鹹水を運んできて、それに漬ける形で保管しました。
 我が領の鹹水濃度は40%くらいで、恐ろしく濃いのです。

 食用の肉に限れば、竜種の歩留まりは魔獣や猛獣と同じように少ないです。
 前世の養豚で65%、肉牛で57%でしたが、ジビエの鹿と同じ33%でした。
 薬用や工作用の素材としてはほぼ100%なのですがね。

 とは言え、食肉として使えるのは10000キロの33%です。
 3300キロの竜肉を領内だけで消費するのは不経済です。
 単に食べるだけなら、新鮮な生肉の方が美味しいです。

「公子、これまでの三割、いえ、五割出しますので、竜肉を売ってください」

「今までのような小さくて弱い竜じゃないのですよ。
 棘竜どころか、今まで誰も狩った事のない赤眉竜なのですよ。
 棘竜で二倍、赤眉竜で三倍払ってもらわないと売れませんよ」
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