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第二章

第13話:挫折

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「父上、酒造りの専門家を雇ってください。
 酒に興味のないのでこれ、これ以上頑張れません」

 自分から言いだした酒造りだが、興味のない事は長続きしません。
 前世で下戸だった俺は、この領地に必要な物だと分かっていても、努力し続ける事ができなかったのです。

「そうか、フェルディナンドにも苦手な事があったのか。
 ディドにも七歳の子供らしい所があると分かってうれしいぞ」

 わざわざ六の砦にまで巡回に来てくださった父上に泣きつくと、俺が負い目に感じないように優しい言葉で放り出す事を許してくださった。

「申し訳ありませんでした。
 ですが、腐りやすい鹹水分離真水は農業用や家畜用にする事にしましたので、砦でも家畜を飼ったり農業ができたりするかもしれません。
 水甕の密封を完璧にできるようになりましたら、暑い日中に天日の下に出す事で煮沸消毒できるようになりますから、鹹水分離真水の長期保存も可能になります。
 それと、酒造りがこの領地に必要な事は間違いありません。
 先ほど申し上げたように、酒造りの専門家を雇っていただけませんか?
 父上の昔馴染みに、思い当たる人はいないでしょうか?」

「炎竜砂漠や村の周りには、水甕作りに使えるような粘土がない。
 また地竜森林に頼る事になるが、粘土を集めて大量の水甕を焼かせよう。
 革袋で日差しの下に放り出して大丈夫ならいいのだが、そのような素材を見つけるのは難しいだろうから、水甕を焼かせた方が早いな。
 酒造りの専門家に心当たりはない。
 だが、普通の村ならほとんどの家で家庭用のエールを作っている。
 よそから移住してきた領民や寡婦の中にエールを造れるものがいるかもしれない」

「そうですか、だったら寡婦達に聞いてみます」

「そうしてみろ。
 それでも人が見つからないのなら、昔助けた事のある村に行ってみよう。
 昔の恩を振りかざす気はないが、今困っている者がいたら、ここに移住しないか聞いてみよう」

「お願いします、父上。
 それで、今父上と話していて思いついたのですが、もっと丹念に砂漠と山の資源を調査してみませんか?」

「ここを男爵領に選んだ時に、金になる資源、特に鉱物資源がないか調べたが、時にこれといった物はなかった。
 だが、塩場を見つけ出したディドが言うのだ。
 今一度しっかりと調べた方がいいな」

 ここを男爵領になされたの、傭兵をされていた父上が、仲間の傭兵や女子供を守るために、押し付けられるように決めたと聞いています。
 それなのに、自分が選んだように言われるのは、誇り高い父上らしいですね。

「以前でしたら、一度調べて有望な場所がないと分かった砂漠や山の調査をするよりは、入れば必ず多くの富が手に入ると分かっている地竜森林の方が優先でした。
 ですが今は人手も増えました。
 父上達が森に入られて、俺達が砂漠と山を調査する事ができます。
 それに、万が一地竜森林を失った時の事を考えなければいけません」

「そうだな、今までのように飲み水で困る事もなくなった。
 砂漠と山の調査は任せるから、好きにやれ」

「ありがとうございます、父上」

 父上の許しを受けて、寡婦達の中から酒造りができる者を探しました。
 驚いた事に、ほとんど全員が何らかの形で酒造りに携わっていました。
 教会や領主にエール税を支払ってでも酒を飲みたかったのだそうです。

 そんな元農民の寡婦達にとって、再びエールの飲めるというのは福音だったようで、ほぼ全員が酒造りに協力してくれると言ってくれました。

 ただ新たな問題もありました。
 俺はホップさえあればいいと思っていたのですが、寡婦達に詳しい話しを聞いてみると、ホップではない薬草を使っていたのです。

 ヤチヤナギ、ペパーミント、月桂樹、ヨモギ、ドクダミ、カキドオシ、ヤブニッケイ、マメグンバイナズナ、バジル、タイム、ラヴェンダーなどが必要でした。

「お任せください、若様。
 大切な水も大麦も無駄にしません。
 薬草ごとに小さな甕で造って色々と試すようにいたします。
 昔のように、幾つかの薬草を組み合わせた美味しいエールを造ってみたいです」

 とてもやる気になっていますので、エール造りに関しては何の問題もないのですが、砂漠や山で採れる薬草に限定しなければいけないのが問題でした。

 地竜森林がある前提でエールを造るのなら、何の問題もありません。
 ですが、今回は、地竜森林を失った時の事も想定しているのです。

「悪いのですが、以前に使っていた薬草だけでは駄目なのです。
 絶対使ってはいけないとは言いませんが、山で採れる薬草も試して欲しいのです」

「お任せください、山の薬草が使えた方が、新鮮な風味になります。
 もちろん乾燥させた森の薬草を使っても、独特の風味になると思います。
 若様にはまだ早いですが、多くの風味があった方が皆楽しめます」
 
 色々話し合って、薬草が生えている高さまで行く狩人に薬草を採取してもらう事になりました。

 同時に、鹹水から作った真水で、山の高地に生えている薬草を、砦で試耕作してもらう事にもなりました。

 それと、父上と俺が同じ村に泊まられた時だけにできる事ですが、夜間に父上が掘ったという事にして、俺が新しい井戸を掘りました。

 これまで井戸のあった水脈に新しい井戸を掘っても、一度に汲み上げられる水量が増えるだけで、総水量には変わりがありません。

 そこで以前から目星を付けていた新しい水脈に初めて井戸を掘ったのです。
 ですが、どのような水脈でもいいわけではありません。
 既にある村から離れ過ぎている水脈は利用しません。

 既存の村から離れ過ぎている水脈に井戸を掘っても、利用できないのです。
 村を拡張できる場所でないと、何の意味もないのです。
 守り切れない井戸など、敵が侵攻してきた時に悪用されてしまうだけです。

 一の村から八の村まで、全ての村で防壁の拡張が行われました。
 新たらしい井戸まで、回廊のような防壁を造るのです。

 今直ぐの事ではありませんが、近い将来、井戸の周りには新しい畑が作られ、穀物や根菜が植えられる事になります。

 人間の食糧だけでなく、家畜の食糧も増産できますが、村民の人数と男女年齢構成によって、今回延長できる防壁の長さが違ってきます。

 何より問題なのは、今はまだ有望な地竜森林につながる竜爪街道を確保しているので、そちらに人材を優先配置しているのです。

 将来のためだとはいえ、地竜森林よりも効率の悪い砂漠や山に回せる人材には限りがあるのです。 

 限られた人材で砂漠や山を開発するとなると、俺がこっそりと魔法を使って非常識な開発をしないと無理なのです。

 新しい深井戸を掘るだけでなく、防壁に使うためのとんでもなく大きくて重い石材を運ぶ事や、深夜にこっそりと石材を積み上げる事もあります。

 他にも、深夜に一人で山のかなり高い所にまで登って、水気が少ないだけでなく、寒暖差が激しく、魔獣や猛獣の食害のある場所でも育っている低木も採取しました。

 根を傷つけないよう慎重に掘り出したのですが、深さ15メートルくらいは頑張ったのですが、それ以上は諦めました。

 こんな場所でも喰い枯らされることなく生き延びている低木なのは、根の深さが再生力の強さなのだと分かりました。

 その低木を何本も掘り返して持ち帰りました。
 持ち帰った低木を、まだ畑にしていない荒地に植えました。
 ここなら失敗しても、既存の耕作に悪影響がありませんから。

 人手が十分にあるなら、新しく井戸を掘った場所の周囲全てを穀物畑にできるのですが、今の人材では不可能なのです。

 種だけ蒔いて後は放っておける、クローバー畑やハーブ畑にするしかありません。
 自然に任せて家畜の飼料を生やして、少しずつ土を肥やすのです。
 それだけでなく、興味のままに試したかったことに挑戦しました。
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