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第一章

第6話:巡視

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 昨日の今日ですが、休むことなく八の村の周りを巡視します。
 護衛騎士だけではなく、村の周囲で狩りや採集を行う狩人も、道案内のために同行してくれています。

 狩人は飼いならした雪狼を伴っています。
 雪狼を飼いならすための餌を確保しようと思うと、地竜森林から運ばれてくる血餅や血腸詰だけでは足らないからです。

 地竜森林から一番遠くはなれている弊害です。
 父上と母上は、家臣領民を腐れ外道の旧教徒達から守る事を最優先にされたので、不便くらいは俺達が工夫しなければいけないのです。

 雪狼の餌は、比較的簡単狩れる悪栗鼠や小蜥蜴を狙います。
 人間が食べるには肉の量が少ないですし、味も悪いですが、新鮮な肉と血はと骨は、雪狼の健康には欠かせない栄養を豊富に含んでいるのです。

 時には、一角羚羊や大角鹿を狩れる幸運に恵まれる時もあります。
 一角羚羊や大角鹿を仕留めて帰れれば、小さな英雄になれます。
 両方とも肉がとても美味しいのです。

 肉だけでなく、毛皮も村の生活には欠かせません。
 水を確保するために、炎竜砂漠の熱気で地下水が蒸発しない高さに村を作りましたので、朝晩が結構寒いのです。

 昼夜の寒暖差は、炎竜砂漠ほど激しくはありません。
 ですが、朝晩の寒さは円竜砂漠に匹敵します。
 乾燥してしまっていますが、昼は過ごしやすい暖かさなのです。

 3000メートルも山を登った場所に村がある弊害の一つが、毛皮なしには朝晩を過ごせない寒さなのです。

 そんな村の生活に欠かせないのが、山の高い場所に住む一角羚羊や大角鹿の毛皮なのです。

 自分達が山の寒さの中で生き延びるために進化した毛皮は、人間が同じ寒さの中で生き延びるのに最適な防寒具になるのです。

 一人一枚ではなく、何枚でも欲しい防寒具なのです。
 寝具としてだけでなく、衣服としても利用したいのです。
 いえ、今では単なる防寒素材ではありません。

 俺の知識を元に、鹿の袋角、鹿茸のように利用できないか試してみました。
 運が良い事に、鹿茸と同じく補精強壮薬として使えそうです。
 少なくとも精力剤としては抜群の効果があります。

 キリバス教の影響で、正室の子供しか神の祝福が受けられない事になりました。
 正室以外の子供には、親の地位や財産を分け与えられないのです。

 自分の妻に子供が生まれなかったら、欲深い教会に没収されたくなければ、兄弟姉妹の配偶者から生まれた甥や姪に、地位や財産を譲らなければいけなくなります。

 そんな社会ですから、精力剤の需要はとても大きいのです。
 これまでの精力剤よりも効果が高い、一角羚羊茸と大角鹿茸は、再現不可能な竜種素材などを使った精力剤を除いて、最高の精力剤なのです。

 ただ、俺が試させ確証を得てまだ間がありません。
 領地の主力産業にするのはまだまだ先の話です。

 そもそも一角羚羊茸と大角鹿茸を狩るためには、強大な魔獣の住む東竜山脈を更に登って行かなければいけないのです。

 牧畜に成功すれば全てが解決するとも言えません。
 食べる餌が違ってくると、薬効が無くなってしまうかもしれないのです。
 全てはこれから色々試して初めて分かる事なのです。

「若、これ以上登るのは危険です。
 いくら村の周囲を警戒しなければいけないとはいえ、ここほど高くまで登る必要はないのではありませんか?」

 護衛騎士のレオナルドに注意されてしまいました。

「そうですね、想像していたのと違って、強大な魔獣がいませんでした。
 少々残念ではありますが、予定通り左回りに巡視しましょう」

「「「「「はい」」」」」

 護衛騎士と狩人達が嬉しそうに返事してくれます。
 誰だって進んで危険な場所に来たい訳ではありません。
 責任感と誇りで死を恐れる本能を抑えて、危険を冒してくれているのです。

「「「「「メェエエエエエ」」」」」

 駄載獣兼おとり、探知役として連れてきている雄山羊が鳴きます。
 声を聞いた全員が、危険が近づいて来ていないか周囲に目をやります。

 馬や驢馬、雪狼が全く警戒していないので、単に甘えているだけだと分かっているのですが、油断するのが一番危険なので、警戒を怠りません。

 今回は俺の提案で、一番下、炎竜砂漠まで降りる事になっています。
 東竜山脈山頂部には雨や雪が降ります。
 万年雪となる高さは別にして、夏になれば溶けて地下水となる高さもあります。

 そんな地下水が、炎竜砂漠の熱気で蒸発してしまわない3000メートル付近に、父上は井戸を掘って地下水を確保されたのです。

 ただその高さは、人が生活するのに十分な水量が確保できる高さです。
 人が一年間暮らしていけるだけの作物を作れるだけの水量が確保できる高さです。
 もっと低い場所でもある程度の水量を確保できる地下水脈があります。
 
 村々は、敵が攻め込み難い距離に離してあります。
 村々の間にも有望な地下水脈があるのです。

 身体強化魔法が使える父上以外に、この硬い岩盤に深井戸を掘れないだけです。
 敵が攻め込んできても、村の井戸を奪わない限り水の補給ができないのです。
 
 家臣領民を護る事を最優先にされている父上は、どれほど有望な地下水脈があると分かっていても、村の防壁の外には井戸を掘らなかったのです。

 今回俺は、掘られている井戸の下流部分だけでなく、井戸が掘られる事のなかった地下水脈の下流部分も調べる事にしました。

 今我が家が抱えている最大の問題は、水や食料ではないのです。
 全て輸入に頼っている高価な塩が最大の問題なのです。

 人間が必要とする塩だけでも、手に入れるのに四苦八苦している状態です。
 更に増やし続けている家畜に必要な塩まで確保するとなると、これまで何とか保ってきた収支が赤字に転落してしまうかもしれません。

 俺自身の手で掘るかどうかは別にして、岩塩が埋蔵されている場所を探し出さなければいけないのです。

 野生の草食動物は、草や葉だけでは塩分を補給できない場合があります。
 そんな時は、塩分を含んだ岩や土を食べるのです。

 今回連れ出した雄山羊は、しばらく塩を与えていないので、塩分を感じる場所に来たら岩や土を食べる可能性があるのです。
 
 俺が意識して地下水脈の下流部分を丹念に歩いたら、塩分が多くある場所で岩や土を食べてくれるかもしれないのです。

 これが炎竜砂漠でなければ、塩湖や塩泉を見つけてくれるかもしれませんが、砂漠に湖や泉があるはずないのです。

 普通の砂漠なら、オアシスを発見できる可能性も皆無ではありませんが、炎竜が水分を蒸発させてしまう炎竜砂漠では期待できません。

 いや、東竜山脈なら少しは可能性があるかもしれません!
 地下水が噴出している場所があるかもしれません!
 そこで水が蒸発していたら、塩分を含む岩や土が大量にあるかもしれない!

 人が利用できる状態でなくてもいいのです。
 家畜の分だけでも塩分を確保できれば、最悪地竜森林の草木を大量に燃やして、領民分の灰塩を作る方法もあるのです。

 一番発見したいのは、長い年月に渡って地下水脈の水が蒸発させられた事で作られた、岩塩層です。

 もしくは、完全に蒸発させられる前の地下水脈です。

 濃く煮詰められた地下水は、塩化ナトリウムなどの塩分を含んだ水、鹹水になっている可能性がとても高いのです。

 鹹水を汲み揚げる井戸を、井塩や塩井と呼ぶのですが、その塩分を豊富に含んだ水を、炎竜砂漠の強い日差しと熱気で蒸発させる事ができたら、我が家は塩の一大産地に成れるのです!
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