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第一章

第3話:家族

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「フェルディナンド、よく帰ってきてくれました。
 直ぐにお茶を用意しますね」

 二の村から、母上と姉上達のおられる八の村までは六日かかります。
 家族を王侯貴族の裏切りで殺された事のある父上は、できるだけ敵から遠い場所に大切な家族を置いておきたいのです

 だからといって八の村なら安全という訳ではありません。
 東竜山脈には、大型の飛竜が群れを作っているという伝説があるのです。
 大岩蜥蜴よりも凶暴な魔獣も数多く住んでいるのです。

 一番奥まった場所にある八の村は、何かあっても七の村にしか救援を頼めません。
 他の村なら二つの村か砦に救援を頼めるのに。
 父上が家族を八の村に住まわせるのは、古傷が未だに癒えていないからです。

「まあ、ディド、帰って来ていたの?
 また私達に見つからないようにこっそり帰ってきたのでしょう?
 罰として抱っこさせなさい」

「ジュリ姉上、そんな事をしていたら師匠に怒られるのではありませんか?」

「いいのよ、ちょうど休憩する時間だったの」

「ジュリエット様、ここに居られたのですか?!
 もっと真剣にレッスンされないと、貴族の家に嫁げませんよ!」

 ジュリ姉上の師匠、いえ家庭教師といった方が良いでしょう。
 父上が姉上達のため結構なお金を払って集めてきた、貴族令嬢教育のための使用人なのですが、親の心子知らず状態です。

「いいのよ、私は家臣の所に降嫁するから」

「そのような身勝手は許されません!
 貴族家に嫁ぐか降嫁するかは、男爵閣下が決められる事でございます。
 閣下が急に貴族家との縁組を考えられたのは、家のために必要だからです。
 お嬢様は、家のために男爵家に相応しいマナーを覚えなければいけません!」

 父上は良い人材を集められたようです。
 手を抜く事も諦める事もなく、姉上達に令嬢教育をしてくれています。

「お母様!」

 ジュリ姉様が母上に泣きつきますが、母上は甘い人ではありません。
 子煩悩なのは父上と同じですが、傭兵として何度も死線を掻い潜ってきた方です。
 家臣領民のために命を賭けられる、とても誇り高い方なのです。

「ジュリ、貴女が不幸になるような結婚相手を選ばれる父上ではありません。
 貴女も我が家も幸せになれる結婚相手を選ばれます。
 ですが、その候補をできるだけ増やすためには、男爵令嬢として恥ずかしくないマナーを覚えなければなりません」

「でも、剣も弓も算術も、高位貴族に負けない実力はあります」

「令嬢は実用的な実力だけでは駄目なのです。
 社交という、陰湿な戦いでも勝ち抜かなくてはなりません。
 貴族の社交界だけで通じている、常識や教養を身に付けなければいけないのです。
 申し訳ないのですが、私では教えてあげられないのです」

「お母様……分かりました、もう泣き言は口にしません」

 ジュリ姉上が決意も新たに家庭教師と出て行かれました。
 後三人いる他の姉上達も、家庭教師にしごかれているはずです。

「母上が悪いわけではありません。
 母上が戦場で奮戦されたからこそ、多くの寡婦や孤児が助かったのです。
 負傷した傭兵も生き延びる事ができたのです。
 お父様が男爵叙勲を受け入れられたのも、寡婦や孤児達のためです。
 急に思ってもみなかった男爵夫人になるしかなかった母上は、何も悪くないです」

「私を慰めてくれるのね!
 ありがとう、私の可愛いディド!」

 六十歳まで生きた記憶あるから、まだ三十七歳と若々しい母上に抱きしめられるのは、どうにも居心地が悪い。

 悪いのだが、状況を考えると逃げる訳にもいかない。
 苦行のような時間を耐えるしかない。

 それに、この程度の事で母上を慰められるのなら、大した事でもないように感じられるのだから、心は今の身体に影響されるのかもしれない。

「母上、父上や私がいない間に何か問題はありませんでしたか?」

「隠したいけれど、隠す訳にはいきませんね。
 どうも上の方から魔獣が降りてきているようなのです」

「大岩蜥蜴ではなく、一角羚羊や大角鹿ですか?」

「一角羚羊や大角鹿だけなら私達だけで撃退できます。
 むしろご馳走が手に入りますから、大歓迎です。
 そうではなくて、悪栗鼠が防壁を乗り越えて入ってくるのです」

「穀物や蕪を食べられてしまっているのですか?」

「いいえ、今のところは狼達が防いでくれています」

 父上が東竜山脈南麓に村を築かれた時に、何度も雪豹や雪狼に襲われたそうです。
 雪豹は殺すしかなかったようですが、雪狼は森林狼を飼いならされた経験があったので、捕らえて上下関係を叩き込み、人間の良きパートナーにされたのです。

 雪狼達に、人間が食べない地竜森林で手に入れた獣の部位、血や内臓を加工した血餅や血腸詰で飼えたのが、今の繁栄の礎になっていると思います。
 父上と母上は本当に偉大な方です。

「ならこのままでも大丈夫なのですか?」

「それが、村の穀物や野菜を狙って一角羚羊や大角鹿が降りてきたので、雪豹や雪狼も降りてきているようなのです」

「家の雪狼達がいるのにですか?」

「一角羚羊や大角鹿が降りてきたからだけでなく、山羊や鶏の数が増えた事も、試験的に豚を買い始めた事も、影響しているのかもしれません」

「そうですか、作物の取れ高が増えるのも、良い事ばかりではありませんね。
 ですが母上の、悪い事ばかりではないと思うのです。
 最初に父上が雪狼の群れを飼いならされて以降、何度も同じようにはぐれ雪狼を捕らえて飼い慣らしてきたではありませんか。
 今回も父上のように群れを捕らえて飼い慣らせばいいのです」

「フェルディナンド、危険な事をしてはいけません!」

 母上は、俺が魔法を公にするのを恐れているのです。
 父上に続いて息子の俺まで魔法使いだと知られてしまったら、多くの国が本気で俺達を殺そうと殺到してきます。

 いえ、国だけではありません。
 国よりも権威と戦力を持つホープ教皇が、父上の報復を恐れて世界中の旧教徒を動員して、この地に殺到する事でしょう。

 ホープ教皇は、父上の家族を襲わせた張本人です。
 傭兵団が壊滅したのは、ホープ教皇が旧教徒を扇動した所為です。

「何の心配も知りません、母上。
 私には一騎当千の護衛騎士達がいます。
 彼らなら雪狼の群れなど簡単に捕らえてくれます」

 俺の言っている言葉に嘘はありません。
 家宰兼騎士団長のフラヴィオはいませんが、父上と母上とフラヴィオが幼い頃から鍛え上げた、元孤児の騎士達がいてくれます。

 彼らの強さは本物です。
 独りで千騎を相手にできるとまでは言いませんが、十や二十の騎士が相手なら簡単に斃してくれるでしょう。

「フェルディナンド、油断大敵ですよ。
 どれほど有利だと思えても、常に最悪の事を想定しておかなければいけません」

「山頂から飛竜が降りて来るとかですか?」

「そうです、その時になって慌てても遅いのです。
 父上は、この地に村を築く時に、常に飛竜の襲来を覚悟されていました。
 だから辺境の村には不釣り合いな、攻城用の大型弩砲があるのです。
 これまで一度も使う事がなかったにもかかわらず、フェルディナンド考えてくれた仕組みに従って、改良をし続けているのです」

「分かりました、雪狼を探しに山を登ったりはしません。
 大型弩砲のある村で待ち受ける事にします」
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