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第1章
第56話:化かし合い
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天文21年5月11日:近江観音寺城:織田近江守信長19歳視点
「信濃守、余を謀ったな!?」
前田信濃守を怒鳴りつけたのに、もの凄くうれしそうに微笑む。
茶番なのを分かっているのだろうが、付き合うのが家臣であろう。
「分かっていて騙されてくださったのは殿ではありませんか」
「ふん、何か大切な考えがあるのは分かっていた。
信頼する家臣が考えた策なら、騙されてやることも必要であろう?」
「有り難き幸せでございます。
実は、腹に膈ができました、もう長くはありません。
殿と婿殿の仲を取り持っておかねば、死ぬにも死に切れません」
「信濃守が生き続けてくれるのなら、黒鬼と争う事も厭わぬが、そういう訳にも行かないのであろう、どのように話をつけるのだ?」
「殿と婿殿が力を合わせれば、日乃本を治める事も容易いでしょう。
六角を破り、弾正少弼も失意のうちに亡くなりました。
坂本に逃れられていた将軍家を観音寺城に迎える事ができました。
後は時機を見て京に上り三好を討つだけでございます。
三好や石山本願寺に婿殿を調略させる訳にはいきません」
「石山本願寺が敵に回るというのか?!
雑賀衆は、黒鬼に雇われて近江を切り取るのに働いてくれたではないか?
三河の一向衆を根切りにした事は、気にしていないのではないのか?
それに、三河の事を恨んでいるなら、黒鬼を味方につける事はあるまい?」
「あれは銭を婿殿が出しただけで、表向きは殿が雇っております。
三好が尾張や三河の切り取りを条件に、石山本願寺を味方にするかもしれません」
「尾張や三河を、加賀のように一向衆の国にする気か?!」
「三好は京の幕府を抑えて細川右京大夫を管領に祭り上げております。
幕府管領の許可を受けたと言って、長島の一向衆が尾張三河に攻め込む事は、十分に考えられます。
その時に、三河には攻め込まない事を条件に婿殿を味方に付けようとします。
それどころか、あらゆる手練手管を駆使するに違いありません。
私が三好ならば、殿がやらせたように見せかけて、百合と龍千代虎千代を亡き者にいたします。
そうなれば、婿殿は狂ったように殿の首を狙います」
「百合と子供達を狙うだと、背筋に寒気が走ったぞ!
そうなる前に、できるだけ高く百合と子供達を黒鬼に売れというのだな?」
「はい、殿は尾張、美濃、甲賀郡を除く近江、三河半国を治められています。
婿殿に上洛を手伝わせて、山城と若狭も手に入れるのです。
殿が管領となられて、婿殿は関東管領として関東東国と東海道を治める。
殿と婿殿で日乃本を二分するのです」
「信濃守が余と黒鬼の両方を大切に思っている事は分かった。
ここは最後まで騙されてやろう。
だが、飛騨や木曽まで黒鬼に与えるのはやり過ぎではないか?」
信濃守は、美濃四郡を青鬼に切り取らせる時に、そのまま飛騨や木曽まで取った。
美濃四郡だけでなく、前田家が持つ稲葉山城近くの領地と、荒子などの尾張領を余に渡す代償だと言っていたから認めたが、やはり裏があったか。
「少々欲張ったかもしれませんが、越前と加賀を殿が婿殿より先に攻め取られればいいのではありませんか?」
「手強い朝倉と一向一揆を余に斃させるきか?」
「殿ならば、朝倉も加賀の一向一揆も軽く斃されるでしょう?
京を抑えて天下に号令をかけられるのなら、越前と加賀は手に入れられるべきだと考えたのですが、違いますか?」
「越前と加賀だけでは手緩い、越中と能登も余の物だ!」
「それは婿殿と話し合われてください。
実際にどうなるのかは、三好や石山本願寺がどれほど力があるのかで変わります。
残念ですが、越中や能登に攻め込むまで、私の命が持ちません」
「信濃守……よかろう、まずは将軍家を奉じて京に攻め込む。
三好を京から追い払って天下に号令をかける。
北陸道の事はその後で考える」
「殿ならば分かっておられるでしょうが、京に攻め上る時には、朝倉と伊勢長島の動きに気をつけられてください。
三好が石山本願寺と手を結んだら、殿の上洛に合わせて、朝倉が浅井の残党と共に近江に攻め込み、伊勢長島の一向宗が尾張に攻め込んできます。
甲賀に逃げ込んだ六角も横槍を入れてきます」
なるほど、石山本願寺を味方に付けられたら、朝倉は加賀の一向一揆を気にせずに近江に攻め込める。
加賀の一向一揆は、越中と能登の一向衆に味方して北上するのだろう。
越中と能登で一進一退を繰り返す、一向一揆と守護国人の戦いが、一向一揆の勝利に終わる事だろう。
加賀越中能登の三カ国が一向宗の国になったら、取り返しがつかない。
素早く朝倉を滅ぼして、北上で手薄になった加賀に攻め込むべきだ。
その時にも、黒鬼の力を借りるしかない。
青鬼に越前攻めの先陣を任せられれば、楽に戦えるだろう。
黒鬼が飛騨から越中加賀に攻め込んでくれたら、一向一揆を挟み撃ちにできる。
その時には、加賀越中能登を黒鬼と話し合って分けるしかない。
信濃守はそこまで考えて、越中と能登を黒鬼に与えよと言ったのだな。
惜しい、ここで信濃守を失うのは痛すぎる!
「信濃守、本当に膈かどうか、今一度医師に診せよ。
将軍家を通して曲直瀬道三に診させる。
曲直瀬道三ならば、膈でも治せるかもしれん」
「殿の好きになされてください。
しかしながら、某が死ぬ事を前提に策を考えていただきたい」
「分かっておる、ちゃんと策も考える。
策も考えるから、信濃守は病に勝つと思って養生せよ!」
「有り難き幸せでございます。
少しでも長く殿にお仕えできるように、養生いたします」
黒鬼にも百合にも、信濃守が膈だと伝えなければならぬ。
最後の刻を、共に過ごせるようにしてやらねばならぬ。
「誰かある、黒鬼に急使を送る、使い番を集めよ!」
「信濃守、余を謀ったな!?」
前田信濃守を怒鳴りつけたのに、もの凄くうれしそうに微笑む。
茶番なのを分かっているのだろうが、付き合うのが家臣であろう。
「分かっていて騙されてくださったのは殿ではありませんか」
「ふん、何か大切な考えがあるのは分かっていた。
信頼する家臣が考えた策なら、騙されてやることも必要であろう?」
「有り難き幸せでございます。
実は、腹に膈ができました、もう長くはありません。
殿と婿殿の仲を取り持っておかねば、死ぬにも死に切れません」
「信濃守が生き続けてくれるのなら、黒鬼と争う事も厭わぬが、そういう訳にも行かないのであろう、どのように話をつけるのだ?」
「殿と婿殿が力を合わせれば、日乃本を治める事も容易いでしょう。
六角を破り、弾正少弼も失意のうちに亡くなりました。
坂本に逃れられていた将軍家を観音寺城に迎える事ができました。
後は時機を見て京に上り三好を討つだけでございます。
三好や石山本願寺に婿殿を調略させる訳にはいきません」
「石山本願寺が敵に回るというのか?!
雑賀衆は、黒鬼に雇われて近江を切り取るのに働いてくれたではないか?
三河の一向衆を根切りにした事は、気にしていないのではないのか?
それに、三河の事を恨んでいるなら、黒鬼を味方につける事はあるまい?」
「あれは銭を婿殿が出しただけで、表向きは殿が雇っております。
三好が尾張や三河の切り取りを条件に、石山本願寺を味方にするかもしれません」
「尾張や三河を、加賀のように一向衆の国にする気か?!」
「三好は京の幕府を抑えて細川右京大夫を管領に祭り上げております。
幕府管領の許可を受けたと言って、長島の一向衆が尾張三河に攻め込む事は、十分に考えられます。
その時に、三河には攻め込まない事を条件に婿殿を味方に付けようとします。
それどころか、あらゆる手練手管を駆使するに違いありません。
私が三好ならば、殿がやらせたように見せかけて、百合と龍千代虎千代を亡き者にいたします。
そうなれば、婿殿は狂ったように殿の首を狙います」
「百合と子供達を狙うだと、背筋に寒気が走ったぞ!
そうなる前に、できるだけ高く百合と子供達を黒鬼に売れというのだな?」
「はい、殿は尾張、美濃、甲賀郡を除く近江、三河半国を治められています。
婿殿に上洛を手伝わせて、山城と若狭も手に入れるのです。
殿が管領となられて、婿殿は関東管領として関東東国と東海道を治める。
殿と婿殿で日乃本を二分するのです」
「信濃守が余と黒鬼の両方を大切に思っている事は分かった。
ここは最後まで騙されてやろう。
だが、飛騨や木曽まで黒鬼に与えるのはやり過ぎではないか?」
信濃守は、美濃四郡を青鬼に切り取らせる時に、そのまま飛騨や木曽まで取った。
美濃四郡だけでなく、前田家が持つ稲葉山城近くの領地と、荒子などの尾張領を余に渡す代償だと言っていたから認めたが、やはり裏があったか。
「少々欲張ったかもしれませんが、越前と加賀を殿が婿殿より先に攻め取られればいいのではありませんか?」
「手強い朝倉と一向一揆を余に斃させるきか?」
「殿ならば、朝倉も加賀の一向一揆も軽く斃されるでしょう?
京を抑えて天下に号令をかけられるのなら、越前と加賀は手に入れられるべきだと考えたのですが、違いますか?」
「越前と加賀だけでは手緩い、越中と能登も余の物だ!」
「それは婿殿と話し合われてください。
実際にどうなるのかは、三好や石山本願寺がどれほど力があるのかで変わります。
残念ですが、越中や能登に攻め込むまで、私の命が持ちません」
「信濃守……よかろう、まずは将軍家を奉じて京に攻め込む。
三好を京から追い払って天下に号令をかける。
北陸道の事はその後で考える」
「殿ならば分かっておられるでしょうが、京に攻め上る時には、朝倉と伊勢長島の動きに気をつけられてください。
三好が石山本願寺と手を結んだら、殿の上洛に合わせて、朝倉が浅井の残党と共に近江に攻め込み、伊勢長島の一向宗が尾張に攻め込んできます。
甲賀に逃げ込んだ六角も横槍を入れてきます」
なるほど、石山本願寺を味方に付けられたら、朝倉は加賀の一向一揆を気にせずに近江に攻め込める。
加賀の一向一揆は、越中と能登の一向衆に味方して北上するのだろう。
越中と能登で一進一退を繰り返す、一向一揆と守護国人の戦いが、一向一揆の勝利に終わる事だろう。
加賀越中能登の三カ国が一向宗の国になったら、取り返しがつかない。
素早く朝倉を滅ぼして、北上で手薄になった加賀に攻め込むべきだ。
その時にも、黒鬼の力を借りるしかない。
青鬼に越前攻めの先陣を任せられれば、楽に戦えるだろう。
黒鬼が飛騨から越中加賀に攻め込んでくれたら、一向一揆を挟み撃ちにできる。
その時には、加賀越中能登を黒鬼と話し合って分けるしかない。
信濃守はそこまで考えて、越中と能登を黒鬼に与えよと言ったのだな。
惜しい、ここで信濃守を失うのは痛すぎる!
「信濃守、本当に膈かどうか、今一度医師に診せよ。
将軍家を通して曲直瀬道三に診させる。
曲直瀬道三ならば、膈でも治せるかもしれん」
「殿の好きになされてください。
しかしながら、某が死ぬ事を前提に策を考えていただきたい」
「分かっておる、ちゃんと策も考える。
策も考えるから、信濃守は病に勝つと思って養生せよ!」
「有り難き幸せでございます。
少しでも長く殿にお仕えできるように、養生いたします」
黒鬼にも百合にも、信濃守が膈だと伝えなければならぬ。
最後の刻を、共に過ごせるようにしてやらねばならぬ。
「誰かある、黒鬼に急使を送る、使い番を集めよ!」
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