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第1章

第54話:国司

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天文20年7月19日:尾張小牧山城:織田三郎信長18歳視点

 黒鬼がとんでもない武功を立てやがった!
 あの北条家を降伏臣従させやがった!
 まあ、俺の与えた鉄大槌で城門を破壊できたからだが……凄すぎる!

 武田太郎と松平次郎三郎を人質にしている黒鬼は、甲斐源氏武田勢と三河の松平勢を思いのままに使える。

 武田勢が強い事は聞いていたが、松平勢もかなり強いようだ。
 城から討って出て来た北条勢を叩きのめしたそうだ。
 あの斉藤新九郎も、美濃から前田家に仕官した者を率いて武功を立てたという。

 太原雪斎と朝比奈泰能を生け捕りにして、今川義元を叩きのめして三河遠江駿河を切り取った黒鬼は、武を貴ぶ関東では元々評判が良かった。

 そこに加えて、関東で嫌われている北条氏康を叩きのめして伊豆を奪い、甲斐源氏武田家を下して手先に使い、北条氏康が籠っていた小田原城を落としたのだ。
 これまで渋々北条に従っていた者達が、先を争って黒鬼の所に集まった。

 黒鬼が湊や砂浜以外の領地にこだわらないのも良かった。
 領地も利権も奪わず、そのまま降伏臣従を認めて寄り子とした。

 本来なら、余の方が黒鬼よりも上だと分からせるために、新しく臣従した者には何か無理を押し付けるべきなのだが……
 今の余は、黒鬼が認めた事に文句を言える立場にいない。

 六角に勝つために、使えるモノは全て使った。
 国人地侍には切り取った領地をそのまま自領にする事を認めた。

 戦の後半に加わった三河と遠江の国人地侍は良いが、戦の前半に武功を立てた尾張衆の中には文句を言う者がいる。

 だが、尾張の自領を守るために美濃から撤退した連中の言う事はまだ無視できる。
 蔑ろにできないのは、最初から最後まで戦い続け、一番武功を立てた青鬼だ。
 いや、青鬼の主君である黒鬼なのだが、その武功に見合う褒美を与えられない。

 武功に見合う領地で与えるとなると、とんでもない貫高になってしまう。
 情けない事だが、それほどの領地は切り取れていない。
 かといって、銭で補いたくても根来衆と雑賀衆を雇うのに全部使ってしまった。

「蔵人、お前に聞くのが筋違いだという事は分かっている。
 お前が褒美を与える側ではなく、もらう側なのは分かっている。
 それでもあえて聞く、織田家1番の武将と賞して皆朱の槍を許せば、黒鬼はこれまでに与えた褒美で納得するか?」

「慶次は自分の事よりも配下の事を考えます。
 それだけでは怒り狂って殴り込んで来るでしょう」

「そうであろうな、余もそう思う。
 官職ではどうだ、受領名ではなく、朝廷の官職を蔵人や青鬼に与えたら、領地が少なくても納得するか?」

「私や青馬だけでは納得しないでしょう。
 血みどろになって戦った2000の兵、中でも死んでいった者達に官職を与えなければ、黒鬼や青鬼にどれほど高い官職を与えても、逆に怒り狂います」

「そうであろうな、余もそう思う。
 左右の衛門府の正八位下大志と従八位上少志。
 左右の兵衛府の従八位上大志と従八位下少志。
 左右の近衛府の従七位下将曹を武功に応じて与えるのではどうだ?」

「それならば慶次も怒らないとは思いますが、全く領地を頂けないと、慶次も家臣のために怒鳴り込むしかないです」

「まだ切り取っていない、美濃の領地を前払いで与えようと思うのだが、黒鬼が怒ると思うか?」

「どの地を与えてくださる気なのですか?」

「恵那郡、加茂郡、郡上郡の3郡を考えている」

「これまで青鬼が切り取った地はどうされるのですか?
 召し上げてしまわれる気なのですか?」

「稲葉山城の周りは余の直轄領にするしかない」

「稲葉山の周りは、地が肥え利便も好い栄えた地です。
 先に言われた3郡だけでは、三河と遠江の国人地侍に比べて少な過ぎます。
 慶次は領地に対する執着がありませんが、家臣の手前文句を言うしかありません。
 尾張の国人地侍のように本貫地が襲われたから兵を引くと言われても、黒鬼や青鬼を止められなくなりますが、それでも宜しいのですか?」

「青鬼と2000兵を引き上げるというのか?」

「はい、慶次ならばそれくらいの嫌がらせはするでしょう」

「3郡に加えてどこの郡を与えれば慶次が納得する?」

「3郡と地続きの武儀郡が宜しいでしょう。
 切り取り勝手と申して、全部青鬼にやらせれば、上様もひと息つけます。
 今の状態では軍資金が苦しいのではありませんか?」

「蔵人には隠せないな、鰯油が売れなければ扶持も払えなくなる」

「堺への売り込みは上様の分を優先しましょう。
 前田家は軍資金に余裕があります」

「助かる」

「根来衆と雑賀衆に渡す銭ですが、干鰯と鰯油、塩鯨と鯨油の現物で受け取ってくれないか、某から伝えてみましょう。
 現物で受け取ってくれるなら、足軽達の扶持は何とかなるでしょう」

「足元を見られないか?」

「上様が雇われた根来衆と雑賀衆は、自ら船を仕立てて交易をする者達です。
 良い値で売れる塩鯨と鯨油はよろこんで受け入れるでしょう。
 問題は干鰯と鰯油ですが、断られたとしても上様には何の損もありません」

「そうか、余が口にするわけにはいかないが、蔵人が言ってくれるのなら助かる」

「お任せください、上様のために働くのが軍師の役目でございます。
 ただ、私と子供達にもそれなりの官職をお与えください」

「蔵人と子供達の官職くらい、働きに比べれば安い物だが、何が欲しいのだ?」

「慶次にはこれから切り取る武蔵守が頂きたいです。
 私には信濃守、嫡男には相模守、次男には駿河守、三男には遠江守、四男には伊豆守、五男には三河守、六男には甲斐守を頂きたいです」
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