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第1章

第18話:一騎打ちと褒美

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天文16年9月27日:三河梅坪城:織田信長14歳視点

 この戦は織田家と今川家のどちらが三河を手に入れるかの争いだった。
 だが一時は手を結んで、両家で三河を分け取る事になっていた。

 だが親父殿が今川との約定を破り、松平竹千代を人質に取った事で、血で血を洗う戦いになってしまった。

 この梅坪城の三宅家は、松平家の先代が家臣に謀殺された隙を突いた親父殿が攻めて取って臣従させた。

 当代の松平家当主、松平広忠が親父殿の隙をついて梅坪城を奪い返した。
 親父殿は美濃での負け戦を挽回したいのだろう。
 こうして出陣する事になったのだが、衰えた親父殿には任せられない!

「我こそは梅坪城主、三宅隼人正師貞なり!
 命のいらない者は掛かって来い!

 三宅隼人正は、籠城だけでは城を守り切れないと思ったのだろう。
 城を出て霊岩寺裏にある岩瀬山に隠れ、奇襲をかけてきた。
 性根の腐った林家の連中は、たった一撃で崩れて逃げてしまった。

「我こそは三河大浜の城主、黒鬼前田慶次利益なり!
 命のいらない者は掛かって来い!」

「なんだと、お前が高浜城を1人で攻め落とした黒鬼か?!
 良き敵なり、その首を取って三宅の武名を天下に轟かしてくれる!」

 黒鬼に三宅隼人正が一騎打ちを挑む。

「殺すな、殺すんじゃない、生け捕りにして開城させろ!」

「言われなくても分かっている!」

 黒鬼が言い返して来た。
 絶対に嘘だ、一騎打ちで殺す気満々だった。
 あいつの性格なら、正々堂々戦って殺す方が相手に礼を尽くしていると考える。

「がっ!」

 たった一撃だ、たった一撃、胸に拳を叩き込んだだけだ。
 それだけで三宅隼人正が馬上に伏した。

 黒鬼の背中からは、十分に暴れられなかった不満がうかがえる。
 三宅の胸に打ち込んだ拳も本気ではないのだろう。

「三宅隼人正は生け捕った。
 城を明け渡すのなら、三宅隼人正はもちろん城兵の命も助ける!」

 2度目だから慣れたのか、大浜城の時よりも堂々としている。

「黙れ人外の魔性、父上は誇り高い武将だ!
 命惜しさに城を明け渡すような卑怯者でも憶病者でもない!
 この城が欲しければ力尽くで落としてみろ!」

「お前は何者だ?!」

「私は三宅隼人正が一子、三宅藤左衛門政貞なり!
 城が欲しいなら、先にこの首を落としてみろ!」

「言ったな、その言葉、後で命乞いしても許さんぞ!」

「誰が命乞いなどするか!
 武将が命惜しさに言葉を違えるなど、天下に恥を晒すだけ。
 この命あるうちは、絶対に城は渡さん!」

「よく言った、親子そろって城門に首を並べてやる!」

 ああ、ああ、ああ、黒鬼の頭に血が上ってしまった。
 こうなっては交渉で城は手に入らない。

 あまり激しく城を壊してしまったら、修築が終わるまで多くの兵を置かなければならんのだぞ、分かっているのか?

「若、林の憶病者共は何所に行ったのです?
 謀叛人ではない証に先陣を務めるはずですぞ!
 戦いもせず逃げ出すようなら、梅坪城を攻め取す落とす前に、一族一門皆殺しにしましょう!」

 黒鬼が余の事を三郎ではなく若と呼ぶ時は、本気で怒っている時だ。
 三宅が素直に下らないのは、林勢が弱すぎて舐められたからだと思っているのだ。

「三郎様、恐れながら申しあげます。
 追い詰められた林様が、野心を表して三郎様を背後から襲う可能性があります。
 この場で討ち果たすか、我らの前に置かなければ危険でございます」

 黒鬼の家臣、奥村次右衛門が言う。
 余の直臣に欲しい知恵者だが、黒鬼から取り上げたら、間違いなく暴れる。
 それに、黒鬼が騙し討ちにされない為にも、取り上げられないな。
 
「分かった、だが素直に言う事を聞くとは思えん。
 お前が軍勢を率いて行けば、新五郎も逃げ隠れできないだろう、ついて来い」

 余が先を進まないと、新五郎は黒鬼が謀叛したと言うだろう。
 いや、余が先を進んでも、新五郎が騒ぎ立てるかもしれない。

「久助、余が逃げ出した林勢を連れ戻しに行くと先触れせよ!」

「はっ!」

 弟に負けたくないのだろう、滝川久助が決死の表情で馬を駆る。
 何か重要な役目を与えてみよう。
 今なら命懸けで役目を果たすに違いない。

 滝川久助は黒鬼の兄で甲賀の出だ。
 素っ破や乱波のような、夜討ち朝駆けの奇襲撹乱は卑怯に思えて好きになれなかったが、黒鬼の働きを見て好き嫌いは言えなくなった。

 好きではない者も上手く使いこなしてこそ大将だ。
 そう言う意味では新五郎も上手く使いこなさなくてはならない。
 一度黒鬼に叩かせて叛意を挫いてから、擦り切れるまで使ってやろう。

「三郎様、危険でございます!
 林新五郎が戒めを解いて大殿に取り入っております!」

 こちらに駆けて来る滝川久助が、馬上で叫んでいる。

「おのれ、大便漏らしの憶病者が!
 織田弾正忠家に仕える方々に物申す!
 大殿に取り入って織田家を乗っ取ろうとする知れ者に尻尾を振るのか?!
 死を恐れて大小便と垂れ流す憶病者の風下に立たれるのか?!
 武将の誇りを持っておられるのなら、大殿をお諫めして林を捕らえられよ!
 ここまで言っても林に取り入る者は、不忠卑怯の大罪人として叩き殺す!」

 本気で怒った黒鬼の迫力に恐れをなしたのだろう。
 林新五郎に味方していた者が一斉に逃げ出した。
 どちらにつこうか迷っていた者達が、一斉に林兄弟を捕らえた。

 その後は驚くほど簡単だった。
 林勢を先頭に梅坪城を攻めた。
 林勢に盾を持たせて黒鬼を守らせた。

 黒鬼には、余が特別に造らせた、城攻め用の大槌を使わせた。
 並の足軽なら10人掛かりでも持ち上げられない大槌を、軽々と振るった。
 たった一撃で、梅坪城の大手門が吹き飛んだ。

 大言壮語した三宅藤左衛門政貞は、黒鬼の一撃で即死した。
 弟を名乗る三宅喜八郎兼貞が、自分の命と引き換えに城兵の助命を願い出た。

 これからの事を考えて、城兵は全員助命した。
 余に仕えると言う者は全員召し抱えた。

 黒鬼が先に捕らえていた三宅隼人正師貞には切腹を許した。
 親父殿は耄碌してしまっているので、余が褒美を差配した。

 何とか取り返した梅坪城は、信用できない者には任せられない。
 林新五郎とかかわりのある者には絶対に任せられない。
 信用ができて、兵に余裕があって、松平や今川の攻撃に耐えられる者。

 佐久間信盛以外考えられないが、問題は黒鬼への褒美だ。
 この度の戦いでも、功名が1番なのは誰にも明らかだ。

「前田慶次利益、この度の働き天晴である。
 特別に、余が南部より取り寄せた牝馬を与える」

「有り難き幸せでございます」

 南部家に頼んでいた牝馬が間に合って良かった。
 黒鬼は、意外と内政にも才があって、干鰯と鰯油で莫大な利を上げている。
 家臣への褒美はそこから何とかするだろう。

 これからも黒鬼に頼る事が多くなるだろう。
 今の内に次の褒美を用意しておかなくてはならない。

 黒鬼の立場ではどれだけ銭を積んでも手に入らない物、喜ぶ物。
 それを用意できていれば、立てた功名よりも少ない褒美で済ませられる。
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