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第1章
第5話:初体験
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天文16年9月26日:尾張那古野城:織田信長13歳視点
「話は分かった、慶次を連れて来てくれ」
「はっ!」
この度の戦の顛末を報告しに来た青山信昌が部屋を出て行った。
困った、本当に困った、どうするべきだ?
親父殿が急激に衰えてしまって、失政どころか大敗を喫してしまった。
もっと酷い事になる所を、黒鬼が防いでくれたという。
それなのに、親父殿は働きに相応しい褒美も与えない!
このままでは親父殿の信望が地に落ちてしまう。
かといって、余に与えられている領地から与えられる褒美は少ない。
何とかしなければいけないが、急には何も思いつかぬ。
「お呼びにより参上いたしました、前田慶次でございます」
「はいれ!」
黒鬼が顔を見せないように入ってきた。
親父殿の愚行から3日経っているが、まだ物凄く腹を立てている。
内心が手に取るようにわかるだけに、迂闊な事は言えない。
黒鬼ほどの剛勇の武将を、むざむざと他家に仕えさせる訳にはいかない。
どうしても引き留められないから殺すしかないが、失敗したら余が死ぬ事になるから、簡単に決断できない。
「親父殿の褒美が少ないのは余も認める。
その分を補ってやるからついて来い」
「はっ、有難き幸せでございます」
家督も継いでいない、この城しか与えられていない身で何ができる。
そう罵っているのが伝わってくる態度だ。
もう少し感情を隠せ、そんな事では他家に行っても殺されるだけだぞ。
時間稼ぎに部屋から連れ出したが、どうすればいい?
後払いの扶持を500貫ほど約束するか?
どうせ後払いの約束をするなら、家督を継いだら1000貫与えるという証文でも与えるか?
「足軽長屋に行く、ついて来い」
「はっ」
「慶次、足軽組を2つ預けるから好きに使え」
「……俺を足軽組頭にするというのですか?」
「違う、父上から500貫の加増を受けたのであろう。
550貫の扶持なら、足軽大将として不足はない。
加増はしてやれんから身分を上げてやる」
「有り難き幸せでございます」
やはりこの程度の事では怒りも収まらず納得もしないか。
しかたがない、少々惜しいが、黒鬼を失うよりはましだ。
「もう1つくれてやる、ついて来い」
「はっ」
足軽長屋の次に黒鬼を連れて来たのは、余専用の厩だ。
「この馬を褒美に与える、余が最も可愛がっている馬だ。
以前の約束を覚えているな?」
「……俺を乗せて駆け足できるような馬を与えられたら、敵陣に突っ込んで蹴散らして見せると約束しました」
「この馬なら黒鬼を乗せて駆け足できる、約束は守ってもらうぞ!」
わざわざ奥州の南部家に使者を送ってまで手に入れた名馬だ。
南部駒と特別視されるほど馬体が雄大で、一度認めた主人には従順だが、他の人間には狼のように噛みつく獰猛さを持つ、武将なら喉から手が出るほど求める馬だ!
「俺を乗せても駆け足できるのか確かめさせて頂いて宜しいですか?」
怒りの余り怒鳴りつけそうになったが、黒鬼の表情を見て心が静まった。
不安そうな表情だが、期待する気持ちも滲んで見える。
7尺33貫の巨体を持つ者が、自分を乗せて駆けられる馬を求める気持ちは、余には分からないが、とても切実なのかもしれぬ。
騎乗を許される武将と徒士侍とには、絶対的な身分差がある。
黒鬼は余の近習となり、直臣の武将となったが、馬には乗れないでいた。
尾張で手に入る甲斐駒や三河駒では、黒鬼を乗せて歩くのも大変だからだ。
それでも、武将となった以上馬に乗らなければ身分にかかわる。
だから仕方なく乗るのだが、余りにも黒鬼が大きいので滑稽に見えるのだ。
しかも少し歩かせると疲れて動けなくなる、意味のない馬になっていた。
「構わん、だが気をつけろ、黒雲雀は獰猛だからな」
余が南部家から手に入れた馬は闇を思わせるほど黒一色だ。
月が陰るような夜だと、何所に居るか分からないほど黒々としている。
夜陰に乗じて夜襲をかけるのに最適な馬だろう。
「ええ、分かっています、黒雲雀の噂は何度も聞いています」
余の方を見る事もなく、食い入るように黒雲雀を見つめて返事をする。
とても無礼だが、その表情を見ると叱る気にもなれない。
恋するような、まるで悪女に魅入られたような表情だ。
「俺の馬になってくれるか、黒雲雀」
恋しい女に告白しているようで、余まで照れ臭くなるではないか!
恐る恐る黒雲雀に延ばされた手が、その切ない気持ちを表している。
この場にいるのが悪い気がするから、普段通り不敵な態度でいろ!
「ブヒィィン」
余に懐かせるまで一年もかかった黒雲雀が、黒鬼に甘えている?!
黒鬼の手に鼻を近づけて擦り付けるだと!
信じられん、信じたくない、嘘だと言え!
あれだけ青痣を作って乗りこなした余の努力は何だったのだ!
認めたくないが、目の前の現実は、どれほど腹立たしくても飲み込むしかない。
飲み込めない者は、この戦国の世を生き残れない。
それに、黒鬼は黒雲雀がひと目で認めるくらいの武将だと言う事だ。
このような武将を使いこなしてこそ、大将として名を残せるのだ!
「黒雲雀に手綱と鞍をつけよ、黒鬼が乗りこなせるか確かめる」
「「「「「はっ!」」」」」
余専用の馬丁達が慌てて馬装を整えようと近づいて来た。
何人もの馬丁を不具にした獰猛極まりない黒雲雀が、黒鬼に頭を撫でられている。
馬丁達に鞍をつけられているのに我関せずだ。
普段なら噛みつき蹴り飛ばし大暴れしているのに!
「乗るからな」
黒鬼が黒雲雀を労わるように優しく鞍に跨る。
誰に助けられる事なく、ひと跨ぎで鞍に座せるのは7尺の巨体ゆえだな!
「まずは歩こうか、黒雲雀」
「余の馬も用意しろ、何をしている!」
「話は分かった、慶次を連れて来てくれ」
「はっ!」
この度の戦の顛末を報告しに来た青山信昌が部屋を出て行った。
困った、本当に困った、どうするべきだ?
親父殿が急激に衰えてしまって、失政どころか大敗を喫してしまった。
もっと酷い事になる所を、黒鬼が防いでくれたという。
それなのに、親父殿は働きに相応しい褒美も与えない!
このままでは親父殿の信望が地に落ちてしまう。
かといって、余に与えられている領地から与えられる褒美は少ない。
何とかしなければいけないが、急には何も思いつかぬ。
「お呼びにより参上いたしました、前田慶次でございます」
「はいれ!」
黒鬼が顔を見せないように入ってきた。
親父殿の愚行から3日経っているが、まだ物凄く腹を立てている。
内心が手に取るようにわかるだけに、迂闊な事は言えない。
黒鬼ほどの剛勇の武将を、むざむざと他家に仕えさせる訳にはいかない。
どうしても引き留められないから殺すしかないが、失敗したら余が死ぬ事になるから、簡単に決断できない。
「親父殿の褒美が少ないのは余も認める。
その分を補ってやるからついて来い」
「はっ、有難き幸せでございます」
家督も継いでいない、この城しか与えられていない身で何ができる。
そう罵っているのが伝わってくる態度だ。
もう少し感情を隠せ、そんな事では他家に行っても殺されるだけだぞ。
時間稼ぎに部屋から連れ出したが、どうすればいい?
後払いの扶持を500貫ほど約束するか?
どうせ後払いの約束をするなら、家督を継いだら1000貫与えるという証文でも与えるか?
「足軽長屋に行く、ついて来い」
「はっ」
「慶次、足軽組を2つ預けるから好きに使え」
「……俺を足軽組頭にするというのですか?」
「違う、父上から500貫の加増を受けたのであろう。
550貫の扶持なら、足軽大将として不足はない。
加増はしてやれんから身分を上げてやる」
「有り難き幸せでございます」
やはりこの程度の事では怒りも収まらず納得もしないか。
しかたがない、少々惜しいが、黒鬼を失うよりはましだ。
「もう1つくれてやる、ついて来い」
「はっ」
足軽長屋の次に黒鬼を連れて来たのは、余専用の厩だ。
「この馬を褒美に与える、余が最も可愛がっている馬だ。
以前の約束を覚えているな?」
「……俺を乗せて駆け足できるような馬を与えられたら、敵陣に突っ込んで蹴散らして見せると約束しました」
「この馬なら黒鬼を乗せて駆け足できる、約束は守ってもらうぞ!」
わざわざ奥州の南部家に使者を送ってまで手に入れた名馬だ。
南部駒と特別視されるほど馬体が雄大で、一度認めた主人には従順だが、他の人間には狼のように噛みつく獰猛さを持つ、武将なら喉から手が出るほど求める馬だ!
「俺を乗せても駆け足できるのか確かめさせて頂いて宜しいですか?」
怒りの余り怒鳴りつけそうになったが、黒鬼の表情を見て心が静まった。
不安そうな表情だが、期待する気持ちも滲んで見える。
7尺33貫の巨体を持つ者が、自分を乗せて駆けられる馬を求める気持ちは、余には分からないが、とても切実なのかもしれぬ。
騎乗を許される武将と徒士侍とには、絶対的な身分差がある。
黒鬼は余の近習となり、直臣の武将となったが、馬には乗れないでいた。
尾張で手に入る甲斐駒や三河駒では、黒鬼を乗せて歩くのも大変だからだ。
それでも、武将となった以上馬に乗らなければ身分にかかわる。
だから仕方なく乗るのだが、余りにも黒鬼が大きいので滑稽に見えるのだ。
しかも少し歩かせると疲れて動けなくなる、意味のない馬になっていた。
「構わん、だが気をつけろ、黒雲雀は獰猛だからな」
余が南部家から手に入れた馬は闇を思わせるほど黒一色だ。
月が陰るような夜だと、何所に居るか分からないほど黒々としている。
夜陰に乗じて夜襲をかけるのに最適な馬だろう。
「ええ、分かっています、黒雲雀の噂は何度も聞いています」
余の方を見る事もなく、食い入るように黒雲雀を見つめて返事をする。
とても無礼だが、その表情を見ると叱る気にもなれない。
恋するような、まるで悪女に魅入られたような表情だ。
「俺の馬になってくれるか、黒雲雀」
恋しい女に告白しているようで、余まで照れ臭くなるではないか!
恐る恐る黒雲雀に延ばされた手が、その切ない気持ちを表している。
この場にいるのが悪い気がするから、普段通り不敵な態度でいろ!
「ブヒィィン」
余に懐かせるまで一年もかかった黒雲雀が、黒鬼に甘えている?!
黒鬼の手に鼻を近づけて擦り付けるだと!
信じられん、信じたくない、嘘だと言え!
あれだけ青痣を作って乗りこなした余の努力は何だったのだ!
認めたくないが、目の前の現実は、どれほど腹立たしくても飲み込むしかない。
飲み込めない者は、この戦国の世を生き残れない。
それに、黒鬼は黒雲雀がひと目で認めるくらいの武将だと言う事だ。
このような武将を使いこなしてこそ、大将として名を残せるのだ!
「黒雲雀に手綱と鞍をつけよ、黒鬼が乗りこなせるか確かめる」
「「「「「はっ!」」」」」
余専用の馬丁達が慌てて馬装を整えようと近づいて来た。
何人もの馬丁を不具にした獰猛極まりない黒雲雀が、黒鬼に頭を撫でられている。
馬丁達に鞍をつけられているのに我関せずだ。
普段なら噛みつき蹴り飛ばし大暴れしているのに!
「乗るからな」
黒鬼が黒雲雀を労わるように優しく鞍に跨る。
誰に助けられる事なく、ひと跨ぎで鞍に座せるのは7尺の巨体ゆえだな!
「まずは歩こうか、黒雲雀」
「余の馬も用意しろ、何をしている!」
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