御大尽与力と稲荷神使

克全

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第二章

36話

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「我こそは坪内七右衛門直虎が弟・坪内格之助直之なり!
 義によって助太刀申す!」

 本当は助太刀でも何でもなかった。
 ただ己の名を挙げて、仕官の機会を手に入れようとしただけだ。
 だが何事にも大義名分が必要で、今回は北町奉行所の手落ちで容疑者が暴れ回っているのを、たまたま通りかかった格之助が助けると言う事になる。
 だが問題は格之助の腕前だった。
 実際問題、現役の北町奉行所与力同心が、暴れ回る百姓一人に手も足も出ないのだが、南町奉行所の見習い与力だった格之助も同程度だった。

 だったら供はどうかと言うと、坪内家の譜代は忠誠心はあるものの、腕っぷしは頼りないモノだった。
 だが譜代の供は若党二人と中間二人だが、彼らの腕っぷしも頼りない。
 だが、河内屋善兵衛が送り込んだ中間三人は違った。
 彼らは元々善兵衛の用心棒を務めていた、江戸でも屈指の剣客だ。
 表向きは中間なので、大小の刀は差せないが、武士以外でも持つ事を許された脇差を差し、鉄芯を入れた木刀を手に持っていた。

 三人が腰に差している脇差は大脇差(一尺八寸以上二尺未満「五四・五センチから六〇・六センチ」)で、博徒が抗争などで使っていた。
 いや脇差ならば、身分の下の者が上意討ちや無礼打ちが理不尽な理由だと感じたならば、刃向かうことが許されてた。
 いや、討たれる者が士分の場合、無礼打ちに対して何も抵抗せず打ちされたら、武家としての「不心得者である」と、無礼打ちから逃れて生き延びたとしても、個人だけでなく家が士分を剥奪され、家財屋敷も没収されるなど、厳しい処分となる。

 武士同士であろうと、武士と庶民であろうと、刀を抜くと言うのは命懸けなのだ。
 いや、単に個人の命だけではなく、家族にまで類が及ぶ一大事なのだ。
 その点でも、北町奉行所の与力が詮議中の百姓の前に刀を置いてゆくなど、絶対に許されない不心得で、士道不覚悟もはなはだしいのだ!
 だからこそ、特殊な能力と経験が必要な町奉行所の与力同心であろうと、今回は厳しい処分がなされると七右衛門は判断し、格之助を送りだしたのだ。

 三人の隠れ剣客を先頭に、北町奉行所に入った格之助は、
「我こそは坪内七右衛門直虎が弟・坪内格之助直之なり!
 義によって助太刀申す!」
と、ただ大声で連呼していた。
 今回一番大切なのは格之助の名を売る事であり、七右衛門の弟だと知らせる事だ。
 暴れる百姓を斬り斃す事など、三人の剣客には朝飯前の事だった。

「溝口伝兵衛、一番槍!」
「池波寅蔵、謀叛人を討ち取ったり!」
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