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第一章

第1話:誘拐拉致召喚された聖女、婚約破棄追放される。

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アバディーン王国歴100年8月21日、王都王城王宮、カーツ公爵公子視点

 大理石で造られた白亜の宮殿。
 民から収奪した金銀財宝で飾られた煌びやか大舞踏会場。
 人口3000万人を誇る王国中の貴族が集結している。

 大舞踏会場の北側が一段高くなっているのは、王が南に向かって座り、大舞踏会場の貴族達を見下ろすためだ。

 王の玉座が上段中央の一番高い所に据えられている。
 少し低く造られた左右に王族用の椅子が置かれている。

 謁見の時に使われる事もあるので、下段には王国最高の職人が30年の年月をかけけて織った緋毛氈が敷かれている。
 
 異世界、地球から誘拐拉致召喚された聖女が緋毛氈の上に跪いている。
 12歳で誘拐召喚されてから10年間、命懸けで戦わされた可哀想な聖女。

 国の為、民のために恐怖と苦痛に耐えて戦い続けた日本人の聖女。
 そんな聖女を、王宮に残って酒池肉林の限りを尽くしていただけの、豚のような王太子が見下ろしている。

「平民の分際で聖女と名乗り、高貴な余を騙してきた詐欺師め!」

 豚の言葉に、プチリ、と俺の中で堪忍袋の緒が切れた!

 誘拐拉致召喚だけでも許せなかったが、この世界を救うためならしかたがない。
 そう自分に言い聞かして我慢に我慢を重ねてきた。

 この国、王家の悪行を飲み込むのも、王族である公爵家に生まれた者の責任だと、不完全な良心を押し殺してきた。

 だが、散々利用するだけ利用して危機が去ったらゴミのように捨てるのは許せん!
 
「王太子殿下の申される通りですわ!
 侯爵令嬢の私を差し置いて、卑しい異世界人の、それも平民が聖女を騙るなんて!
 絶対に許されませんわ、ねえ、王太子殿下」

 誰が卑しい異世界人だって?!
 その異世界人に泣いて縋って助けてもらってのはてめぇらだろう!

「ええい、見るも汚らわしい!」

 豚が穢れた足で聖女を足蹴にしようとした!
 素早く駆け寄って聖女が蹴られないように助ける。

 ビッ!

「ギャアアアアア」

 足蹴にしようとした相手が消えてしまった豚が、思いっきり転倒する。
 運動不足で身体が硬いから、蹴り損ねて思いっきり股が開いたのだ。
 
 身体にフィットさせたズボンは破れ、下着が丸見えだ。
 何より、股の腱が断絶した激痛にのたうち回っている。
 まあ、そうなるように計算して聖女を助けたのだが。

『この世界を守る精霊たちよ、責任を取れ!
 極悪非道な人間に加担して、異世界から善良な人を誘拐拉致召喚した責任を取れ!
 この世界に来てからの苦しみに満ちた記憶を消せ!
 一番楽しいはずの青春の日々を取り戻せるように、若返させろ!』

 この世界は、神々から管理を命じられた精霊が仕切っている。
 それなのに、豚共の供物に目が眩んで誘拐拉致召喚に手を貸した!

『責任を取らなければ、俺がこの手で塵も残さず滅してやる!
 いや、そんな楽な罰では許されない。
 地球の神が管理する地獄に叩き落してやる!』

 この世界に転生して20年、武力も魔力を鍛え続けてきた。
 ウェブ小説愛好家の知識を総動員して史上最強の力を手に入れた。

 誘拐拉致召喚の時には、自分の管理する世界の人間を護り切れなかった、地球や日本の神々に文句を言ってやった。

 そのお陰で、この世界で鍛えた能力以外に、神与のスキルまで手に入れた。
 ウェブ小説に書かれてあったスキルで、独力では手に入れられなかったスキルを、この世界の神と地球の神の両方から手に入れた。

 俺の本気が伝わったのか、聖女の周りに七色に光り輝く魔法陣が現れた。
 記憶を消す魔法陣、年齢を戻す魔法陣は要求通りだ。
 俺がよほど怖いのか、幸運や能力向上の魔法陣が5つ加えられている。

「カーツ、王太子殿下に手を上げたわね!
 謀叛よ、王太子殿下に対する謀叛よ!」

「じゃかましいわ!
 俺の婚約者の癖に、種豚王太子と乳繰り合った売女が!
 自分たちの不貞を誤魔化したくて、聖女様を貶めた恩知らずが!」

 俺の言葉に大舞踏会場が完全に凍り付いた。
 聖女を貶める三流芝居を王太子と売女が演じている時は、静かになっていた。

 王太子とマーガデール侯爵に与する連中には予定通りの茶番劇。
 そんな腐れ外道共は、聖女が貶められるのをニヤニヤを笑って見ていたのだ。

 しかし、王太子とカミラ公爵令嬢の不義密通は笑っていられない。
 マーガデール侯爵一派にとって、権力を失いかねない醜聞だからだ。

「キィイイイイイ!
 斬りなさい、斬って捨てなさい!
 王太子殿下を殺そうとした謀叛人を殺してしまいなさい!」

 種豚と売女が取り巻きに選んだクズ共が、剣を抜いて集まって来た。
 聖女と戦士たちが苦難の戦いをしている間、宮殿で遊び惚けていた連中。
 種豚と売女に媚び諂って、近衛騎士の地位を得た恥知らず共。

「腐敗獣を討伐する旅を続けた俺に勝てるとでも思っているのか?」

「けっ、実績作りに着いて行っただけの公爵家のボンボンが!」

 俺は実力を隠すために影働きに徹していた。
 下手に手柄を立ててしまうと、売女との婚約を解消できなくなるからだ。

 こんな腐った国を改革する気などなかった。
 何が悲しくて、性根から腐った連中を罰したり改心させたりしなければいけない?

 そんな事は、神にこの世界の管理を命じられた精霊たちの役目だ。
 この世界を腐敗させ、人間を堕落させた精霊たちが、責任を取って正す事だ。
 俺がやらなければいけない事ではない。

 俺は1人静かに暮らす気だったのだ。
 誰にも気を使う事なくのんびりと暮らす気だったのだ。

「謀叛人は死にやがれ!」

 王太子近衛騎士を名乗るカカシが襲って来た。
 笑っちゃうくらい遅い剣速で、足さばきも全然なっていない。
 返り討ちにするのは簡単だが、こいつにはピエロを演じてもらおう。

 俺がやったとは見えないように、流れるような足さばきで移動する。
 ピエロが最初から種豚王太子を狙っていたかのように誘導する!
 ピエロが振り下ろした剣は、見事に種豚の尻を4つにした。

「ギャアアアアア!」

「何をするの!
 殿下、王太子殿下、裏切者よ、近衛騎士に裏切者がいるわ!」

 売女、カミラ侯爵令嬢がキンキン声で喚き散らす!
 俺が斬り殺されるのをニタニタ笑いながら待っていた連中が凍り付く。

 阿諛追従のゴマすり近衛騎士たちが、互いを伺うようにしている。
 王太子近衛騎士たちは、みんな競争相手で蹴落とし合いをしている。

 下手に動いたら、同じ王太子近衛騎士に背後から斬られるかもしれないと疑っているのだ。

 大舞踏会場に集まった貴族たちも、同じ様に互いの動きを伺っている。
 誰もが王家とマーガデール侯爵家の権力に従っていただけで、信じてなどいない。

 特に令嬢たちは、どれほど忠誠を尽くしても無駄なのを知っている。
 カミラはこれまでの言動から、些細な事で顔を切り刻む狂女だと知られている。
 だから取り巻き以外の貴族令嬢からは忌み嫌われている。

 種豚王太子も同じで、何人もの令嬢や貴婦人を嬲り者にしてきた。
 だから、何を言っても良識のある貴族には全く信用されない。
 もっとも、この国には良識がある貴族が極端に少ない。

「王太子殿下に剣を向けるとは、恥を知りなさい、カーツ公子」

 これまで玉座の直ぐ下で黙って聞いていた宰相が声をかけて来た。

「恥を知らないのはお前だろう、マーガデール侯爵。
 国を救った聖女様を陥れ、売女の娘に種豚王太子を誘惑させる。
 教会に賄賂を贈って聖女の地位を買う。
 宰相の地位では満足できず、王国を乗っ取る気か?」

「王家に成り代わろうとしたのはカーツ公子、貴男の方でしょう!」

「ほう、王国乗っ取りに一番邪魔なレンウィック公爵家から潰すのか?」

「何を言っておられるのです?
 私は王家王国の忠実な下僕ですぞ。
 王族であるレンウィック公爵家を潰す訳がないでしょう」

「ほう、だったら娘の不貞をどうやって誤魔化す気だ?」

「娘の不貞、そのような嘘を言って誤魔化せるとでも思っているのですか?
 貴男は王太子殿下に剣を向けた謀叛人なのですよ。
 謀叛人との婚約など無効に決まっているではありませんか」

「ほう、公爵には大公に地位でも与えるのか?」

 余裕の表情を浮かべていた、宰相マーガデール侯爵の目が本気になった。

「やはり貴男は馬鹿でも憶病者でもなかったようですね。
 ここで確実に殺しておくべきですね」

「ふん、小汚い謀略しかできない糞野郎が、やれるものならやってもらおう!」

 良いだろう、やってやろうじゃないか。
 神々に叱責されて慌てた精霊が、神罰から逃れようとして、この国の王侯貴族を滅ぼすから、自分の手を穢す必要などないと思っていた。

 だがそちらがその気なら、この手で滅ぼしてやる。
 欲に堕落した精霊たちに挽回の機会を与える義理もない。

「宰相の分際で勝手な事をするな」

 おっと、ようやく王様おでましか。
 年老いてからできた種豚に王位を継がせたくて、俺を死地に追いやった卑怯者。
 
「申し訳ございません、国王陛下」

「カーツ公子の事より先に、チャールズの治療をしろ、愚か者!」

「あまりの事に取り乱してしまいました、直ぐに。
 何をしている、直ぐに医者を呼んでこい!」

「おい、おい、おい、糞野郎、売女は聖女なんだろう?
 聖女だからこそ、救国の聖女様に冤罪をかけたのだろう?
 教会に賄賂を贈って手に入れた偽の称号でなければ、俺たちの前で治療させろ」

「ふん、聖女様の奇跡を謀叛人に見せる訳にはいかぬ」

 さすが、嘘で塗り固めた人生を歩んできた宰相だ。
 少々の事では慌てず、国王の前でも明々白々の嘘を平気でつく。
 もっとも、糞野郎の嘘など国王も最初から知っていただろう。

「国王として裁定を下す、聖女を騙った罪は許し難い。
 だが、腐敗獣を討伐した功に免じて命だけは助けてやる。
 さっさとこの国から出て行け!」
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