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第一章

第33話:言い争い

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 辺境伯代理と伯爵の役割を兼務していると、色々な事が同時進行する。
 魔族に対する備えもしなければいけないし、領内の発展も考えなければいけない。
 辺境伯家内の佞臣を取り締まり、不正を摘発しなければいけない。
 それだけでなく、残された3子爵家や分家も見張らなければいけなくなった。
 特に違法薬物の件で、ピーターソン子爵家には密偵の大半を張りつけなければいけなくなっていた。

「辺境伯代理、随分とお待たせしてしまいました。
 ようやく確たる証人を確保する事ができました。
 ただ厳罰に処すためにはピーターソン子爵城から現物を確保する必要があります。
 それもピーターソン子爵自らが現物を手に取っている方がいいです。
 辺境伯代理自らのご出馬をお願い致します」

 ヴァイオレットはなんの気負いもないような表情をしている。
 いつものように、俺を試すような挑戦的な表情も浮かべていない。
 だが俺には分かる、難しい探索を成功させた自信と誇りを。
 ヴァイオレットほどの人間に、それほどの気持ちにさせるほど敵は慎重だった。
 俺も気を入れてやらないと、足元をすくわれてしまうかもしれない。

「俺に加われと言う事は、義姉さんの力が必要だと言う事だな。
 親衛隊だけでは不安だと言うのは、よほどの事だろう。
 ピーターソン子爵家にはそれだけの戦闘力があるという事なのか」

「確かに戦力もありますが、問題は証拠を隠滅する時間を与えてしまう事なのです。
 開門を命じても、証拠を隠滅するまでは決して城門を開けないでしょう。
 こちらが城門を破壊しようとしても、そう簡単は破壊できません。
 こちらが確保した証人だけでは、子爵の地位を振りかざして抗弁する事でしょう。
 それを強硬に断罪するとなれば、辺境伯家の印象が悪くなってしまいます。
 不必要にカーツ様の名声に傷をつけるような事はできません。
 ここはマティルダ様が会得された飛行魔術を使って、一気に本丸城館まで突入していただき、ピーターソン子爵を確保していただきます」

 やれやれ、カチュアたちには何も秘密にできないな。
 まあ、直接話さなくても、飛行魔術の練習をしていれば見られて当然だ。
 だが、俺がヒントを与えて義姉さんと一緒に開発した魔術までは分からないはず。
 それは最後の切り札に取っておいて、一般的な魔術を使ってピーターソン子爵を確保するが、ヴァイオレットの言うように、領民の印象も大切だな。

「分家のオリビアン家の人々を領民に見せる訳にはいかないが、ご当主様や一族重臣には、違法麻薬の恐ろしさと我々の正義を示すために、禁断症状を見ていただく方がいいだろう。
 辺境伯家の領民たちには、ピーターソン子爵家の者や家臣領民の常習者を晒し者にして、恐ろしい禁断症状を見せて違法薬物の恐ろしさを知らしめしたい。
 違法薬物常習者をある程度確保してもらいたいのだが、できるか」

「大丈夫でございます、ピーターソン子爵家の中にも常習者がおります。
 違法薬物を横流ししていた者の大半は、常習者になっています。
 違法薬物の実験を台にされた領民の女たちは、売春婦にさせられています。
 残念ながら、辺境伯領民の中にも常習者が数多くおります。
 領民に違法薬物の怖さを知らしめるのに十分な人数を確保できます」

「分かった、だったら今直ぐピーターソン子爵城に突撃する。
 ヴァイオレット、俺と義姉さんが城館に突入するタイミングを教えてくれ」

「ご下命承りました」

 ★★★★★★

 親衛隊の半数、50人を率いてピーターソン子爵城に向かった。
 今回はカチュアが同行せず、ヴァイオレットが50人を指揮していた。
 俺と義姉さんはその中にいるが、こうなるまでには多少の言い争いがあった。
 義姉さんは俺の安全を考えて、俺を城に戻して1人で突入すると言い張ったのだ。
 逆に俺は義姉さんが心配だと言って、義姉さん1人の突入を反対した。
 誰が何を言おうと、義姉さんに人殺しをさせるわけにはいかない。

「マティルダ様、カーツ様は常にマティルダ様と一緒にいたくて、魔核を強制回収されたのですから、ここは一緒に行動されるべきです。
 カーツ様が城に残られては、手練れの刺客に襲われるかもしれません。
 ご一緒されて、魔力防御を常時発動された方が安全です。
 魔力を使い過ぎるのが心配でしたら、魔力回復薬を使う事を同行の条件にされれば、カーツ様を護る魔力を減らす心配もありません」

 ヴァイオレットが横から余計な事を言いやがる。
 そんな言い方をされたら、義姉さんは魔力を惜しまず全力で魔力防御を展開する。
 しかも魔力回復薬を常用してしまうだろう。
 こんな事を口にするカチュアたちの目的はなんなのだ。
 義姉さんを魔力回復薬中毒にさせるつもりなのか。
 それとも、俺に人殺しを経験させようというのか。

「ヴァイオレット、俺はここに残って親衛隊の指揮を執る。
 ヴァイオレットが義姉さんと一緒に本丸城館に突入してくれ。
 義姉さん1人で突入しては目的が達成できないかもしれない。
 それは俺が同行しても同じだろう。
 それよりはヴァイオレットが同行する方が、我々の目的が達成できる。
 それに、必要がないのに、義姉さんに人殺しはさせられない。
 この答えで正解なのか、ヴァイオレット」

「マティルダ様に人殺しをさせる事なく、目的を達成して御覧に入れます」
 
 やれやれ、今回も試されていたようだ。
 挑戦的な表情を浮かべる事なく、試験をしている事を知らせずに試す。
 段々ハードルが高くなっているような気がする。
 まあ、試験をされている間は、殺される心配はないと思う。
 油断をする気はないが、たぶん大丈夫だろう。

「それはダメです、カーツ様をカチュアの配下たちだけに任せられません。
 カーツ様に城に戻っていただいてからやり直すか、カーツ様と一緒に3人で城館に突入するかです、これは絶対に譲れません」

 これは当然の事なのだが、義姉さんはカチュアたちを非常に警戒している。
 俺がカチュアとヴァイオレットを女性として意識していて、惹かれているのも気に喰わないのだろうが、それ以上に何か企んでいて危険だと考えているのだろう。
 それは俺も同じだからよく分かるが、今この状況で俺を殺す事はないと思う。
 しかし俺が義姉さんの立場だったら、同じように反対しただろう。

「分かりました、ここは3人で突入する事にしましょう」

 ヴァイオレットがニンマリと笑いながら答えやがった。
 最初からこうなる事を予測してやがったのだな。
 釈迦の手のひらの上ではないが、ずっとカチュアたちの手の中で踊らされている気がするのは、俺の被害妄想ではないはずだ、なんか段々腹が立ってきたな。
 義姉さんと研究している魔術で1度くらいギャフンと言わせてやろうか。
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