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第一章

第25話:食糧問題

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 灰塩を作り出すことに成功した俺は、次の目標に進むことにした。
 幸いなことに、佞臣を処分するまでの時間に余裕ができた。
 心から信頼してくれる領民も現れたし、カチュアたちの信用も厚くなった。
 この機会をとらえて、やれるかどうかは分からないが、ドラゴン辺境伯領の根本的な問題に取り組むことにしたのだ。

 ドラゴン辺境伯が抱えている問題の1つに、食糧問題があった。
 単に満腹に食べるだけなら、深い森と魔境がいくらでも広がっているから、獣や鳥の肉、虫や野草、木の実や果物がある。
 ドラゴン辺境伯家は自由に狩りを認めているから、取り放題狩り放題である。
 まあ、猛獣や猛禽、なにより魔獣に打ち勝つという大前提を満たせばだが。
 それが困難だからこそ、広大なドラゴン城の縄張り内に放牧場と養鳥場がある。

 手に入れるのが難しく、領民が求めているモノ、それは穀物だった。
 米、小麦、大麦、ライ麦、蕎麦など、穀物類を作るのがとても難しいのだ。
 魔境の魔獣はでてこないが、草食と雑食の獣や鳥が田畑を襲うのだ。
 一生懸命耕作して、ようやく実りの時を迎えようとした時、恐ろしいほどの数の獣や鳥が、根こそぎ丹精込めた実りを食べて行ってしまうのだ。

 大切な食料だから、辺境伯家から派遣された兵士や猟師が必死で追い払おうとするのだが、まったく効果がない。
 兵士も猟師も無能というわけではなく、穀物を喰い尽くされた耕作地には、大量の獣や鳥の死骸が残されているのだ。
 人間が手塩にかけた穀物は美味しいようで、多くの獣や鳥は殺されると分かっていても耕作地にやってきてしまうのだ。

「今日は穀物の促成栽培を試す。
 場所は魔素が豊富で急激に草木が育つ境界域だ」

 魔境と境界域、この言葉は魔山と奥山だと思えばいい。
 地域によって呼び方が違うだけで、意味は同じだ。
 魔山や魔境は月齢に関係なく常に魔物が横行している場所の事。
 奥山と境界は、月齢によって魔境になってしまう場所の事。
 だから奥山と境界は、危険ではあるが魔素の恵みの多い地域となる。
 当然だが、穀物を植えれば早く豊かな実りが得られる。

「せっかく植えた穀物が食い荒らされる心配をしていると思うが、その点はエドワーズ子爵家の兵士や猟師を動員し、冒険者を雇うから安心しろ」

 冒険者、まだ大陸を人間が支配していた頃、森や魔境、山や魔山に入って魔獣や獣、魔蟲や鳥を狩り、素材となる薬草や木の実を集めた人々の事だ。
 人間がドラゴン山脈を越えたドラゴン辺境領に逃げ込んだ時に、多くの冒険者も一緒に移民してきた。
 ドラゴン魔山と大魔境にはさまれた辺境伯領では、彼らの働きがなくては、騎士や兵士を魔族の迎撃に向かわせられなかっただろう。

「それと私に考えがある。
 必ず成功するとは言い切れないが、かなりの確率で獣や鳥を撃退できる。
 それを確かめるために、境界で穀物を育ててもらう」

 月齢に合わせて縮小拡大する魔境と人里のはざまが境界域。
 1番人里に近い境界域は、一瞬魔界になるだけで、直ぐに未開地になる。
 1日だけ魔界にな境界域は、最大で29日間の耕作期間がある。
 だがその分魔素が少なく、魔素の影響による促成効果が低い、と思う。
 とにかくやってみなければ分からないが、問題は実りまで何日かかるかだ。
 境界の外縁部で29日以内、最内部なら1日で種まきから収穫までを終えたい。

 そう考えて、事前に境界域の木々を切り倒し、草を刈り集めた。
 そして魔境が最大に広がる日にまでに、直ぐに種まきできるように準備した。
 その穀物が魔境の拡大縮小までに収穫できるか確かめるための最初の実験だ。
 失敗を少なくするために、最初からありとあらゆる穀物の種をまいた。
 魔境が縮小したら、それに合わせて耕作地を広げた。
 魔素が多い場所なら、1日で種まきから収穫まで終えられるかもしれないから。

 今思えば、よく30日もカチュアたちが待ってくれたものだ。
 佞臣の粛清に時間をかけるとは言ってくれていたが、内憂を取り除き、領民が安心して暮らせるようにするのは、早ければ早い方がいいに決まっている。
 恐らくだが、この実験に成功すれば、俺の求心力がさらに高まり、佞臣一派の切り崩しが楽になると思っていたのだろう。
 
 そう考えると、絶対に失敗するわけにはいかない。
 胃の痛くなるような不安を抱えながら、表面的には平気な顔をして待った。
 穀物の成長と、獣や鳥を兵士や猟師、冒険者が狩ってくれるのを見守った。
 その甲斐があって、穀物は予想以上にすくすくと成長した。
 獣や鳥はなんとかなったが、どうにもならなかったのは害虫の被害だった。
 ある程度の大きさの獣や鳥は狩れるが、小さな虫を狩るのは困難だったのだ。

「これが成功すれば、獣も鳥も虫も心配いらない」

 俺はそう言って、比較的弱い魔獣の血を撒いた。
 前世の農薬ではないが、害虫の天敵である魔獣の血を耕作地の周りに撒いた。
 効果はてきめんだった。
 強力な魔獣の臭いを恐れた虫は、耕作地に一切近づかなくなった。
 血を撒いた魔獣よりも強い獣や鳥も少しはいたが、一騎当千のカチュアの使用人たちが見事に狩ってくれた。

「ありがとうございます、これで月に1日は雑炊や麦飯が食べれます。
 穀物を売ったお金で、子供たちに服を作ってやれます」

 さすがにどれだけ魔素が濃いとはいっても、1日で種まきから収穫までは難しい。
 穀物の成長と収穫を考えると、境界域で穀物を栽培できる面積は半分ほどだった。
 しかも兵士や猟師、冒険者まで動員しなければ猛獣や猛禽に食い殺されかねない。
 さらに言えば猛獣や猛禽など相手にならないくらい強大な魔獣の血が必要なのだ。
 穀物の耕作に必要な経費は莫大だ。

 穀物が辺境伯家の魔法袋か食糧庫にしかなく、少々豊かな程度の領民ではとても高くて買えないくらい貴重だからこそ、このやり方で採算が取れるのだ。
 マティルダ義姉さん以外にも多くの魔術師が生まれ、魔獣の血がもっと簡単に手に入るようになるか、未開地がどんどん開拓されて耕作地が獣や鳥が近寄ってくれないくらい未開地から遠く離れるまでは、穀物をを毎日食べられるようにはできない。

「くっくくくく、最高ですよ、カーツ様。
 またしても、私が考えていた遥か上を行く最高の策ですよ!
 こんな方法で穀物の栽培に成功するなんて、考えてもいなかった。
 カーツ様が境界域で穀物を作る方法を考え出されたと言いう噂が広まれば、カーツ様の評判は大英雄様に近づきます。
 領民にとっては、遠い存在の魔王討伐よりも、穀物を食べられるようにしてくださるほうが、はるかに身近で感謝できる存在です。
 そのカーツ様が佞臣を断罪して処分すれば、相手が誰でも領民は拍手喝采します。
 これでももう大丈夫、小者どもは一斉に寝返りますよ」

 ヴァイオレットが、今回も本気で褒め称えてくれた。
 気持ちのこもった笑みを浮かべてほめてくれた。

「カーツ様、貴男様の才能に心から敬意をおくらせていただきます」

 カチュアも心の籠った称賛の言葉を口にしてくれた。
 うれしいのだが、失敗していたらどうなっていたのだろう。
 今度からは失敗してもいいように、隠れて試す事にしよう。
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