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第2章

第91話:出港

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神歴1818年皇歴214年7月26日帝国の港:ロジャー皇子視点

 帝国南部に集まっていた、皇国に帰国を希望する解放奴隷たちが、完璧に整備された魔海航行艦に乗船している。
 
 俺たちが皇国で拿捕した魔海航行艦は1艦だが、その後で24艦の帝国艦隊を拿捕して手に入れている。

 それどころか、今では精強を誇った帝国海軍の全艦艇が俺の物だ。
 その中で、皇国まで港に立ち寄る事無く無補給で航海できる大型の魔海航行艦は、全て合わせても100艦しかなかった。

 100艦の大型魔海航行艦に乗船させられるのは合計5万人。
 73万人弱いる元皇国民を全て帰国させようと思ったら、15回は皇国と帝国を往復しなければいけないので、最初の出港をこれ以上遅らせる訳にはいかなかった。

 スレッガー叔父上たち護衛騎士の顔を立てて意見は聞いたが、皇国に戻りたい者たちの想いを踏み躙る気は最初からなかった。

 俺が悩んでいたのは、不幸な民を誰に任せるかだけだった。
 護衛騎士がどうしても俺の側から離れないと言うのなら、帝国に向かう大航海に選抜した士族500人、将来の皇国海軍幹部に任せるしかなかった。

「艦隊司令代理、彼らの事は任せたぞ」

 俺は帝国までの航海で能力と性格を見て1人の士族を艦隊司令代理に選らんだ。
 100艦の指揮官なら艦隊司令長官の呼称がふさわしいのだが、まだまだそこまでの能力は無いので、最低限の権限で、しかも代理にした。

「未熟なのは自覚しておりますが、精一杯務めさせていただきます」

 自分が能力も経験も足らない事を自覚しているのだろう。
 俺が不安に思い、心からは信用していない事も理解しているのだろう。
 可哀想だが、実力や経験を積むまで待ってやれないのだ、許せ。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ、俺が常に見守っている。
 何かあれば艦ごとに乗せている使い魔を頼れば良い」

「はい、悩むような事があれば相談させていただきます」

 艦隊司令代理が少し安心したように答えるが、彼の心配も良くわかる。
 たった1度、片道の航海しか経験がないのだ。
 肩にかかる5万人の命はとんでもない重荷だろう。

 艦隊司令や艦長どころか、水兵としての知識や技量すらないのだから、普通なら絶対に生きて皇国には戻れない。

 だが、俺が使い魔にしているクラーケンやザラタンを含めた海魔獣数百頭と、魔魚10万匹が艦隊を守っているのだ。

 各艦には、1頭の魔イヌ、5頭の魔ネコ、100羽の魔カモメが乗っている。
 彼らが俺に情報を伝え、俺も彼らを通じて艦隊司令代理に指示する事ができる。
 
 無寄港でも安全に皇国まで帰られるように、500人の乗客の魔力を使って動かせる、海水真水化魔道具も1艦に2個作って配備してある。

 壊血病を防ぐためのライム、レモン、ミカン、リンゴなども十分な余裕をもって艦に積み込んである。

 主食にする麦、玄米、堅パン、副食にする塩漬けの牛肉と豚肉も余裕をもって積み込んでいるし、火を使わずに煮炊きをするための魔道具も積み込んである。

 長く退屈で苦しい長期の航海を慰める、酒精の強い蒸留酒、ウィスキーも十分な量を艦に積み込んである。

「「「「「彼らの事は何があっても守って見せます!」」」」」

 皇国に帰国する500人の選抜士族が決意に満ちた表情で誓ってくれる。
 彼らを心から信用できないでいるので胸が痛む。

 だが、自分が選んだ士族たちでも、頭から信用してはいけないのが俺の立場だ。
 無闇に信じて任せきりにして、民が苦しむような状態にしてはいけないのだ。
 友人家族恋人であろうと、常に疑わなくてはいけない。

 地位の高い者、力ある者は常に自分と周りの者を疑わなければいけない。
 これで良いのか、本当にこれで良いのか、何か間違っていないか、常に自問自答して確かめないと、一つ間違えば万余の人が不幸になる。

 100艦の艦隊はクラーケンたちに守られて皇国に向かう。
 ザラタンに引かれて皇国に向かうので、帆を操作するどころか張る必要もない。
 むしろ帆がない方が、強風逆風横風の悪影響を受けない。

 皇国に帰る不幸な人々の表情はとても複雑だ。
 期待に胸躍るような表情をしたかと思うと、不安でたまらない表情をする。

 それは誘拐拉致されてから数年の若い者だけではなかった。
 長年の奴隷生活で老いさらばえた老人までいた。

 何年何十年も前に奴隷に売られた者がいるとは思ってもいなかった。
 家族は誰も生きていないだろうが、死ぬ前にどうして故郷に戻りたいと聞かされて、胸が締め付けられた。

 皇室が国を統一する前に戦った侯爵家が密貿易をしていると言う。
 侯爵家を警戒した皇国が、他の貴族家に比べて重い負担をさせてきた。
 その財源として密貿易をしてきたと言うのだ。

 その密貿易による利益を吸い上げる皇室と皇国も、それを黙認していると言う。
 皇国の歴史には表に出せない恥ずかしいモノがあるのだと胸が痛んだ。

 帝国でやらなければいけない事が全て終わったら、皇国の事も改めて考え、皇子としてなすべき事をしなければいけない!

 皇帝になりたいなんて思わないし、重い責任を背負いたいとも思わない。
 だが、前世の記憶があろうと無かろうと、能力があろうと無かろうと、皇子に生まれた者の責任があると思っている。

 思っているからこそ、こうして帝国まで来て誘拐拉致された民を救った。
 これで皇子としての責任は果たしたと思ったのだが、キャバン辺境伯家以外にも民を代価に密貿易をしている者がいるのなら、命を賭けても処罰しなければいけない!

 とはいえ、その為に多くの民を巻き込むような内乱は起こせない。
 少なくとも当該侯爵家以外の民を巻き込むわけないは行かない。
 その為の準備は帝国にいるうちからしなければいけない。

 侯爵家が人間を代価に密貿易を行っている、証拠となる書類や証人となる解放奴隷も守らないといけない。

 死ぬ前にどうしても故郷を見たいと言う老人を守るために、特別な使い魔を守り手として創り出したのはその為だ。

「殿下、そろそろ帝都に戻られてはいかがですか?」

 帝国の港を管理する解放奴隷が声をかけて来た。
 帝国人で奴隷にされていた者は、身分差別はされるが人種差別はされない。
 だから使い魔の護衛と監視を付けて帝国各地の派遣しているのだ。

「ああ、そうしよう、港の管理と新造艦の建造は任せたぞ」
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