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第2章

第90話:忠誠

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神歴1818年皇歴214年7月25日帝国帝都帝城帝宮:ロジャー皇子視点

「殿下、我々だけで皇国に帰る事などできません!」

 スレッガー叔父が目を剥いて文句を言う。
 護衛騎士であり叔父でもある立場なら、当然の言葉だ。
 だが、何を言われようと、俺に解放奴隷を見捨てる選択はない。

「殿下が残られるのであれば、我らも残ります」

 護衛騎士隊長のアントニオが迷うことなく答えてくれる。
 護衛騎士長のウッディも他の護衛騎士も同じように頷いてくれている。
 とてもありがたいのだが、少しでも早く皇国に戻りたい解放奴隷がいるのだ。

 皇国の皇子として、彼らを無事に皇国に届ける責任があるのだが、同時に帝国に残る解放奴隷を守る責任もある。

 俺1人で両方を直接守る事などできない。
 どちらかは信頼できる家臣に任せなければならない。
 新たに選抜した皇国士族では心許ないので、護衛騎士達に任せたいのだが……

「俺の気持ちは分かっているな?」

 護衛騎士たちは、俺の考え方ややり方を心得てくれている。
 それでも反対すると言うのなら、何か良い考えを提案してもらいたい。

「殿下の治癒魔術と回復魔術のお陰で、今直ぐ死ぬような者はいなくなりました。
 何も今直ぐ急いで皇国に帰す必要もありますまい。
 帝国に残って支配を固め、隣国が攻め込んで来るのを撃退して、もう2度と侵攻する気にならないようにしてから、悠々と皇国に帰りましょう」

 スレッガー叔父上の言う事も考えた。
 もう直ぐ東西の隣国が示し合わせて攻め込んで来るのは間違いない。
 完膚なきまで叩きのめした後で、隣国の王族を皆殺しにすれば10年は安泰だ。

 問題は帝国内の不穏分子だ。
 帝王、帝族、主要な貴族士族は魅了と支配の魔術で抑え込めるが、一般市民の連中が解放奴隷を嫌って殺そうとするかもしれないのだ。

 膨大な数になった使い魔に命じておけば、そんな不穏分子を皆殺しにする事は簡単だが、俺が残っていれば防げる殺戮なのだ。

 人間が卑怯下劣なのは本性なので、差別や暴力は仕方がない事なのだ。
 それを暴力を使ってでも抑えるのが指導者の責任なのだ。
 俺が残る事で防げる殺戮はもちろん、差別や暴力も抑えたい。

 それに、俺の私利私欲で創り出した、膨大な使い魔を置いて皇国には戻れない。
 俺が彼らの食糧を確保しなければ、膨大な食糧を帝国領内で創り出さないといけないが、それだけの余裕が帝国にはない。

 これまでは、餓死寸前の待遇で奴隷を働かせていたから、帝国の食糧事情は何とかなっていたのだ。

 奴隷ほどではないが、満腹に食べる事ができない貧しいい平民が沢山いたから、貴族士族は贅沢な生活ができていたのだ。

 そんな貴族士族を俺の魅了と支配の魔術で奴隷同然の食生活にしても、解放奴隷や貧民を満足に食べさせてやるには、俺が何とかしなければいけない。

 帝国領内に肉ダンジョンがあれば良かったのだが、無い。
 肉ダンジョンどころか、ダンジョンが全くないのだ!
 唯一有るのは、皇国と背中合わせの大山脈だ。

 大森林ほど簡単ではないが、大山脈の魔力密度が浅い場所なら段々畑にできる。
 そんな場所はほとんどが大山脈の裾野で、帝国とは地続きだ。
 そこを耕作地にできれば、かなりの量の穀物が収穫できる。

 魔力の密度が薄い裾野でも、通常の5倍10倍の速さで穀物が実るから、畑にまく肥料さえ確保できるのなら、1年間に5度10度の収穫も夢ではない。

 問題は、大山脈には古代飛翔竜を筆頭に多くの竜族が住んでいる事だ。
 とても人間には太刀打ちできない強大な飛竜族の縄張りなのだ。
 人間が大山脈に入ったら報復してくるかもしれない。

 俺がいれば何とかできると思うが、いないとどうしようもない。
 東西の国境を守る使い魔を残し、大山脈の耕作を見守る使い魔も残す。

 俺の血を大量に与えた使い魔でも、飛竜族と互角に戦えるとは思えないが、それでもなにも守り手がいないよりはましだ。
 少なくとも飛竜族以外の魔獣や魔蟲が相手なら互角以上に戦える。

「スレッガー叔父上の献策が一番安全確実だと思う。
 だが俺としては、故国に帰りたいと思っている者たちをこれ以上待たせたくない。
 同時に、故国に戻った者たちが差別されるような事にもしたくない。
 一緒に大遠征に加わってくれた者を信じない訳ではないが、このような大役を任せられるのは、護衛騎士の面々しかいないのだ。
 他に何か良い方法がないのなら、お前たちには、不幸な目にあった者たちを守って皇国に戻ってもらいたい」

 スレッガー叔父上は、絶対に俺の側を離れないと言う決意に満ちた表情をしているので、今の言葉でも心を変えさせる事ができなかったようだ。
 母上に対する想いもあるだろうから、これ以上の説得は無理だ。

 アントニオ護衛騎士隊長たちは、苦渋に満ちた表情で悩んでくれている。
 どうするのが一番の忠誠なのか、真剣に考えてくれている。
 他に何か方法があれば良いのだが、そう簡単には思い浮かばないだろう。

「殿下、改めて今の状況を解放奴隷たちに話して聞かせませんか?」

 クワラン・グラハムが表情を引き締めて話しかけてきた。
 
「民に話してどうにかなるのか?」

「殿下は、皇国に帰してやるのが何よりも1番の方法だと考えておられるようですが、民から見れば、これまで支配してきた連中を見返せる帝国で、徒士や騎士に成る方が良いと考えるかもしれません」

 クワラン・グラハムの言う事を間違いとは言い切れない。
 本質的に卑小なのが人間だ、これまで暴力で抑圧してきた連中を、強くなって見返してやりたい気持ちになるのも分かる。

「では彼らの気持ちを確かめてみよう。
 212万人以上の本心を確かめている間に、半年や1年過ぎているかもしれない。
 そうなれば危険な状況が過ぎ去っている可能性もある。
 だが、皇国に帰りたいと言っている者を足止めする事は許さない。
 帰国希望者が一杯になった艦から皇国に向かわせろ」
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