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第一章

第39話:失敗

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バレンシア王国暦243年11月17日:冒険者ギルド・エディン支部

「重要なお話しという事ですが、ハーパー様に何かあったのですか?」

 アメリアが覚悟の定まった表情で質問してきた。
 あれだけ厳しい話し合いをした後だ。
 最悪の状況を色々と想像していたのだろう。

「はい、ハーパー殿が従妹に返り討ちされました」

「え、ハーパー様を殺したのですか?
 あれほどハーパー様を愛しておられましたのに?」

「愛情も極まると憎しみに変わるのです。
 深く愛していればいるほど、その愛情が受け入れられない事は辛いのです。
 しかも受け入れてもらえない理由が他の女性を愛しているからです。
 その女性を殺したはずなのに、命や家を代価によみがえらせたのです。
 しかも平民ごときを殺した程度で、従妹で辺境伯令嬢でもある自分を殺そうとしたのですから、憎しみに変わるのは当然です」

「そのように深く誰かを愛する人がいるのですね。
 私にはとても理解できない、ある意味うらやましい気持ちです」

 アメリアさんは厳しく躾けられたせいか、激しい感情を持てないのかもしれない。
 理性が感情を抑え込んでしまう性格なのかもしれない。

「そうだね、人を殺してしまうような激情は罪ですが、うらやましくもありますね。
 それに、表向き殺された事になっていますが、私の従魔が助けました。
 今は伯爵家の隠れ家にかくまわれています。
 ほとぼりが冷めた頃に、瀕死の重傷から蘇った事にするそうです」

「それは、どういう事なのでしょうか?
 この前お話しさせて頂いていた状況と、全く違うのですが?」

「そうですね、この前の話し合いとは全く違う状況になっていますね。
 俺としても、ハーパーが返り討ちにされるとは思ってもいませんでした。
 伯爵家の公子ともあろう者が、貴族令嬢に返り討ちにされるなんて、俺には想像もできませんでしたよ」

「ハーパー様は武芸よりも芸術に励んでおられましたから」

「自分に武芸の才能がないのなら、武芸に長けた家臣にやらせるか、刺客を雇えばいいものを、自分でアメリアの仇を討とうとして、逆に殺される所だった。
 俺の従魔がいなければ、確実に殺されていましたよ」

「ハーパー様の事はもう話されないでください。
 伯爵家の隠れ家にかくまわれているという事は、伯爵と話し合われたのですね?
 どのような条件になったのですか?」

「確かに俺の従魔と伯爵が話し合いました。
 伯爵は年収の3年分は払えないと言いました。
 ハーパーには厳しく言い聞かせるので、アメリアの命の代金は、アメリアの命で支払って欲しいとの事でした」

「伯爵の申される事は当然の事だと思います。
 領民が納めた税は、領民の為に使わなければいけません」

 確かに伯爵とアメリアの言う通りだ。
 俺としても、今の王侯貴族の中ではマシな伯爵を金銭的に追い込みたくはない。
 
 あの伯爵と夫人は、親としてハーパーをかくまう気持ちもあるが、同時に欠けた所にあるハーパーを幽閉する厳しさもあるのだ。
 幽閉中に性根を叩き治せなければ、殺す覚悟がると見た。

「アメリアに改めて確認しましょう。
 この前話し合いましたが、自分の命を賭けて俺に仕える気はありますか?」

「あります、リアム様が受け入れてくださるのなら、侍女として命懸けで仕えさせていただきます」

「ではアメリアを助けた代価は、アメリアの忠誠心にしましょう。
 ハーパーが従妹殺しに失敗してくれたお陰で、辺境伯家と敵対する事なくアメリアを召し抱える事ができます。
 アメリアにはこの砦にある俺の家を管理してもらいます。
 アメリアの話しが終わったら、後は侍女と姫騎士をどうするかです。
 伯爵は四人に戻って来るようにと言っていましたが、どうしますか」

「あの、どうしますかというのは、どういう意味なのでしょうか?」

 しっかりしていそうな侍女が質問してきた。
 何が聞きたいのか想像できる。
 はっきりとさせておいた方が良いだろう。

「伯爵家に戻ってもいいし、ここに残ってもいいという意味だ。
 この砦にはよく躾けられた侍女がいないし、正式な訓練を受けた姫騎士もいない。
 君達が残ると言うのなら、雇いたいと思う者はいると思う。
 俺も仕えてくれると言うのなら、アメリアの部下として雇おう。
 ただ、ここは他の街と隔絶した魔境の中にある砦だ。
 休日でも他の街に遊びに行く事もできない。
 だから給与は五割増しで雇う。
 まあ、伯爵領に家族がいるのなら、戻りたいだろうから、無理にとは言わない」

「リアム様、私は伯爵家に仕える家臣の娘ですよ。
 それでも信じて召し抱えてくれるのですか?
 伯爵家のために入り込もうとしていると考えないのですか?」

 姫騎士の一人が質問してきた。
 もう一人の姫騎士よりは年長で、身体もがっちりしている。
 お姉さん格として指揮する立場なのだろう。

「自慢するわけではないが、俺は属性竜が狩れるS級冒険者だ。
 君達が束になってかかって来ても勝てる相手ではない。
 聞いているかどうかは知らないが、王家や教会の大軍を独力で粉砕している。
 伯爵家が全軍を率いてきたとしても、片手間で全滅させられる。
 毒殺を企てたとしても、辺境伯令嬢が用意した特殊な毒でも解毒できるのだ。
 信用していなくても雇えるだけの実力がある」

「そういう事ですか、私達の事など歯牙にもかけておられないのですね」

「はっきり言えばそう言う事だが、それだけが理由でもない。
 平民出身のアメリアに仕える四人の態度がとてもよかった。
 アメリアが四人にかけている信頼もよかった。
 最後に、俺は自分の人を見る眼を信じている。
 君達は信頼できる人間だ、だから安心して召し抱えられる。
 俺の屋敷はもちろん、俺が愛する人達を任せる事ができる」

「ずるい言い方ですね、そんな言い方をされたら、伯爵家には戻れません」

「そうですわ、リアム様。
 仕え甲斐のある方を求めている使用人にとって、今のリアム様のお言葉は、胸に深く突き刺さってしまいます」

 姫騎士に続いてさっきの侍女が話しかけてきた。
 
「そう考えて今の言葉を口にしたのだ。
 そんな姑息な人間に仕えたくないと思うのなら、正直にそう言ってくれ」

「いえ、よろこんで仕えさせていただきます」
「私もよろこんで仕えさせていただきます」
「私はこの剣にかけて忠誠を誓わせていただきます」
「だったら私は侍女の誇りにかけて忠誠を誓わせていただきます」

 お姉さん格の侍女や姫騎士に負けまいと、妹分の二人も忠誠を誓ってくれた。

「五人が忠誠を誓ってくれたから、今から屋敷に移動してもらう」

 俺は今日から五人に仕えてもらうと言い切った。
 今日まではどうなるか分からなかったから、宿に残ってもらっていた。

 ささいな事だが、宿泊費用はハーパーが残していった金を使っていた。
 今の俺は大金持ちなのだが、ハーパーのようなボンボン貴族の為にお金を使う気にはなれない。

「ここが俺の屋敷だ。
 普段は使っていないが、非常時には砦の住民が籠る最後の拠点になる」

「家の塀というよりは城壁と言うべきですが、見た事もないほど太く高い材木で造られているのですね」

 アメリアが心底感心したという表情をしている。
 この砦の丸太壁も同じ材木で造っているのだが、来た時に見ていないのか?
 魔境の奥深くまで来た事で、緊張していたのかもしれない。

「五人にやってもらいたい事は、さっきも話していたように、この屋敷の管理だ。
 これまでは俺の従魔に任せていたが、人間の使用人ができたのなら、人間に任せたいと思っている。
 俺の好みで大きな風呂があるから、俺が使わない時には自由に使ってくれ。
 俺に仕えるのなら、常に清潔を心掛けてくれ。
 お仕着せに関しては、特に決まった物はない。
 今日中に伯爵家のお仕着せとは違う服を用意する。
 武器や防具に関しても、我が家の物を貸し与えるから、伯爵家に返さなければいけないモノがあるのなら行ってくれ」

「お仕着せは返さなければいけません」
「武器や防具も返さなければいけません」

「分かった、今から武具室と衣服室の場所を教える。
 そこで好きな物を選んでくれ」

「「「「「はい」」」」」
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