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第一章

第36話:決断

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バレンシア王国暦243年11月3日:冒険者ギルド・エディン支部

「リアム地域長はお優しいですね」

「あの場合はしかたがないでしょう。
 あのボンボンはともかく、アメリアという女性に何かあったら寝覚めが悪いです」

「身分を乗り越えた大恋愛だそうです」

「グレイソン副支部長が色々と情報を仕入れてくれましたから。
 聞いてしまった以上、見て見ぬ振りもできません」

 グレイソンが情報を仕入れていなくても、砦と周囲10キロメートル四方に探索網を敷いているサクラが、全て教えてくれる。

 グレイソンがハーパーの従者達に質問してくれたからこそ、その後で従者達が他人に話せないような内容も話し合ってくれていた。
 その情報があるからこそ、俺はハーパーを追い込む気になったのだ。

「ハーパー殿は従妹の辺境伯令嬢を殺す覚悟ができるでしょうか?」

「さて、どうでしょうか。
 俺がやれることは全てやりました。
 伯爵公子に見初められた、平民侍女のアメリアは助けてやりたいです。
 ですが、覚悟のない貴族の恋愛にこれ以上首を突っ込む義理はありません。
 何を捨ててもアメリアを助けなければいけないのは、求婚したハーパーです」

「リアム地域長の申される通りです。 
 平民として平穏に暮らせるはずのアメリアを、辺境伯令嬢に憎まれるような立場にしたのはハーパーです。
 家はもちろん親兄弟を捨てる事になっても、男として護らなければいけません」

「そういう事です」

「リアム地域長、もしハーパーがアメリアをここに残していく決断をした場合はどうされるのですか?」

「平民が、仕える貴族であり恋人でもある男に置いて行かれたのです。
 保護するに決まっています」

「ハーパーまでここに残ろうとしたらどうされるのですか?」

「タコ殴りにして放りだします。
 ハーパーが魔獣に喰われても気になりませんが、アメリアが気にするかもしれないので、輸送隊に魔境の外まで運ばせます」

「気がついて戻ってこようとしたらどうされるのですか?」

「輸送隊にいるサクラの分身体が叩きのめしてくれます」

「受け入れる気はないのですね?」

「あの場でも言いましたが、ここに王侯貴族を長期滞在させる気はありません。
 場合によったら、短期の受け入れも拒否します。
 今回はグレイソン副支部長の口添えがあったから砦に入るのを認めたのです」

「余計な事をしてしまって申しわけありません」

「いえ、よけいな事ではありませんよ。
 グレイソン副支部長が口添えしてくれたお陰で、貴族の気紛れで殺されかけた女性を助けられたのです。
 良くやってくださったと思っていますよ」

「おほめいただけるとうれしいものですね。
 もしハーパーが素直にここを出て行き、礼儀正しく戻ってきた場合はどうされるのですか?」

「あの場でも言いましたが、役立たずの奴隷は不要です。
 心から愛する恋人を殺されかけて、嘆き悲しむだけで仇を討とうともしない奴に、俺の命令を聞く覚悟などないでしょう。
 俺が王や教皇を殺せと命じても従うはずがありません」

「確かにリアム地域長の申される通る通りですね。
 ハーパー殿に国王や教皇を殺す覚悟などないでしょう。
 リアム地域長が決断された時に失敗があってはいけません。
 今切り捨てるべきですね」

「はい、俺は金さえもらえれば何の文句もありません。
 奴隷契約を破り、違約金を支払わないと言うのなら、ドロヘダ伯爵家を皆殺しにして有り金全て奪うだけです」

「そのような事がないように、従者達にはドロヘダ伯爵と夫人宛ての手紙を渡しておいてはどうでしょう?」

「そうですね、それが一番穏やかなやり方ですね。
 軟弱者の伯爵公子に求婚された所為で殺されかけたアメリアが、これ以上不幸にならないように、事前に手を打っておいた方が良いでしょう」

「どうなされるのですか?」

「グレイソン副支部長が提案してくれたので、良い事を思いつきました。
 ここでのハーパーの言動を、ドロヘダ伯爵と夫人に伝えるのです。
 特に俺と奴隷契約をした時の言動を詳しく伝えるのです。
 家の事を大切に思う両親なら、ハーパーを殺すでしょう。
 ハーパーを家よりも大切だと思う両親なら、どこかに幽閉するでしょう」

「どちらにしてもアメリアは元の生活に戻れるという事ですね」

「はい、貧しくても平穏な人生が歩めるでしょう。
 ハーパーの従者達の話しでは、とても性格の良い娘さんのようです。
 この砦で生活したいと言うのなら、喜んで迎え入れます。
 もしハーパーを騙すために良い女を演じていたのなら、砦を追い出します。
 あれだけ奇麗な女性ですから、性格がとても悪くても、容姿にだまされて求婚してくる男は幾らでもいるはずです」

「そうですね、ハーパーや従者達を騙せるくらいの悪女という可能性もありますね」

「はい、全ては明日になり、直接話をしてみなければ分からない事です」

「従者達が言っていたように、気立ての良い女性ならいいのですが……」
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