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第一章

第20話:A級冒険者

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バレンシア王国暦243年7月3日:冒険者ギルド・エディン支部

「マスターキャサリン、支部長がこんなに度々、自分が預かるギルドハウスを留守にしてもいいのですか?」

「はい、問題だったローソンズクランが、ホセ共々皆殺しにされましたし、有能な職員がよく働いてくれるようになったので、余裕ができました。
 全てリアムのお陰ですよ」

「俺は自分がやらなければいけないと思った事をやっただけです。
 それで、エマではなく俺に会いに来た理由を教えてください。
 いくら余裕ができたとはいえ、危険な大魔境の奥深くまで、多くの冒険者を率いてやってきた理由が、茶飲み話をするだけではないでしょう?」

「リアムはせっかちですね、そんなに急いで話さなくてもいいでしょう」

「ここはできたばかりで何の実績もない支部ですから、できるだけ多くの魔獣を狩って、存在を示さないといけないのです。
 それができるのは、支部長のエマと俺だけですから、できる事なら誰にも邪魔されずに狩りに専念したいのです」

「毎日この国の冒険者では絶対に狩れない魔獣をあれだけ狩っておいて、よく何の実績もないと言えますね。
 それに、私を邪魔者扱いですか?」

「はい、邪魔なものは邪魔ですから」

「文句があるのならエマに言ってください。
 エマが国の呼び出しにも冒険者連合の呼び出しにも応じないので、少しでも縁のある私が連絡に来るしかないのですよ」

「ですがそれは、この国がエマを母国に帰さないように、どれだけ実績をあげてもA級冒険者認定を出さなかったからではありませんか。
 今更ホセや背教司祭達を殺したからと呼び出されても、はいそうですかと応じる訳がないでしょう」

「国も連合会もそれが分かっているから、強硬手段にでないのです。
 そうでなければ、騎士団や徒士団を総動員してここを討伐しています」

「嘘をついても無駄ですよ、マスターキャサリン。
 この国の騎士団や徒士団に、ここまでくる実力も勇気も無いですよね?
 貴女もここの輸送隊と一緒でなければ、来られないですよね?
 御自身が引き連れておられる冒険者も、体裁を整えているだけでしょう?」

「……リアムの言う通りです。
 今のこの国や冒険者連合に、ここに来られるだけの実力はありません。
 だからといって、油断してはいけませんよ。
 八人しかいないとはいえ、この国にもB級冒険者がいます。
 エマを連れてきたように、大陸からA級冒険者を連れてくるかもしれないのです。
 ある程度の友好関係は保っておくべきですよ」

「で、俺に何をさせたいのですか?
 具体的にはっきりと言ってください」

「国も冒険者連合もエマを呼び出すのは諦めました。
 このまま大魔境に留まってくれて、この国の冒険者では狩れない魔獣や半獣族を狩ってくれれば良いと割り切りました。
 ただ、リアムにはこの国出身のA級冒険者になって欲しいのです」

「俺が、この国や教会を恨んでいるのは知っていますよね?」

「ええ、知っていますよ」

「国や冒険者連合には報告しているのですか?」

「はい、報告しています」

「それで、俺が素直にそんな身勝手な要求を聞くと本気で思っているのですか?」

「私や冒険者連合の理事長は難しいと考えていますが、国の方は……」

「では理事長に伝えてください。
 別にこれ以上の昇級など望んでいません。
 エマが居てくれれば、誰憚ることなく支部を維持できます。
 どうしても昇級させたいのなら、俺の狩った魔獣を評価すればいいと」

「リアムならそう言うと思っていました。
 だからこそ、見届け人として私が派遣されたのです。
 私ならここに来る事を拒否される事もありませんから」

「見届け人はマスターキャサリンだけですか?
 ホセの父親、サンティアゴと言ったか?
 あいつが生きている限り、王国の派遣する人間を受け入れる気はない!」

 本物のエマが予測していた通り、サンティアゴは息子のホセを切り捨てた。
 ホセだけでなく、国禁の密貿易に携わっていた配下を全て切り捨てた。
 トカゲのしっぽ切りではないが、生き残るために形振り構わなかった。

 それは教会の方も同じだった。
 上層部にまで影響が及ばないように、今回の件や俺の件に関係している大司祭以下の神官と教会騎士を皆殺しにした。

 両者の事後処理は、事を始めさせた俺が引くほど苛烈で非情だった。
 教会上層部の評判を落とさないように、徹底した処刑、口封じが行われた。

「分かっていますわ。
 リアムが国と教会を心から憎んでいる事は、向こうも分かっています。
 それでも利用できるなら徹底的に利用するのが連中のやり方なのです。
 国の身届け人は、騎士団や徒士団が忙しいという理由を作って外注されたわ」

「まさか、マスターグレイソンか?」

「ええ、貴男が従魔のスライムを二頭も貸し与えたマスターグレイソンよ」

「俺はマスターグレイソンの為にスライムを貸したわけじゃない。
 ソフィアの為に仕方なく貸しただけだ!」

「そんな事情は国や連合に知られない方がいいのよ。
 いくらマスターグレイソンに肩入れしていると思われるのが嫌でも、私以外の前でそのような事を口にしない!
 それくらい分かっているでしょう?」

「別に誰がとち狂ってソフィアとマスターグレイソンを襲っても構わない。
 俺のスライムがどれほど恐ろしいか思い知るだけだ!」

「……連合には強く言っておいた方が良いわね。
 国には何も言わない方が良いかしら……」

★★★★★★

 翌日にはソフィアと一緒にマスターグレイソンがやってきた。
 ソフィアとは20日ぶりに会ったが、凄く喜んで抱き着いてくれた。
 マスターグレイソンの苦虫を嚙み潰したよう表情に優越感を感じた。

 ただ、マスターグレイソンがアレイナスライムに馴れ馴れしいのが、とても腹立たしかった。

 俺への意趣返しではなく、死んだ妻に似たアレイナスライムに親しみを感じているのだろうが、それがとても腹立たしいのだ!

 マスターグレイソンに貸したサクラの分身体は人型ではない。
 人型なのは、ソフィアに貸したアレイナスライムだけだ。

 アレイナスライムにも人型になるなと命じればいいのだが、そんな事をしたらソフィアが哀しむのは目に見えている。
  あああああ、腹が立つ!

「強いとは知っていたが、目の前で見ると圧倒される」

「私も同じですよ、マスターグレイソン。
 生命力がとてつもなく強くて、B級冒険者が束になっても斃せない、魔蛇種をこうも簡単に狩ってしまうとは……」

 エマが狩ったのを俺が狩ったと偽っていないか、確認するために来たマスターキャサリンとマスターグレイソンが、惚けたような表情で話している。

 だが、この程度で驚いてどうする。
 魔蛇種までしか狩っていないのは、実力を隠すためだ。

 その気になれば亜竜どころか属性竜でも一刀で殺せるのだ。
 いや、サクラと協力すれば純血種龍でも神龍でもぶち殺せる!

「二人に確認しておきたいのだが、このまま魔蛇を狩り続けていいのか?
 狩り過ぎて価値が下がってしまわないか?
 何なら魔熊や魔鹿に狙いを変えてもいいのだぞ?」
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