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追い駆けっこ

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 翌日は夜明け前から腹ごしらえをして、大切な魔境の調査に挑むことにした。
 昨晩の内に作り置きしておいた魔獣の肉料理を腹一杯食べて、魔力と体力の補給に不足が出ないようにした。
 普通の冒険者や狩人ならば、命懸けの狩りの前に食べ過ぎてしまうと、狩りの途中で便意を催し、命に係わる隙を生んでしまう可能性もある。
 だが俺は食べたもの全てを錬成で魔力に転換することが出来る上に、昨日狩った大量の魔物から取り出した魔石があるので、錬成した魔力を予備魔力として魔石に充填することが出来る。
 そんな状況で夜明けと共の魔境に入り、ボス級の二足歩行地竜を探しながら、銀級以上の魔力を保有している魔物を手当たり次第狩っていった。
 本当に驚くことなのだが、俺が学んだ時には銅級と鉄級の魔物が主体だという事だったのに、今のアゼス魔境は異常な再生力の魔草魔樹が繁茂し、魔草魔樹を食料とする銅級鉄級の魔蟲や魔獣が大量繁殖している。
 当然だがそんな魔蟲や魔獣を食料としている、銀級金級の肉食魔蟲や肉食魔獣も異常に多く存在しており、俺は四六時中休む間もなく狩りをすることになっている。
 俺の場合は、魔力総量に応じた莫大な収容力を誇る魔法袋を持っているから大丈夫だが、銅級や鉄級の魔力しかない魔法使いなら、今のアゼス魔境で順当に狩りが出来るのなら、三十分程度で魔法袋の容量が一杯になってしまうだろう。
 その三十分程度の時間で、昨日と同じ個体の地竜が雄叫びを上げて現れた。
 今日の俺は隠蔽魔法を使っていないから、駄々洩れの魔力に魅かれてやってきたのだろう。
 今日の一番の目標は、ボスの頭数と縄張りの境界線がどうなっているかを調べる事だから、隠蔽魔法で自分の存在を隠す訳にはいかなかったのだ。
 いや、むしろ存在をアピールして、自分を囮にしてボスを引きずり回し、ボスが追撃を断念する境界線を正確に確認しなければならない。
 朝一番で出会ったボスは、良いのか悪いのかは後で判断するしかないのだが、魔境の一部しか縄張りにしていなかった。
 それを確認するためのボスとの追い駆けっこを繰り返しながら、手当たり次第に目に付く銀級金級の魔物を狩って魔法袋に保存していった。
 驚くことにアゼス魔境には存在しないと言われていた、白金級や白銀級の魔物まで少なくない頭数が存在しており、俺も本気で魔法を錬って狩ることになった。
 午前中一杯Aボスと追い駆けっこして、Aボスの縄張りを確認することに成功したが、流石にボス級の地竜だけあって、一度も休むことなく俺を追い駆けまわした。
 午後からはAボスの縄張りを出て隣の縄張りに移動したのだが、驚くほど速くAボスと同種の地竜が俺に襲い掛かってきた。
 二頭目のボスをBボスと名付けたが、そのBボスと日暮れまで追い駆けっこを演じたが、BボスとAボスの境界線は厳格に決められているようで、二頭が交わることは絶対になかった。
 Bボスの縄張りを確認するために、その縄張りを何度も出たり入ったりしたのだが、態と多くの魔力を漏出させていたせいか、新たにAボスBボスと同種のCボスとDボスを確認することが出来た。
 俺の魔力に魅かれたのであろうCボスとDボスだったが、二頭ともBボスの縄張りに入ってくることは決してなかった。
 CボスとDボスも、AボスBボスと同じ二足歩行地竜種であり、全長も多少の差はあるものの、討伐の難易度やランクが変わるほどではないと思う。
「ただいま、何も問題はなかったかい?」
「おにいちゃんおかえりなさい」
「よくご無事でお戻りくださいました、若殿様」
「だから言ったでしょ、若様の強さは尋常じゃないから、地竜種のボスでも心配なんてないって。でも本当に掠り傷1つ負われてないのですね」
「ああ余裕だったよ。あれじゃボスと追い駆けっこして遊んでいるようなもんだよ」
 本陣に戻って早々、マギーが駆け寄ってきてくれたのが、何気に嬉しい。
 ギネスは純粋に心配してくれていたようだが、ヴィヴィの姉御は俺をある程度信頼してくれているようだが、尊称が崩れてきているのが気になる。
 もうパーティーメンバーの心算でいるのなら、他のメンバーの承認が必要だと、再度釘を刺した方がいいのかもしれないが、マギーとギネスの安全を確保するためには、ヴィヴィの機嫌を損じるのは得策ではない。
「おにいちゃんおなかすいた」
「いけません、マギー。昨日いただいた料理がまだあるではありませんか!」
「いいよ、いいよ。同じものばかり食べていたら飽きるよね」
「そんなことはございません、若殿様。御腹一杯食べられるだけで、これ以上ない幸せでございます。三食同じものだと文句を言うなど、贅沢以外の何物でもありません。いえ、一日に三度も食事が出来るのはど、貴族様だけでございます」
「そうか、そうだな。俺も幼い頃は、ハレの日以外は一日二食だったよ」
「若様。失礼ですが貧乏な騎士家の出ではなかったのですか?」
「貧乏な騎士家の出ではあるが、魔力があり魔法を学ぶことになったので、王国の魔法学校に通っている間は給食が支給されていたのさ」
「なるほど、そう言う事でございますか。ですがそれならば、昨日の御話で王国軍の引き留めがなかったことが不思議なのですが」
 参ったな。
 ヴィヴィは俺の話に違和感があるのか、色々確認するような質問をしてくる。
 まあこんな時の為に色々と設定を考えていたから、王子とバレることはないだろう。
「奨学金があるからね」
「奨学金でございますか?」
「ああ、王家王国の直臣に限られるのだけど、才能のある子弟を埋もれさせないように、文武に限らず一定の試験を合格した者は、王家王国から金銭や給食の支援があるのだよ」
「え~と、だからこそ王国軍は、奨学金を支給した子弟を囲い込むのではありませんか?」
「確かに王国軍に一定期間奉公すれば、奨学金の返済が免除される特例制度もあるのだけれど、俺の場合は冒険者になった方が奨学金を早く返済できると思ったんだよ。いや、俺だけではなく、奨学金担当の役人も王国軍の幹部も、俺と同じ考えだったんだよ」
「まあ確か若様の魔法の実力でしたら、冒険者になった方が奨学金とやらの返済は早く済むでしょうね」
「若殿様申し訳ありません! 王家王国に借金の有る身にも関わらず、私達母子に情をおかけ頂き、御負担をおかけしてしまいました」
「いや何も気にすることないよ、昨日今日の狩りで奨学金返済分は稼げたと思うから」
 しまった!
 話を作っている間に、ギネスに負い目を持たせてしまった。
 いや、ギネスはともかく、マギーまで不安な表情をし出したから、これは早々に負い目を解消してやらなければならないと思い、昨日今日狩った金になりそうな銀級と金級の魔物を、魔法袋から取り出して見せることにした。
「すご~い。これぜんぶおにいちゃんがかったの?」
「そうだよ。御兄ちゃんはとても強いから、魔物なんか簡単に狩れるし、借金だって一日で返済出来るんだよ。だからマギーは何も心配せずに、御腹一杯好きな物を食べればいいんだよ」
「ほんとう?」
「本当だよ。マギーは何が食べたいんだい?」
「おにく、おっきいおにくがたべたいの」
「そうかそうか、直ぐに焼いてあげるからね」
「若殿様、申し訳ありません」
「ヴィヴィ、気になることはあるかもしれないが、小さい子供を不安にさせるようなことを聞くんじゃない」
「若殿様、ありがとうございます。ありがとうございます」
「ギネスは何も気にすることないんだよ」
 ヴィヴィもマギーを不安にさせたことを反省したのか、この後は場を明るくするような冗談を言うだけで、俺を追求するような質問をしなくなった。
 俺もマギーを安心さるために、料理で気を引こうとした。
 狼獣人の特性なのか、それともマギーの個性なのかは分からないが、大きな肉の塊を見ると、気分が高揚するようだ。
 昨日料理しなかった猪型魔獣の上肢と下肢の塊を、そのまま骨付きで焼くことにした。
 四人で分けて食べるには、四本ある上肢と下肢は丁度良く、下手に切り分けて小さくするよりは、そのまま焼いた方がマギーの気分を高揚させることが出来た。
 昨日と同じように絶妙にコントロールした火魔法で火力を調整し、遠火の強火で四肢を焼きつつ、内臓を香草と一緒に脂で炒めた。
「あの、若殿様。あまり火を通さないで頂けるうれしいのでございますが」
「それくらいがおいしいんだよ! なまもおいしいんだよ!」
 内臓の香草炒めはギネスの食欲を激しく刺激したようで、遠慮も不安も押しのけてくれた。
「ギネスさんとマギーちゃんが美味しいというのなら間違いありませんね、直ぐに頂きましょうよ」
「そうだな、そうしよう」
「おかあさんおいしいよ! おかあさんのりょうりとおなじくらいおいしい」
「そんなことはありませんよ。若殿様のこの御料理の方が、母さんの料理より何倍も美味しいですよ」
「昨日も思いましたが、確かに若様の料理は今まで食べた中で一番美味しいと思いますね」
「そうか? なら沢山作り置きしておくから、明日の朝飯も昼飯も、同じ肉料理でいいか?」
「おにくだいすき!」
「私達狼獣人族は肉が主食ですから、肉さえ食べられたら満足でございますが、ヴィヴィさんは肉以外も食べたいのではありませんか?」
「私も御肉は大好きですから、明日の朝も昼も肉料理で大丈夫ですよ」
「このおにくおいしい!」
 マギーは眼を輝かせて、猪型魔獣の骨付き上肢肉に齧り付いている。
 表面はこんがりと焼けていて、噛みつくとジュワっと肉汁と血が滴る状態で、マギーの食欲を鷲掴みにしているようだ。
 本当は大きい骨付き下肢肉の塊にむしゃぶりつきたかったようだが、流石に重くて持つことが出来ず、仕方なく全身全霊を込めて持ち上げた骨付き上肢肉に齧り付いた。
「マギー、母さんが持っていてあげるから、此方も食べていいのよ」
 ギネスは幸せそうにマギーに話しかけている。
 美味しそうに上肢肉に齧り付いているマギーが、心から愛おしいのだろう。
 マギーが食べ易いように、大きな骨付き下肢肉の塊を持ち上げていた。
「おかあさんいいの?」
「マギーが食べた後で食べるから大丈夫よ。それにもう内臓を沢山いただいたから、そんなに御腹も空いていないのよ」
「はい、いただきます」
 マギーは骨付き上肢肉の塊に続いて、骨付き下肢肉の塊に齧り付いた。
 俺やヴィヴィに遠慮していないのではなく、まだ上肢肉も下肢肉も一本ずつあるから、母子で二本食べても問題ないのだ。
 ヴィヴィはさっきの事があるからか俺に遠慮したのか、下肢肉を残して上肢肉に手を出していた。
 俺は上肢肉も下肢肉も好きだから、どちらを食べてくれても気にしないのだが。
 晩飯はこのまま猪型魔獣の料理だけでいいと思うが、明日の朝飯と昼飯まで同じだと、三日続けて同じ料理になってしまうので、今日狩った魔獣から鹿型魔獣を取り出して下ごしらえすることにした。
 俺の食べた料理の範囲では、猪型魔獣と鹿型魔獣では全く味わいが違うので、同じ肉料理が続くと言っても飽きることはないだろう。
 一緒に使う香草の組み合わせを変えることで、全く違う味わいになるし、下ごしらえと熟成方法によっても味が変わる。
 傷み易く保存が難しい内臓も、今料理して魔法袋に入れておけば、朝取りだせば作りたての料理として食べることが出来る。
 時間を置いて味のなじませた方が美味しい料理は、丁度明日の昼に美味しくなるように逆算しておけば、朝も昼も美味しい食事を取ることが出来るだろう。
 眠る前に中庭に出て毎日の鍛錬を行ったのだが、ヴィヴィが興味深げに飽くことなく眺めている。
 それに触発されたわけでもないのだろうが、マギーもギネスも飽きずに眺めている。
 三人とも魔力がないので、剣技や体技以外は参考にならないと思うのだが、何が楽しいのだろう?
 二時間かけた鍛錬が終わる頃には、マギーはとても眠そうだったが、それでも最後まで俺の鍛錬を眺めていた。
 いくらマギーのためでも、命に係わる日々の鍛錬を途中で止めるわけにもいかず、最後までやり切ったのだが、流石にもう明日は見学しないだろう。
 俺は奥座敷に一人で眠り、マギー達三人は控えの間で眠った。
 三人とも本陣にはいないことになっているから、同じ奥座敷で眠ってもいいと思うのだが、三人とも身分差を気にして控えの間で眠ると言う。
 俺も女性を無理矢理同じ部屋で寝させるわけにもいかないから、三人が控えの間に行くのを止めなかったし、此方で寝ろとも言わなかった。
 夜明け前に起きて身嗜みを整え、昨日作っておいた鹿型魔獣の内臓料理を食べ、一人アゼス魔境に向かった。
 今日中にアゼス魔境の魔物分布図を作ることが出来ればいいのだが、昨日と同じだけ時間がかかるとしたら、一日では無理かもしれない。
 果たしてアゼス魔境には、二足歩行地竜種以外のボスが存在するのか?
 伝説になっている古代魔竜を発見討伐することが出来れば、俺も伝説の戦士として歴史に名を残すことが出来るのだが、そんな美味い話があるのだろうか?
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