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第三章:天下統一

第116話:呻吟

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天文十七年(1549)10月30日:越中富山城:俺視点

 俺は悪名を残す事を覚悟して、皇室や朝廷の廃止を視野に入れた献策を、侍大将以上の家臣全員に問うた。

 晶や子供達への批判を考えて、滅ぼすのではなく廃止にした。
 中国の王朝でいえば、前王朝を滅ぼすことなく皇位を次の王朝に禅譲する方法なのだが、簒奪と勘違いする者達が多くて困った。

 やはり手紙ではどれほど説明しても真意が伝わらない。
 考え尽くして書いた文章でも、俺の本心を読み取ろうとして、自分と同じ物差しで判断してしまうものらしい。

 確かに最初は皇室や朝廷を滅ぼす方法も視野に入れていたが、今はない。
 晶や子供達に簒奪者の家族という重荷は背負わせられない。
 中国や欧州なら王朝の簒奪は普通の事だが、日本では強烈に忌避される。

 朝倉宗滴殿は命懸けで諫言してくれた。
 絶対に皇室と朝廷は滅ぼしてはならないと言ってくれた。

 強勢の時は良いが、弱った時に子孫が根切りにされると諫言してくれた。
 関白と征夷大将軍を兼職して、幕府を開くべきだと献策してくれた。

「殿、皇室も朝廷も必要ならば滅ぼしても構わないでしょう。
 ですが、必要もないのに滅ぼす事もありません。
 力があるなら脅して利用されればいいのです。
 殿は足利のような弱い将軍ではありません、鎌倉も室町も足元にも及ばない、強力な幕府を築かれるでしょう。
 現に、鎌倉も室町もできなかった、遷都を何時でもできるほどです。
 守り難い京に朝廷を置いておく必要はありません。
 遷都させて、誰が上なのか分からせれば、滅ぼす必要はありません。
 関白となられて帝に綸旨を出させてから、足利を滅ぼされませ。
 その後で征夷大将軍になられて、幕府を開かれたら良いのです」

 武田信玄が但馬からやってきて献策した。
 何時の間にか、俺の事を主君だと認めてくれていた。
 信玄も、皇室や朝廷は残して利用すべきだという考えだった。

「殿、拝謁を許可していただき、感謝の言葉もありません。
 田舎に押し込めると言われましたが、状況が変わったと感じ参りました。
 臣を海賊にして頂けないでしょうか?
 二度と日乃本に戻れなくてもかまいません。
 唐でもアユタヤでもシャムでも構いません、武名を響かせる機会を与えて下さい」

 北条氏康が、見張り役の国人を通じて会いたいと言ってきた。
 日本に留まらず、海外に討って出るなら人材を余らせておく余裕などない。
 働いてくれるというのなら、幾らでも戦場は用意してやる。
 
「アユタヤやシャムには猖獗を極める疫病がある。
 武名を轟かせるどころか、病に倒れる者が続出する。
 それでも日乃本を出て戦いたいのか?」

「今も武家としては死んだも同然でございます。
 このまま田舎で朽ち果てるくらいなら、シャムの疫病で死んだ方がましです。
 少なくとも疫病にかかるまでは武家として戦えます」

「分かった、関船を与えるから、家臣と共に自由自在に操れるようになれ」

「有り難き幸せ!」

「相模守に問う、皇室や朝廷をどう扱いべきか?」

「滅ぼしてしまうと、子孫が簒奪者の汚名をきて生きねばなりません。
 強勢の時は良いですが、愚かな子孫が力を失った時が惨めです。
 それよりは、足利が強勢だった時のように、力で言う事を聞かせるべきでしょう。
 或いは藤原のように、外戚となって朝廷を支配すべきでしょう。
 臣は両方同時にやられるのが最適と思います」

「娘を皇后として入内させろというのか?」

「はい、幕府の将軍が幼い帝を祖父として後見するのです」

「帝となった孫が、成人する度に退位させるのか?」

「御人柄によりましょう。
 天下の事よりも皇室や朝廷の事を優先するような帝なら、殿の御孫様であろうと、退位して遊興に耽って頂いた方が宜しいのではないでしょうか?」

「娘が苦しむような結婚をさせたくないのだが?」

「武家の娘が政略のために結婚するのは当然の事でございます。
 時には勝利や領地のために、見殺しにされる事もあります。
 子供を置いて離縁させられる事も珍しくありません」

「そうだな、天下を治めるために子供達を使うのが武家だな」

「武家だけではなく、公家も権力のために娘を嫁がせます。
 今の力無き公家ならば、銭のために娘を嫁がせます。
 長尾一族が簒奪者の汚名を着るのと、皇室に入って帝を操るのと、どちらの方が姫君やその子供達に苦しい思いをさせるでしょうか?」

「皇后として入内させる方が幸せだというのだな?」

「はい、誰も味方のいない、敵の所に輿入れさせられるのではありません。
 殿に忠誠を誓う公家や地下家が支配する朝廷、皇室に嫁ぐのです。
 それでも心配なのでしたら、殿の奥に務める女官をつけてあげれば、後宮であろうと恐れる事などないのではありませんか?」

「分かった、相模守の献策を検討する」

「有り難き幸せでございます」

 北条氏康の後も、多くの武家と公家から献策を受けた。
 殆どの者が、日乃本を守るために必要な事ならば、皇室も朝廷も滅ぼしても良いが、俺ほどの力があるなら無理に滅ぼす必要もない、という意見だった。

 支配するための組織は、幕府という意見が多かった。
 俺が考えていた、複数の大帝国を支配する神帝国、神皇帝を創る考えはなかった。
 日本は天皇と朝廷、中国は皇帝と帝国に治めさせろとは、誰も言わなかった。

 ただ一人だけ、織田信長が面白い献策をした。

「殿、唐の王朝には、皇帝の下に王がおり、王国があった時代があります」

「そうだな、皇室も朝廷のその頃の唐の仕組みを真似ている。
 宮家が王を名乗り、宮家の子供は王子や王女を名乗っているな」

「彼らは領地や権力を持たない弱小な存在ですが、殿は領地や権力をお持ちです。
 唐を見習って、摂関や太政大臣の上に諸侯王を作るのです。
 内裏以外の場所は、全て諸侯王となられた殿の領地とするのです」

「漢を滅ぼす前の曹操が、魏国を興したようにするのか?」

「いえ、殿は曹操とは違いますし、若君は曹丕とは違います。
 魏は曹丕の代で漢を滅ぼしましたが、それは唐だからです。
 日乃本では、皇室を滅ぼし朝廷を廃するのは好まれないでしょう」

「俺が興した諸侯王国が滅ぶまで、皇室と朝廷を守れというのだな?」

「はい、思う通りに成れば、殿の御子孫が悪名に苦しむ事は無くなります。
 その上で他国の王家と同等の地位を手に入れられます。
 更に唐に比べて忠誠を尽くし続けた武家、諸侯王家として称えられるでしょう」

「分かった、三郎の献策も考慮に入れよう」
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