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第二章:屍山血河

第81話:小田原城包囲戦

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天文十六年(1547)11月22日:越中富山城:俺視点

 俺は里見を滅ぼした勢いに任せて北条家を滅ぼす事にした。
 同盟を破る不義理な行動だが、建前は河東郡で北条軍を救援した時に、北条氏康の不義理な言動で同盟が破綻していたと言う理由だ。

 もの凄く身勝手な理由で、俺の名誉を傷つけるだろうが、もう構わない。
 出来るだけ自分の手を汚さない方針から、自分の手を血塗れにしてでも、少しでも早く日本を統一すると言う方針に変えたから。

 俺は直率の黒鍬軍十万と男屯田軍十万、忠誠を誓いに集まっている奥羽と常陸、上野下野と上総下総、安房と武蔵の国人地侍衆を集めて小田原城に進軍した。
 集まった国人地侍衆は、専業武士だけを厳選したのに一万騎十万兵もいた。

 北条勢は、統制がとれた圧倒的大軍である長尾軍との野戦を避けた。
 史実で上杉謙信と戦った時と同じように、味方の城砦が連携する籠城戦を選んだ。
 俺の知っている史実では、多少の野戦があったのだが、今回は全く無かった。

 北条家の居城である小田原城は、俺が直率する黒鍬軍と国人地侍衆が包囲した。
 北条家に味方する諸城は、男屯田軍の侍大将や足軽大将が包囲した。

 俺が包囲した小田原城は、江戸時代になって再建された小田原城とは違う。
 最も堅固な曲輪は八幡山の天嶮を利用した古い部分だ
 北条早雲が大森藤頼から奪った当時の、もっとも古い小田原城だ。

 その小規模な小田原城を、北条家が大きくなるに従って南に縄張りを広げた。
 深さ六メートル、幅八メートルを超える空壕を掘り、敵に備えた。
 水濠はなく、一之曲輪、二之曲輪、三之曲輪は空壕で守られている。

 毎年のように曲輪を増設し、曲輪を守る空壕を掘り土塁を築いた。
 その集大成が、上杉謙信と十万の兵を撃退した、総構え完成前の小田原城だ。

 だが北条家が上杉謙信を撃退できたのは、旧態依然とした越後衆と関東衆だからで、近代的な部分を取り入れた豊臣軍には、総構えがあっても撃退できなかった。

 周囲に敵を持つ戦国大名は長く戦い続けられない。
 そんな越後衆や関東衆が相手なら、北条家のにも十分勝機の有る戦術だ。

 だが、常に戦い続けられる長尾軍を創った俺には全く通用しない。
 俺の黒鍬軍と男屯田軍なら、三年でも四年でも小田原城を包囲できる。

「小田原城の大手門と搦手はもちろん、全ての城門を包囲せよ。
 壕と土塁を造り、城からは一兵たりとも出られないようにしろ!
 兵糧を運び込むのはもちろん、糞尿を運び出す事もできなくしろ!
 小田原城を五年包囲して城兵全てを餓死させる、良いな!?」

「「「「「おう!」」」」」

 冷酷非情な命令をしたが、実際に餓死させるかは相手次第だ。
 相手が意地を張らなければ、豊臣秀吉が三木城や鳥取城で兵糧攻めをやった時のような、人肉喰いやリフィーディング症候群は起こらない。

 そこまで行く前に、北条氏康が降伏するか家臣が謀叛するのが普通だ。
 もし北条氏康と家臣衆が俺の思っている以上に誇り高く愚かだったとしても、干魚入りのきな粉玄米重湯から飲ませれば、リフィーディング症候群を防げる。
 
 そんな事は後々起る事だ、まずは北条勢の悪足掻きに備える。
 国人地侍衆に、完全に封じ込める前に北条勢が討って出てくるのを警戒させた。
 十分な防御態勢を整えた上で、野戦築陣の名手である黒鍬衆に付け城を築かせた。

「領民に簡単な力仕事を手伝わせろ、日当は大麦一升か永楽銭十枚だ」

「「「「「はっ!」」」」」

 堅固な付け城を造るには、黒鍬軍しかできない部分が多い。
 だが、誰でもやれる作業もそれなりにあり、そこは領民を雇ってやらせる。
 これから支配者になる俺が、北条家以上に善良な領主だと思わせる。

 史実の北条家は、領民思いの善良な領主だった。
 今生の北条家は、三年五作を盗み出した事でとても豊かになり、災害に苦しむ領民に史実以上の支援を行い、領民の心を掴んでいた。

 領民の心を北条家から引き離さないと、今後の統治がやり難くなる。
 そのための出来るだけ大麦と銭をばらまき、領民を豊かにする。
 俺が領主である限り、豊かな生活が続くを思わせる。

 北条家を滅ぼすためも築城も、領民の心を掴むのに利用する。
 黒鍬軍十万と国人地侍衆十万、手が空いている者が築城を行った。
 小田原城周辺の領民十万人が日当欲しさに手伝った。

 その結果、秀吉が小田原征伐で築かせた石垣山城に倍する、堅固で北条勢を逃がさない付け城が、たった十日で二十五城も完成した。
 機械化できていない時代だと、人海戦術に勝るものはない。

 史実の豊臣秀吉が、関東で初めて造らせた総石垣の城である石垣山城は、八十日間に延べ四万人の職人と人夫を使って完成させている。

 十日間の間に延べ四万人の黒鍬軍と領民を投入すれば、付け城一つを築けた。
 もっと小さく簡素な砦なら五十城は築けたが、北条勢を完璧に封じ込めるための堅固な付け城なので、二十五しか完成させられなかった。

 ただし、小田原城周辺にある材料だけで造った城なので、石垣などはない。
 基本は深い空壕と土塁、塀と柵を組み合わせただけの野戦陣地だ。
 だが堅固さ、敵を逃がさない仕組み、懐の深さは堅城と言っていい。

「私は富山に帰る、後の事は任せた」

 俺は二十五の付け城が完成したのを確認してから富山城に戻った。
 護衛は黒鍬軍五万と男屯田軍五万だけだ。

 残る黒鍬五万と国人地侍衆十万は小田原城の包囲を続ける。
 男屯田軍五万は、北条家に忠誠を尽くして籠城する諸城の包囲を続ける。

「小田原城を含む北条家討伐軍の指揮は小島弥太郎に任せる、頼んだぞ」

「大役をお任せくださり、感謝の言葉もありません。
 この命に代えましても、誰も出入りさせません」

 俺は遂に次の十万人指揮官を任命した。
 多くの一万人侍大将が競い合っていたが、その実直な性格が決め手になった。
 抜擢の最優先条件が、俺を裏切らない事だから当然とも言える。

 同じように、実際には一万人しか指揮していない侍大将を三万人指揮官に抜擢して、国人地侍衆を与力同心として配属させた。

『国人地侍衆を含む三万兵を預かる事になった地下家子弟』
佐々木右馬督兼冨(九条家侍)
日夏左衛門尉家望(九条家侍)
瓦林左兵衛尉公望(九条家侍)
雨宮右兵衛尉厚保(九条家侍)
伊庭帯刀篤史(外記方)
神原宿衛厚元(外記方)
神足清内慶宗(外記方)
黒田左馬尉蔭恒(鷹司家侍)
高城右馬尉利明(鷹司家侍)
熊沢右衛門尉家守(鷹司家侍)

 貧乏公家や夜逃げしなければいけないくらい困窮していた地下家の子弟が、生きるために三条長尾家に仕官して戦い続けてきた。

 特に頑張ったのが、三条長尾家と親戚となった九条家と鷹司家の家侍だ。
 読み書き算盤はもちろん、軍略も必死で学び、実戦でも命懸けの槍働きを続けた。
 哀しい話だが、幾人もの公家と地下家の子弟が戦死している。

 そんな中で生き延びた優秀な子弟から、ついに三万人指揮官が十人も誕生した。
 三万もの兵を預かるのは、織田信長末期の方面軍司令官でも少ない。

 畿内方面軍の明智光秀でも総兵力は二万人程度だろう。
 豊臣秀吉と戦った山崎の合戦では多くて一万六千兵だった。
 関東管領となった滝川一益でも、北条家との決戦時に一万八千兵しかいなかった。

 北陸方面軍の柴田勝家は、豊臣秀吉と賤ケ岳で戦った時に三万兵を率いていた。
 解任前の大坂司令官、佐久間信盛が七カ国の与力衆をつけられ軽く三万を超える。
 中国方面軍の羽柴秀吉は、備中高松城の戦いで三万兵を率いている。

 後は信長の嫡男で織田家を継いでいる信忠くらいだ。
 織田信忠が武田勝頼を滅ぼした甲州征伐では、六万の大軍を率いていた。

 日本の歴史上、陪臣で十万兵を率いるのは小島弥太郎が初めてだろう。
 山村若狭守国信、山吉伊予守政久、吉田源右衛門尉英忠、朝倉宗滴殿という前例はあるが、彼らは内政でしか十万兵を率いていない。

 明らかに誰かに仕える陪臣が、実戦で十万兵以上を率いて敵と戦うのは小島弥太郎貞興が初めてだと思う。 

 形だけ朝廷や幕府、帝や将軍に仕える者ではいるが、その全員が実質的には独立勢力で、一方の総大将だった。

 小島弥太郎貞興に次ぐ実戦指揮官は、四万兵を率いる直江大和守景綱、色部修理進勝長、柿崎和泉守景家の三人だけだ。

 普通なら三万人侍大将に選ばれた十人が、気負って失敗するのが心配な所だ。
 だが、今回選んだ十人にそのような気負いはないと断言できる。
 心から安心して兵を預けられる者達だ。

「良く怪我一つなくお戻りくださいました」

 俺は小島弥太郎に全てを任せて越中の富山城に戻った。
 雪に閉じ込められる不便な地だが、その分厳冬期の守りは堅い。
 何より何時でも京に攻め込む事ができる立地なのだ。

 俺が越中にいるだけで、将軍と管領に圧力をかける事ができる。
 ただ、その事実を将軍と管領が理解していない可能性もある。
 理解できていないから、愚かな事が平気でできるのだろう。

「長く戻る事ができず申し訳なかった」

 俺は晶に長く城を空けた事を詫びた。

「とんでもございません、命懸けの戦いに赴かれているのです。
 そう簡単に戻る事ができないのは理解しております」

「そう言ってくれると助かる。
 だが、もう長く城を空ける事はないだろう。
 次に長く城を空けるのは、京に上る時だけだ」

「北条家の事は、家臣の方々に任せられるのですか?」

「ああ、北条家は降伏を待つだけだ。
 どこかで叛乱が起きたとしても、家臣を派遣すれば簡単鎮圧できる。
 尾張の織田が攻め込んできたとしても簡単に撃退できる、安心しろ」

「はい、殿様」

 俺が一番力を入れなければいけないのは、天下を継ぐ後継者の育成だ。
 これに失敗したら、後世の非難を覚悟して天下を統一する意味がない。
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