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第二章:屍山血河

第78話:常陸上総下総、細分割戦略

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天文十六年(1547)3月15日:越中富山城:俺視点

「おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ」

「おう、良し、良し、良し、元気に泣けている。
 子供は泣くのが仕事、たくさん泣いてお腹一杯乳を飲み大きく育ってくれ」

 昨年末に次男の虎次郎が生まれ、元気に育っている。
 出来るだけ早く、安全確実に日本を統一すると決意を新たにした。
 だから水軍、黒鍬軍、足軽軍、男屯田軍、女子供屯田軍の編成を改めた。

 より戦う事に特化した黒鍬軍、足軽軍、男屯田軍の武装を強化した。
 屯田と拠点防衛に特化した女防衛軍には、鉄砲と弩を多数配備した。

「日本で建造した大型関船だけでなく、明国で建造させた唐船も行軍に連れて行くように準備をしておけ」

 奥羽と関東を威圧するためには、昨年を越える水軍を用意する必要がある。
 交易の関係で急に船数は増やせないが、参加させる船の種類は調整はできる。
 関船よりも唐船の方が国人地侍に対して俺の力を示せる。
 
 目に見える戦力や財力だけでなく、表に見えにくい備蓄品も大切にしている。
 蔵に山と蓄えられた金銀財宝と銭、二千万石を越える大麦の兵糧、軍需物資でも嗜好品でもある焼酎二千万石が、全軍を通年戦える状態にしている。

 もちろん屯田軍なので出来るだけ耕作させるが、させなくても大丈夫な余力が有るのは、戦略を立てる上でとても重要だった。

「殿、 勘察加と千島樺太の民がもっと米が欲しいと言っています」

 越中を中継地点にして勘察加と南方を往復している交易艦隊の司令官が言う。

「代価を払えるのか?」

「はい、勘察加と千島樺太は、とんでもなく大量の鰊が海を覆い尽くしております。
 手づかみで幾らでも獲れるほどの鰊が岸に押し寄せております」

「そうか、だったらこれまでよりも多くの米を南方で買い付けよ」

「はっ、承りました」

「勘察加で獲れる鰊だが、できれば卵は数の子にさせろ。
 卵を取った鰊は、質の良い物は身欠き鰊にして、質の悪い物は魚肥にしろ。
 その為に必要な人材は何所から引き抜いても構わない」

「有り難き幸せで得ございます。
 しかしながら、幸いな事に、交易艦隊に人材が揃っております」

「そうか、良く人を集め育てているな、褒美を取らす」

 俺は交易艦隊の司令官に、身につけていた脇差を外して渡した。
 
「有り難き幸せ、一命を賭して成功させてみせます!」

 身に着けている脇差を、手ずから褒美の前払いに渡すのだ。
 普通の武士なら恩に感じるし、失敗できない重圧をひしひしと感じる。
 この者も頑張ってくれるに違いない。

 俺の配下となった国人地侍は、民に米を作らせなくなっている。
 冷害の多い国では、確実に収穫できる麦と大豆の三年五作に切り替えている。
 年貢を大麦と大豆で納められるようになって、民の出生率も上がっている。

 周産期死亡率や子供の死亡率はこれまで通り高いが、少なくとも間引きや餓死だけはさせないように、各地に建てた善光寺と戸隠神社に見張らせている。

 どうしても子供を育てられない場合は、寺で預かるように命じてある。
 奴隷として買い集めるのも好いが、いずれは奴隷制度を無くしたい。

 日本を、独善的な狩猟民族の侵略国家よりも、文化文明がはるかに進んだ国にしておきたい。

「寺で引き取った子供には男女関係なくひと通りに事を学ばせろ。
 必ず密偵や修験者に育てなければいけない訳ではない。
 鍛冶や杜氏、塗師や木地師でも構わない、子供の才を伸ばしてやれ」

 男は善光寺と戸隠神社で預かり育てるように命じている。
 女も善光寺と戸隠神社の支配下尼寺で預かり育てるように命じてある。
 そんな事ができるくらいの備蓄と、毎年の収穫がある。

 支配下に置いた国々の直轄領だけで、二百万石の大麦と七十万石の大豆が年貢として納められる。

 それだけでも黒鍬から奴隷までの全軍を食わせて行けるのに、戦う可能性が低い女子供の屯田軍が作る大麦が毎年千四百万石、大豆が毎年三百五十万石も収穫できる。

 更に蝦夷から購入した各種俵物と干茸を明国に売り、南方の米を手に入れている。
 その南方米と焼酎を蝦夷に売る事で、明国に売る各種俵物を買っている。

 中継貿易を行うだけで年百万石の米と十万両の金が、利益として手に入っている。
 動いている物資の量が多過ぎて、帳簿を見なければ答えられないくらいだ。

 これだけの食糧生産力と財力を背景にした軍事力で、常陸の国人地侍を調略した。
 主要な国人だけで、佐竹、小野崎、宇留野、江戸、笠間、水谷、多賀谷、大掾、島崎、玉造、鹿島、山入、結城、小田、菅谷、岡見などがいる。

 そいつらを分割統治するのではなく、更に一族一門家臣で細分化する。
 最低でも五千貫以下、できれば百貫以下にまで細分化する。

 山之内七騎党の当主で四百十貫、城持ち分家で百貫前後に過ぎなかった。
 決して不可能な細分化ではない、強い威圧をかければ十分可能だ。

 幸いな事に戦国乱世では下剋上が当たり前。
 本家や主家を裏切る事に罪悪感を持つ者はとても少ない。
 直接俺の家臣と成りたい者が続出して、常陸は簡単に細分化できた。

 常陸の国人地侍の中にも、俺の家臣を婿迎えたい者が沢山いた。
 茸の人工栽培と三年五作を教えてもらえるだけでも、自分の子供を廃嫡にして娘に婿を望む国人地侍がいる。

 まして千人が籠城できる城や、長尾家の船が船道前を落としてくれる湊を造ってもらえるのだから、婿を望まない国人地侍の方が圧倒的に少ない。

 特に百貫二百貫程度の国人地侍は、僅かな縁を頼ってでも願い出て来る。
 その状態で俺から使者を遣わして婿入りを打診するのだ、断る者はいない。
 まあ、断らない者を密偵衆が選んでくれているのだが。

 それに、家を継げなくなった子弟を邪険に扱う訳でもない。
 家を継げない者は、足軽軍に雇ってやる。

 能力がなければ一生平足軽だが、大抵は三十人足軽組頭くらいには成る。
 いや、国人地侍の親が普通に武芸を教えていれば、足軽大将には成れる。

 常陸をほぼ支配下に置けたので、下総と上総を手を入れる事にした。
 下総は名門千葉家の領地だったのだが、今では下剋上で力を失っていた。
 今では家臣の原胤清が千葉家を思うままに動かしている。

 昨年先代当主で父の千葉昌胤を失った千葉利胤が跡を継いでいるのだが、病弱で家中を纏められず、原胤清の専横を許している。

 千葉家の実権を握っている原胤清は、足利義明が原家の小弓城を攻め落とした際には、北条氏綱を頼って小弓城を奪還している。

 原胤清は、自分が最も苦しい時に何もしてくれなかった千葉家よりも、助けてくれた北条家を主君だと思っている。

 だから、原家や北条家に反感を持っている千葉家の一族一門家臣を調略した。
 相馬、武石、大須賀、国分、東、円城寺、高城、臼井、山室、井田、村上、海保、鏑木、木内、石出、酒井、坂戸、幡谷、遠藤、椎名、田路、林田などを調略した。

 これによって北条家との緊張は高まったが、北条家からは動けない。
 俺が駿河に張り付けている大軍が怖くて、小田原城を空けられないのだ。

 俺の軍は、厳冬期には黒鍬軍から男屯田軍までを出稼ぎさせていた。
 職人仕事ができる者以外は、雪に閉じ込められる国から閉じ込められない国に行かせて、開墾や堤防造りをさせていた。

 昨年から今年にかけての厳冬期は、屯田軍を駿河遠江三河に行かせて、堤防造りと開墾をさせている。

 つまり、今年も六十万を越える軍が駿河遠江三河にいるのだ。
 だから北条氏康、俺が上総下総に侵攻しても討伐軍を送れない。

 本拠地小田原城を狙える、駿河の河東地域に二十万の足軽軍がいるから、北条軍を上総下総に送れない。

 足軽軍と屯田軍は、その気になれば箱根峠、湖尻峠、長尾峠、乙女峠から三国山を越えて箱根に入れる場所で、大規模な開墾を行っている。
 小田原城にだけ圧力をかけているのではなく、伊豆にも圧力をかけている。

 昨年五百隻もの水軍が北条水軍を圧倒したばかりだ。
 その後も百隻単位の長尾水軍が、常陸と駿河の間にある海を、無人の野を行くように何度も往復し、北条水軍を湊に逼塞させているのだ。

 ここで北条家が伊豆を守る、北条水軍を守る姿勢を見せなかったら、北条水軍は勿論、過半数の伊豆国人地侍が北条家を見限り長尾家に臣従する。
 北条氏康ほどの名将なら、そのくらいの事は理解できる。

 更に足柄峠から相模に入れる駿河御殿場地域に十万の男屯田軍がいる。
 彼らも小田原城に何時でも攻め込めるぞと圧力をかけている。

 少しでも隙を見せたら、小田原城を手薄にしたら、怒涛の勢いで攻め込まれる事を、有能な北条氏康は痛いほど分かっている。

 だから北条氏康は、どれだけ上総下総の国人地侍を調略されても動けない。
 動いた時は我が家と決戦の時だと理解している。

 北条氏康は精神をすり減らすくらい悩み苦しんでいたのだろう。
 だからこそ、風魔一族に無理をさせたのだ。
 風魔一族は俺の密偵衆との暗闘で壊滅状態になっている。

 俺は引き続き調略も続けている。
 武田家の流れをくむ真里谷信隆。
 同じ真理武田家の真里谷全方と真里谷信応。

 同じく武田の流れをくむ、庁南武田家の庁南清信
 万喜土岐家、東金酒井家、土気酒井家なども細分化して支配下に置く。
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