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第一章:三条長尾家継承編

第31話:南蛮貿易と甜菜とじゃがいも

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天文七年(1538)3月21日:山城実相院:俺視点

 俺は蔵田五郎左衛門に多くの役目を任せていた。
 重臣中の重臣である事はもちろんだが、誰にも聞かせられない秘密の役目を頼む事も多く、悪事を共有する関係でもある。

 そんな蔵田五郎左衛門が、定時の連絡以外に会いたいと言ってきたのだ。
 何が起こったのかと、不安と期待が相半ばした気持ちで待った。

「若様、南蛮人との接触に成功したしました」

 経済的に思っていた以上の成果を得たので、種子島に鉄砲が伝来するのを待たず、こちらから積極的に火縄銃を買いに行くことにしていた。

 もうポルトガルがマラッカを占領していたはずだ。
 倭寇を名乗る明の海賊は、日本人や明国人だけでなく、ポルトガル人も乗船させていたと記憶していた。

 海禁を犯して日本まで交易に来ている唐船の大半は、海賊兼業だ。
 その海賊に、蔵田五郎左衛門を通してポルトガルとの仲介を頼んでいた。

 だからといって、種子島時堯のように法外な値段で火縄銃を買う気はない。
 鉄砲二丁で金二千両という説と、銀千両という説を読んだ事があるが、どちらにしても払い過ぎだ!

 種子島時堯が手に入れた七匁五分の火縄銃なら、明銭で十貫文程度、十二貫文以上は払わない。

 銀で支払うなら百三十七匁前後だろう。
 金で支払うとしたら二両三分前後になる。

 だが、限りある鉱物を外国に流出させる気はない。
 ポルトガル人の気を引く意味でも、毎年溜まっていく淡水真珠で取引する。
 できれば最低品質の淡水真珠二個、払っても三個で火縄銃一丁だ。

「よくやってくれた、これでまた他の大名に一歩先駆けられた」

「お役に立てて何よりでございます」

「御礼と言っては何だが、十分な手数料、利益を取ってくれ」

「遠慮なく利益を得させていただきます」

 蔵田五郎左衛門は家臣ではあるが、同時に御用商人でもある。
 権限や扶持は与えているが、領地は与えていない。
 領地を与えてしまうと、俺の密偵である事があからさまになり過ぎる。

「若様が申されていた、鉛玉を撃ちだす武器でございますが、一丁につき一両の真珠三個で売っても良いそうでございます。
 ただし、最低でも十丁は買って欲しいそうでございます」

「分かった、火薬の製造法と一緒なら五十丁買うと言ってくれ」

「分かりました、そのように伝えさせていただきます。
 次に若様が申されておられました、ビーツという植物は、南蛮の本国に戻らないと手に入らないそうでございます。
 早くて二年、長ければ三年後になるそうでございます」

 俺が鉄砲に次いで手に入れたかったのは、ビーツの一種、甜菜だ。
 日本では砂糖大根と呼ばれている、砂糖の原料になる植物だ。

 今はまだ、甜菜から砂糖を抽出する方法は発見されていない。
 それに、甜菜自体も糖分が少な過ぎる。

 前世で砂糖の原料として栽培されていた甜菜は、十七パーセントくらいの糖分を含んでいたが、この時代のビーツは一パーセントくらいの糖分しかない。

 前世では北海道でしか作られていなかった甜菜だが、仮想戦記を書くのに色々調べていると、岩手、高知、香川、鹿児島でも栽培試験が行われていた。

 それどころか、砂糖黍が育てられる温かい台湾で、結構な量の甜菜が育てられていたから、北陸でも育てられるはずだ。

 純粋に不作や凶作に備えるのなら、穀物を育てた方が良い。
 三年五作の立毛間播種が成功したのだから、それを広めるのが一番だ。

 だが、日本中の人を飢えさせないだけの穀物が育てられるようになったら、次は美味しい物を食べられるようにすべきだ。

 その為の準備を始めるのも、できるだけ早い方が良いと思ったのだ。
 そもそも、俺がポルトガル人に接触できるのが何時になるかも分からなかった。
 接触できたとしても、ビーツを手に入れるのに何年かかるかも分からなかった。

 幸い意外と早くポルトガル人に接触できた。
 ビーツの取り寄せにも応じてくれた。
 これで北陸でも砂糖を自給自足できるかもしれない。

 前世に令和二年度の北海道資料を調べた時には、一反で五千七百キロの甜菜が収穫できて、九百六十九キロの砂糖が作られていた。

 だがこれを戦国乱世の北陸に当てはめる訳にはいかない。
 もう一つ調べた一九五九年の資料の方が、少しは戦国乱世に近い。

 北はアイルランドから南はチリまで、十五ヶ国の甜菜栽培の資料だった。
 一反当たりの収穫量は三千三百キロで、砂糖にできたのは三百三十キロ。
 まだこの頃は甜菜の品種改良が未熟で、糖分が十パーセントだったのだろう。

 戦国乱世の北陸で収穫できる甜菜は、二千キロから三千キロだろう。
 糖分が一パーセントと考えて、二十キロから三十キロの砂糖が作れる。
 
 砂糖の相場は一斤千五百グラムで百四十四文だ。
 つまり千九百二十文から二千八百八十文で売れる。
 米を買う場合は、一石九斗二升から二石八斗八升の玄米が買える。

 商品作物として考えれば、かなり良い商品だと言える。
 砂糖を絞った後の粕は、家畜の肥料にすれば好い。
 騎馬軍団を編成する助けになるだろう。

 だが実際には、連作障害を考えて輪作しなければいけない。
 俺が調べたのは、甜菜、じゃがいも、小麦の三輪作が一つ。
 甜菜、豆類、じゃがいも、小麦の四輪作が一つ。
 甜菜、水稲、大豆、小麦の四輪作が一つ。

 やっていたのは北海道でも寒い地方、オホーツク、十勝、岩見沢だった。
 北陸なら少しは温かいから、三年五作の立毛間播種に加えられるだろうか?

 それとも、小氷河期だからもっと厳しいだろうか?
 種を確保しつつ、小さな畑で実験を繰り返すしかない。

「新大陸にある小さな芋は手に入りそうか?」

 石見沢の四輪作にじゃがいもはないが、オホーツと十勝の輪作にはじゃがいもが必要だった。

 どうしても手に入らないのなら諦めるが、多少の努力や費用で手に入るのなら、甜菜栽培を成功させるために手に入れたい。

 今はまだ本州が優先だが、いずれは北海道、蝦夷地も手に入れたい。
 ロシアの南下はできるだけ早く抑えなければならない。

 今ならまだカムチャッカ半島もチュクチもアラスカも、誰の物でもない。
 俺が先に軍を送り込めば、日本は広大な領地を持つ国になれる!

 一日も早く日本を統一して、一軍は琉球から台湾、フィリピンに送る。
 もう一軍は北海道に送ってから樺太と千島の二軍に分ける。
 千島に送った軍は、カムチャッカ半島からチュクチ、アラスカに向かわせる!

「若様、新大陸の小さな芋はできるだけ早く送ると申しております。
 値段の方は、里芋と同じで宜しいのですか?」

「それで良い、先に特徴を教えた玉蜀黍や甘藷と一緒に買ってくれ」
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