上 下
50 / 63
第一章

第50話:間者

しおりを挟む
「さて、氏子衆の結束が固まったら、間者を始末するかのう」

 石姫皇女のそのひと言で、地獄の釜が開いた。
 奴隷希望者の中にスパイ密偵がいる事は誰の目にも明らかだった。
 その不安が俺の心を蝕んでいたのも確かだ。
 多分だが、覚えている以上の悪夢を見ていたのだろう。
 黙ってライラが夜伽してくれる日数が増えていた。
 ライラが添い寝できない日には、他の巫女が黙って夜伽してくれそうになったが、それだけは精神力を総動員して断っていた。

「ふん、ふん、ふん、今から楽しい間者狩り。
 嬲り殺しにしてやろう、本人家族に主人一族、神の力で天罰じゃ。
 一族郎党皆殺し、血統絶えて滅ぶのみ」

 なんと言っていいのか分からない歌詞の唄を、実に楽しそうに歌いながら、石姫皇女は奴隷希望者の掘っ立て小屋を巡っていた。
 石姫皇女と俺の周囲には、完全武装に自警衆がいる物々しさだ。
 何度もの襲撃で氏子衆が得た武具は、領主の正規兵や優秀傭兵団に匹敵する。
 しかも鉄剣や鉄盾だけではなく、鋼鉄製の斧まで持っているのだ。

 最初は石姫皇女や俺が神だという事に確信が持てなかったのだろう。
 また長年スパイとして活動していて、自分の演技力に自信があったのだろう。
 全スパイが、石姫皇女の歌を聞いても逃げることなくとどまっていた。
 それが彼らの運命を決し、俺の心に大きな負担を与えることになった。
 ずっと人間の歴史を見てきた石姫皇女に手心などありはしない。

「この者は領主の間者で、雪深くなってからそりで奇襲する領主軍を手引きする事になっておった、極悪非道な大嘘つきじゃ。
 もう心の中は読んだから生かしておく必要はない。
 下手に生かしておいたら火をつけて逃げるから、危険を少なくするためにこの場で首を刎ねて殺してしまえ」

 その後の事は、何も思い出したくはない。
 見せしめのために情け容赦のない厳しい処分が下された。
 この地の領主はもちろん、近隣の領主もスパイを送り込んでいた。
 予想通り多くの商人もスパイを送り込んでいたが、石姫皇女が心を読めることを理解しているアルフィは送ってこなかった。

「この者は、わらわや広志が本当の神か確かめるために送り込まれた間者じゃ。
 村に被害を与える事も、村人を傷つける事も禁じられておる。
 まあ実害はない奴じゃが、そのままというわけにもいかん。
 特に厳しい重重労働を課しておけ、逃げようとしたら主人に呪いをかけてやる」

 村人を傷つけないタイプのスパイは、その場で殺されずにすんだ。
 だが、破壊工作員や引き込み以外のスパイでも、許されない者もいた。

「こやつも、わらわや広志が本当の神か確かめるために送り込まれた間者じゃ。
 だがこやつは心が卑しく、盗みや強姦を企んでおった。
 このようなモノを野放しにしておいては、村のためにならぬ。
 この場で殺すのじゃ、広志が吐こうが倒れようが遠慮するな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...