92 / 246
武田義信
近江猿楽
しおりを挟む
2月『美濃・稲葉山城・鷹司義信』
「若殿、松平清定殿からの援軍要請はどうされますか?」
「春まで待てと一益を通じて言っておいてくれ、今後一切の連絡を一益・飛影経由で行う。」
「清定殿が軽く見られたと怒りませぬか?」
「おいおい、俺は一応鷹司家の当主だぜ、側室の養父とは言え直接会話は身分違いだろ?」
「若殿がそのような事を気になさるとは、今初めて知りましたが?」
「武田善信の頃からの盟友や家臣達、戦場での遣り取りならともかく、平時に知り合ったばかりの者とは身分差を明らかにしとかないとね、京に入らねばならぬ場合も有り得るから、俺自身少し練習しておかないといけない。」
「上洛される御心算ですか?」
「いや、上洛はしたくない、したくないが、行かねばならない状況に追い込まれるかもしれない。その時の事も考えておかないとね。ものすごく気が重いけどね。」
「左様ですね、若殿は幼い頃から身分や格式が大嫌いでおられましたからな、唯一御屋形様にだけ礼儀正しくおられましたな。」
(仕方ないだろ、父親に切腹させられる史実を知ってたんだから。)
「出来れば朝廷での事は、全て御爺様や御義父上にお任せしたい。」
「それが宜しゅうございますな、若殿が公卿様たちを叩きのめして問題なるなど、有ってはなりませぬからな。」
「そうなのだ、戦場の空気を嗅ぎ続けた所為か、妻たちから離れてる所為か、どうも怒り易く成っておる。春には一度諏訪に戻る心算だから、美濃・尾張・三河の事は公之と飛影に任せたい。」
「公之様でございますか?」
「神輿状態とは言え、公之は大将として常に戦場に立って学んでおる、降嫁までにもっと実績を積ませてやりたい。京に近い場所で公之の戦場指揮を公卿共に見せつけておきたい。」
「左様ですな、公之様の事は承りました。若殿の片腕に成れるように御鍛え致します。それと色々話が逸れましたが、清定殿には春には援軍を送ると約束して宜しいのですね?」
「清定殿には指揮下に入って貰う、指揮権は此方で持たねば大切な将兵を無駄死にさせるかもしれん、一益の下に置きたいから、一益を従六位上・将監を任じて置く。」
「一益は喜びましょうが、清定殿はどう思われる事か?」
「清定の動員兵力は300から600程度で有ろう? その程度の兵力で4000騎を率いる一益の上に立てると思うほどの愚者ならば滅ぼしてしまえ、三河には松平宗家も吉良家も有る、旗頭に成れるのは桜井松平家だけではないのだ、そのこと少し釘を刺しておけ。」
「それが宜しゅうございますな、承りました。」
2月『甲斐・躑躅城・武田信玄・鷹司簾中(三条夫人)』
「御屋形様、いかがいたしましょう?」
「永高内親王が薨御なされるとはな、これだけでも驚きなのに、近衛稙家卿から婚姻の話が来るとは思わなかった、近衛卿は足利将軍家を見捨てる心算か? それとも我が武田家と将軍家を秤に掛けているのか? 簾中はどう思う?」
「今の公家は摂関家といえども、家をを保ち生き残る事に必死でございます。暮らし向きを支えられず都落ちするのは、実家の三条家も度々あった事でございます。九条稙通卿ですら経済的に困窮され堺や九州に都落ちされておられます。今も大半の公卿が伊那と駿河に下向しております。近衛卿としては将軍家が盛り返せばよし、武田家が隆盛を極めてもよし、将軍家と武田家の橋渡しを出来れば更によしと考えておられるのでしょう。」
「簾中もそう思うか、武田と将軍家の間を調停出来れば、近衛卿の立場は確固たる地位を築けような。だが武田と将軍家が争えば娘たちが敵味方で有ろう、武家ならば致し方ない事だが、近衛卿にもその覚悟が御有りなのだな?」
「御屋形様、もし武田と将軍家が争えば、近衛卿は逃げ離れて様子を見られるでしょう。その上で両家に娘と孫の得度助命を内々に申し入れる事でしょう。」
「血縁を僧にする代わり助命を願うのか、まあ摂関家の血縁を殺すのは気が引ける故、大抵の武家はその条件を飲むであろうな。近衛卿が娘を義信の側室では無く、公之の正室に婚姻話を持って来たことが問題だな。譜代衆の中に公之を担ごうとする者が現れるかもしれん。」
「まさかそのような事が起こり得るのでしょうが? 同じ腹から産んだ子に差を付けるのは心が痛みますが、義信殿と公之殿では明らかに力に差が有りましょう?」
「だからこそだ、譜代衆の中には国を押領しようと、幼君や愚か者を当主に就けようする者が多い、僅かでも隙を見せればそこを突かれるのだ。万が一にも義信が若くして亡くなるようだと、鷹司太郎と三条公之で家中が割れかねんのだ。」
「そこまで考えておかねばならないのですね。ならばお断りなられますか? 北条から実信と公之に側室を送りたいと申し込みが有ったのですね? 北条の姫は公之の正室として御迎えになられますか?」
「難しい所よな、朝廷工作する上での力関係も有る、近衛卿も婚儀の話を持って来た以上、武田にも利が有り断られないと判断しているのだろう。それを断れば後々問題も出てこよう、義信の意見も聞きたいところだな。」
「左様でございますね、義信の考え次第でございましょう。それにそもそも義信が長生きしてくれれば、譜代衆も策謀のしようも有りますまい。」
「うむ、それが全てであろう。義信には諏訪でじっくり構えさせ、儂が動くことにいたそう。」
「それが宜しゅうございますね、雪解けして義信が諏訪に帰ってから全てを決めれば宜しゅうございます。」
2月『近江・日吉大社』
「山階の、どうすればよかろうの?」
「どうもこうもあるまい、興福寺の後押し受けた大和四座に押されて、我ら近江六座は衰退しておる。ここは我ら賤民を大切にし、武家にまで御取り立て下さる鷹司卿に御助力すべきであろう。」
「鷹司卿には一門の者を甲斐信濃で座を開かせていただいておるしな。」
「その通りだ比叡の、今までも色々情報を流してきたのだ、今更六角様が禁止しようと聞けるものではない!」
「だがな敏満寺の、今我らは近江に住み座を開いておるのだ、六角様の意向を全く無視する事は不可能であろう?」
「表向き従う振りをしておればよい、漂白の者たちが今まで通り芸に各地を回る事を禁止などできん、そんな事をすれば皆飢え死にしてしまうわ!」
「そうよな、鷹司卿の手の者共がくれる褒美が無くては、今の近江六座は全ての座員を喰わしてやれぬ。」
「そうよな比叡の、美濃に行って芸を披露すればたんと褒美が頂ける。」
「だがな大森の、それに見合う情報を持って行かねばなるまい。」
「それは当然であろう酒人の、儂は寧ろ酒人の者たちが羨ましいよ、甲賀衆と懇意の者が多いから褒美に成る情報が多く手に入るであろう?」
「だがその分命懸けだぞ? 甲賀衆と伊賀衆は伊那に有る非人の里まで襲ったと言うではないか、そのような掟破りをする者たちの情報を流すなど、命がいくらあっても足りぬは!」
「そうそこよ! 公方も細川も六角も我らを人とは思っておらん! あの焼き討ちでは、我が下坂座配下の者の小屋まで焼かれてしもうたわ! 命ずる奴らも許せぬが、唯々諾々と掟を破って実行した者共が許せぬ!」
「そうか、下坂座の者たちの小屋も焼かれたのか、実は我が山階座の白拍子が伊那の侍に見初められてな、座を抜け妻に迎えて貰って下さっておるのだが、その折も座を抜ける承諾を求めて丁寧な手紙を送ってくださってな、その元白拍子が焼き討ちの際に、家を焼かれた上に顔に火傷してしもうてな。」
「なに? それは許せんな。だが侍の館まで焼かれたとは、伊那の被害は吉岡城以外はそれ程酷くは無かったはずだか?」
「うむ、何やら武具を作っておる郭が狙われたそうじゃ。」
「その白拍子の旦那は郭の長屋に住んでおったのか?」
「いや元々が弓師で有ったのだが、鷹司卿に士分に取り立てて頂き郭の主となったそうだ。」
「なんと! 弓師が士分で郭の主じゃと?」
「まあそこが問題では無いのじゃ、顔を火傷したにも関わらず旦那は白拍子をそのまま妻に置いてくれておるし、白拍子に鷹司卿から直筆の見舞いの手紙が届いてな、しかも見舞いとして生涯1人扶持を頂く事に成っておるのじゃ!」
「なに! 真か山階の? 噂では鷹司卿が我ら賤民を庇護して下さると聞いてはいたが、そこまで手厚くして下さっておるのか!」
「のう皆の衆、これは言おうかどうか迷っておったのだがな。」
「今更何を言っておるのだ酒人の、この場は近江六座の生末を決める大切な話し合いの場ぞ、隠し立てなど許されぬぞ!」
「いや余りに信じ難い話で有ったのでな、公方や六角が鷹司卿を貶める為に広めた嘘と言う事もあるの出な。」
「ああ、あの話で有ろう。鷹司卿の側室が賤民の河原者だと言う話であろう。いくらなんでもそれは嘘であろうよ。」
「いや実はそれが本当だと言う話だ、懇意の甲賀衆が本心から驚いておった。今鷹司卿の副将を務めておられる猿渡飛影の養女と言う体裁に成っておるが、そもそも猿渡と言う苗字で判るであろう。修験者出身と申しておるが、猿楽の流れを汲んでおるのは明白じゃ。しかも鷹司卿が5歳のみぎりに救われた、河原者のたちのなかに側室衆がおられたそうじゃ。」
「ちょっと待ってくれ酒人の、側室衆と言う事は1人では無いのか?」
「そうなのだ山階の、3人おられる側室全てが河原者と言う話だ。」
「そう言えば正室の御父上であられる九条卿は、山窩から飯綱の法を学ばれておられたの!」
「皆の衆! これで我らの道は明白になったのではないか? 六角に従っておっていいのか? 座の者たちの為にも、我ら賤民を人がましく扱ってくださる鷹司卿の為に働くべきであろう!」
『いかにも!』
猿楽
漂泊の白拍子、神子、鉢叩、猿引きらとともに下層の賤民であり同じ賤民階級の声聞師の配下にあった。
近江猿楽
中世に近江国(滋賀県)に存在した猿楽の座
日吉神社参勤の山階座・下坂座・比叡を上三座
敏満寺・大森座・酒人座を下三座
山階座は長浜市山階
下坂座は長浜市下坂
比叡座は大津市坂本
敏満寺座は多賀町敏満寺
大森座は東近江市大森
酒人座は甲賀市水口町酒人
算置・占い師
傾城・遊女
七道者
猿楽、アルキ白拍子(漂泊する白拍子)、アルキ御子(漂白する巫女)、鉢タタキ(鉢叩)、金タタキ(鉦叩)、アルキ横行(漂白する横行人)、猿飼
声聞師座・大和四座
大和国奈良の興福寺・「五ヶ所」「十座」といった集団的居住地
日吉大社・近江猿楽の上三座・下三座
声聞師・京都では散所非人
「若殿、松平清定殿からの援軍要請はどうされますか?」
「春まで待てと一益を通じて言っておいてくれ、今後一切の連絡を一益・飛影経由で行う。」
「清定殿が軽く見られたと怒りませぬか?」
「おいおい、俺は一応鷹司家の当主だぜ、側室の養父とは言え直接会話は身分違いだろ?」
「若殿がそのような事を気になさるとは、今初めて知りましたが?」
「武田善信の頃からの盟友や家臣達、戦場での遣り取りならともかく、平時に知り合ったばかりの者とは身分差を明らかにしとかないとね、京に入らねばならぬ場合も有り得るから、俺自身少し練習しておかないといけない。」
「上洛される御心算ですか?」
「いや、上洛はしたくない、したくないが、行かねばならない状況に追い込まれるかもしれない。その時の事も考えておかないとね。ものすごく気が重いけどね。」
「左様ですね、若殿は幼い頃から身分や格式が大嫌いでおられましたからな、唯一御屋形様にだけ礼儀正しくおられましたな。」
(仕方ないだろ、父親に切腹させられる史実を知ってたんだから。)
「出来れば朝廷での事は、全て御爺様や御義父上にお任せしたい。」
「それが宜しゅうございますな、若殿が公卿様たちを叩きのめして問題なるなど、有ってはなりませぬからな。」
「そうなのだ、戦場の空気を嗅ぎ続けた所為か、妻たちから離れてる所為か、どうも怒り易く成っておる。春には一度諏訪に戻る心算だから、美濃・尾張・三河の事は公之と飛影に任せたい。」
「公之様でございますか?」
「神輿状態とは言え、公之は大将として常に戦場に立って学んでおる、降嫁までにもっと実績を積ませてやりたい。京に近い場所で公之の戦場指揮を公卿共に見せつけておきたい。」
「左様ですな、公之様の事は承りました。若殿の片腕に成れるように御鍛え致します。それと色々話が逸れましたが、清定殿には春には援軍を送ると約束して宜しいのですね?」
「清定殿には指揮下に入って貰う、指揮権は此方で持たねば大切な将兵を無駄死にさせるかもしれん、一益の下に置きたいから、一益を従六位上・将監を任じて置く。」
「一益は喜びましょうが、清定殿はどう思われる事か?」
「清定の動員兵力は300から600程度で有ろう? その程度の兵力で4000騎を率いる一益の上に立てると思うほどの愚者ならば滅ぼしてしまえ、三河には松平宗家も吉良家も有る、旗頭に成れるのは桜井松平家だけではないのだ、そのこと少し釘を刺しておけ。」
「それが宜しゅうございますな、承りました。」
2月『甲斐・躑躅城・武田信玄・鷹司簾中(三条夫人)』
「御屋形様、いかがいたしましょう?」
「永高内親王が薨御なされるとはな、これだけでも驚きなのに、近衛稙家卿から婚姻の話が来るとは思わなかった、近衛卿は足利将軍家を見捨てる心算か? それとも我が武田家と将軍家を秤に掛けているのか? 簾中はどう思う?」
「今の公家は摂関家といえども、家をを保ち生き残る事に必死でございます。暮らし向きを支えられず都落ちするのは、実家の三条家も度々あった事でございます。九条稙通卿ですら経済的に困窮され堺や九州に都落ちされておられます。今も大半の公卿が伊那と駿河に下向しております。近衛卿としては将軍家が盛り返せばよし、武田家が隆盛を極めてもよし、将軍家と武田家の橋渡しを出来れば更によしと考えておられるのでしょう。」
「簾中もそう思うか、武田と将軍家の間を調停出来れば、近衛卿の立場は確固たる地位を築けような。だが武田と将軍家が争えば娘たちが敵味方で有ろう、武家ならば致し方ない事だが、近衛卿にもその覚悟が御有りなのだな?」
「御屋形様、もし武田と将軍家が争えば、近衛卿は逃げ離れて様子を見られるでしょう。その上で両家に娘と孫の得度助命を内々に申し入れる事でしょう。」
「血縁を僧にする代わり助命を願うのか、まあ摂関家の血縁を殺すのは気が引ける故、大抵の武家はその条件を飲むであろうな。近衛卿が娘を義信の側室では無く、公之の正室に婚姻話を持って来たことが問題だな。譜代衆の中に公之を担ごうとする者が現れるかもしれん。」
「まさかそのような事が起こり得るのでしょうが? 同じ腹から産んだ子に差を付けるのは心が痛みますが、義信殿と公之殿では明らかに力に差が有りましょう?」
「だからこそだ、譜代衆の中には国を押領しようと、幼君や愚か者を当主に就けようする者が多い、僅かでも隙を見せればそこを突かれるのだ。万が一にも義信が若くして亡くなるようだと、鷹司太郎と三条公之で家中が割れかねんのだ。」
「そこまで考えておかねばならないのですね。ならばお断りなられますか? 北条から実信と公之に側室を送りたいと申し込みが有ったのですね? 北条の姫は公之の正室として御迎えになられますか?」
「難しい所よな、朝廷工作する上での力関係も有る、近衛卿も婚儀の話を持って来た以上、武田にも利が有り断られないと判断しているのだろう。それを断れば後々問題も出てこよう、義信の意見も聞きたいところだな。」
「左様でございますね、義信の考え次第でございましょう。それにそもそも義信が長生きしてくれれば、譜代衆も策謀のしようも有りますまい。」
「うむ、それが全てであろう。義信には諏訪でじっくり構えさせ、儂が動くことにいたそう。」
「それが宜しゅうございますね、雪解けして義信が諏訪に帰ってから全てを決めれば宜しゅうございます。」
2月『近江・日吉大社』
「山階の、どうすればよかろうの?」
「どうもこうもあるまい、興福寺の後押し受けた大和四座に押されて、我ら近江六座は衰退しておる。ここは我ら賤民を大切にし、武家にまで御取り立て下さる鷹司卿に御助力すべきであろう。」
「鷹司卿には一門の者を甲斐信濃で座を開かせていただいておるしな。」
「その通りだ比叡の、今までも色々情報を流してきたのだ、今更六角様が禁止しようと聞けるものではない!」
「だがな敏満寺の、今我らは近江に住み座を開いておるのだ、六角様の意向を全く無視する事は不可能であろう?」
「表向き従う振りをしておればよい、漂白の者たちが今まで通り芸に各地を回る事を禁止などできん、そんな事をすれば皆飢え死にしてしまうわ!」
「そうよな、鷹司卿の手の者共がくれる褒美が無くては、今の近江六座は全ての座員を喰わしてやれぬ。」
「そうよな比叡の、美濃に行って芸を披露すればたんと褒美が頂ける。」
「だがな大森の、それに見合う情報を持って行かねばなるまい。」
「それは当然であろう酒人の、儂は寧ろ酒人の者たちが羨ましいよ、甲賀衆と懇意の者が多いから褒美に成る情報が多く手に入るであろう?」
「だがその分命懸けだぞ? 甲賀衆と伊賀衆は伊那に有る非人の里まで襲ったと言うではないか、そのような掟破りをする者たちの情報を流すなど、命がいくらあっても足りぬは!」
「そうそこよ! 公方も細川も六角も我らを人とは思っておらん! あの焼き討ちでは、我が下坂座配下の者の小屋まで焼かれてしもうたわ! 命ずる奴らも許せぬが、唯々諾々と掟を破って実行した者共が許せぬ!」
「そうか、下坂座の者たちの小屋も焼かれたのか、実は我が山階座の白拍子が伊那の侍に見初められてな、座を抜け妻に迎えて貰って下さっておるのだが、その折も座を抜ける承諾を求めて丁寧な手紙を送ってくださってな、その元白拍子が焼き討ちの際に、家を焼かれた上に顔に火傷してしもうてな。」
「なに? それは許せんな。だが侍の館まで焼かれたとは、伊那の被害は吉岡城以外はそれ程酷くは無かったはずだか?」
「うむ、何やら武具を作っておる郭が狙われたそうじゃ。」
「その白拍子の旦那は郭の長屋に住んでおったのか?」
「いや元々が弓師で有ったのだが、鷹司卿に士分に取り立てて頂き郭の主となったそうだ。」
「なんと! 弓師が士分で郭の主じゃと?」
「まあそこが問題では無いのじゃ、顔を火傷したにも関わらず旦那は白拍子をそのまま妻に置いてくれておるし、白拍子に鷹司卿から直筆の見舞いの手紙が届いてな、しかも見舞いとして生涯1人扶持を頂く事に成っておるのじゃ!」
「なに! 真か山階の? 噂では鷹司卿が我ら賤民を庇護して下さると聞いてはいたが、そこまで手厚くして下さっておるのか!」
「のう皆の衆、これは言おうかどうか迷っておったのだがな。」
「今更何を言っておるのだ酒人の、この場は近江六座の生末を決める大切な話し合いの場ぞ、隠し立てなど許されぬぞ!」
「いや余りに信じ難い話で有ったのでな、公方や六角が鷹司卿を貶める為に広めた嘘と言う事もあるの出な。」
「ああ、あの話で有ろう。鷹司卿の側室が賤民の河原者だと言う話であろう。いくらなんでもそれは嘘であろうよ。」
「いや実はそれが本当だと言う話だ、懇意の甲賀衆が本心から驚いておった。今鷹司卿の副将を務めておられる猿渡飛影の養女と言う体裁に成っておるが、そもそも猿渡と言う苗字で判るであろう。修験者出身と申しておるが、猿楽の流れを汲んでおるのは明白じゃ。しかも鷹司卿が5歳のみぎりに救われた、河原者のたちのなかに側室衆がおられたそうじゃ。」
「ちょっと待ってくれ酒人の、側室衆と言う事は1人では無いのか?」
「そうなのだ山階の、3人おられる側室全てが河原者と言う話だ。」
「そう言えば正室の御父上であられる九条卿は、山窩から飯綱の法を学ばれておられたの!」
「皆の衆! これで我らの道は明白になったのではないか? 六角に従っておっていいのか? 座の者たちの為にも、我ら賤民を人がましく扱ってくださる鷹司卿の為に働くべきであろう!」
『いかにも!』
猿楽
漂泊の白拍子、神子、鉢叩、猿引きらとともに下層の賤民であり同じ賤民階級の声聞師の配下にあった。
近江猿楽
中世に近江国(滋賀県)に存在した猿楽の座
日吉神社参勤の山階座・下坂座・比叡を上三座
敏満寺・大森座・酒人座を下三座
山階座は長浜市山階
下坂座は長浜市下坂
比叡座は大津市坂本
敏満寺座は多賀町敏満寺
大森座は東近江市大森
酒人座は甲賀市水口町酒人
算置・占い師
傾城・遊女
七道者
猿楽、アルキ白拍子(漂泊する白拍子)、アルキ御子(漂白する巫女)、鉢タタキ(鉢叩)、金タタキ(鉦叩)、アルキ横行(漂白する横行人)、猿飼
声聞師座・大和四座
大和国奈良の興福寺・「五ヶ所」「十座」といった集団的居住地
日吉大社・近江猿楽の上三座・下三座
声聞師・京都では散所非人
10
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生 上杉謙信の弟 兄に殺されたくないので全力を尽くします!
克全
ファンタジー
上杉謙信の弟に転生したウェブ仮想戦記作家は、四兄の上杉謙信や長兄の長尾晴景に殺されないように動く。特に黒滝城主の黒田秀忠の叛乱によって次兄や三兄と一緒に殺されないように知恵を絞る。一切の自重をせすに前世の知識を使って農業改革に産業改革、軍事改革を行って日本を統一にまい進する。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】ゲーム転生、死んだ彼女がそこにいた〜死亡フラグから救えるのは俺しかいない〜
たけのこ
ファンタジー
恋人だったミナエが死んでしまった。葬式から部屋に戻ると、俺はすぐにシミュレーションRPG「ハッピーロード」の電源を入れた。このゲーム、なぜかヒロインのローラ姫が絶対に死ぬストーリーになっている。世界中のゲーマーがローラ姫の死なない道を見つけようとしているが、未だそれを達成したものはいない。そんなゲームに、気がつけば俺は転生していた。しかも、生まれ変わった俺の姿は、盗賊団の下っ端ゴブリンだった。俺は、ゲームの運命に抗いながら、なんとかこの世界で生き延び、死の運命にあるローラ姫を救おうとする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる