裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全

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第一章

第5話:襲撃

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「新之丞様、御食事の用意ができました。
 そちらに運ばせて頂いて宜しいですか?」

「それは面倒だろう?
 それに、房殿が私の食事を世話してくれる間、仙吉はどうするのだ?」

「仙吉は後で私と一緒に食べさせていただきます」

「武家勤めしているのならともかく、まだ幼いうちから我慢させる事はない。
 私も幼い頃は自由にさせてもらっていたし、父と並んで食べていた。
 何より仙吉を待たしていては何を食べても味がしない。
 私がそちらに行くか、仙吉をこちらに呼ぶかしてくれ」

「あの、では、こちらに呼んでやってください」

「そうだな、食事の準備を房殿に頼むのは大丈夫だが、房殿の部屋に私が入り込むのは外聞が悪いからな」

 そう言われた房は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

「仙吉、こちらで一緒に食べるから来なさい」

「はい!」

 新之丞に呼ばれた仙吉は満面の笑みを浮かべて新之丞の部屋に行った。
 その喜びようは、笑顔だけでなく、長屋の通りを駆ける速さからも分かる。
 新之丞が部屋の入り口の方を向いて、膳の前に胡坐している。
 仙吉も新之丞に言われて房が用意した、新之丞の右斜め前に置かれた膳の前に胡座する。

「しっかり食べて、武士に相応しい身体を作るのだぞ」

「はい、若様」

 滅多に、いや、生まれて初めて食べる鮴の煮付と白魚の卵とじに、仙吉の食はとてもすすんだ。
 いや、おかず以前の問題で、普段は玄米飯なのに今日は白米飯なのだ。
 食が進まない方がおかしい。

「母上、お代わりを下さい」

「これ、新之丞様が先です!」

「いいのだ、房殿。
 先に仙吉の分をよそってやってくれ」

 実の親子のように食事をする二人を見て、房は顔を赤らめるばかりだった。
 新之丞に厳しく言われて、房も仕方なく一緒に食事をした。
 仙吉は生まれて初めて男性と並んで食べるご馳走にとても興奮していた。

 ついつい食べ過ぎてしまって、苦しくなるほどだった。
 そんな仙吉の腹を、新之丞が私も父にこうしてもらったと擦ってやった。
 そんな夢のような時を過ごした房と仙吉も、満腹に苦しみが軽くなった頃に自分達の部屋に戻って行った。

 裏長屋の木戸は新之丞達が食事を取っていた暮れ六つには閉められている。
 その長屋木戸に一番近い棟割長屋の部屋には伊之助達がいる。
 伊之助達に気付かれずに新之丞を襲うには、町内の塀を乗り越えないといけない。

 今が暮れ六つ半で大通りの町木戸が閉められるのが夜四つ。
 襲撃後に逃げる事を考えれば、今から一刻の間に襲撃される可能性がとても高い。
 新之丞がそう考えていた通りに襲撃者が現れた。

「強盗だ、強盗だぞ!
 出るな、部屋から出るんじゃないぞ!」

 襲撃者達が大木槌を振るって長屋木戸を破壊して入ってきたのだ。
 伊之助が大声で長屋中に注意をしている。
 九尺二間の二十軒棟割長屋が二棟に二間二間の割長屋が一棟。
 大小の表長屋が十棟の町内である。

 貧富の差はあっても結束は強い。
 危険だから家から出るなと言われたら誰もでない。
 憶病者は神仏に祈り、気の強い奴は戸の内側で包丁を握っている。
 大半の人間は鍋釜を叩い周りに知らせている。

「覆面をして夜陰に紛れて襲うとは、武士の風上に置けぬ卑怯者。
 覆面を取って剣客を気取ろうとも、神仏の目はもちろん私の目も欺けぬぞ。
 何より犯した罪は未来永劫消えぬ。
 取り押さえやるから、一族連座で磔獄門になるのだな」

 伊之助の声を聞いて素早く自分の部屋を出た新之丞は、そう言って襲撃者達を挑発すると、長屋の奥に駆けて行った。
 襲撃者達は急いで新之丞の後を追ったが、既に幾人かは伊之助達に打ち据えられ、更に伊之助達に背中を向けた事で数人が手酷く打ち据えられていた。

 新之丞は聖天社の境内と聖天町の境になっている塀を軽々と飛び越えた。
 襲撃者の中に同じように塀を身軽に乗り越えられる者などいるはずもない。
 無様な姿で塀をよじ登るか、長屋木戸の方に戻るか迷っていた。

「碌な修行をしていないから、追剥に身をやつしても碌な仕事ができない。
 剣客にもなれず追剥にもなれず、三尺高い木の上に載る事になる。
 親不孝の極みだな!」

「おのれ、言わしておけば好き勝手に言いやがって!」

 手拭いを盗人被りにした襲撃者達は後先も考えずに次々と塀によじ登った。
 新之丞は、そんな愚か者達を聖天社側で待ち構えていた。
 ばらばらに塀を乗り越えてくる襲撃者達を鉄扇で各個撃破する。

 何とか塀を乗り越えた所を鉄扇でしたたかに叩かれ骨が砕けては、もう戦えない。
 骨を砕かれた所を押さえて呻く襲撃者達を残して、新之丞は聖天社の境内を突っ切り、大通りに出た。
 そのままぐるりと大通りを右に曲がって自分達の住む長屋木戸がある方に向かう。

「大給松平家宗家の者か?!」

「何奴!」

「たわけめ!」

 新之丞が、途中に潜んでいた見張りであろう者の背後から厳しく問うと、刀を抜いて振り向うとするから、鉄扇で手足の骨を砕いて身動きできないようにした。
 新之丞は安全を確保してから自分達の長屋に戻った。

「無事か、誰も怪我人はいないか?」

「こんな連中に怪我させられる私たちじゃあありませんや。
 長屋の者達も私の友達も、誰一人怪我しちゃいません」

「それならいい、倒れている連中を駕籠で運んでくれ」

「どこに運ぶんですか?」
(御老中の手の者が見張っているかもしれません)

 伊之助が囁くように注意する。

「御嶽山でも高尾山でも日光山でも何処でもいい。
 伊之助達に伝手のある寺社に放り込んでおいてくれ」

「面倒になられましたか、新之丞様?」

「ああ、段々面倒になってきた」

「何でしたら、ばっさりと全て断ち切る事もできますが?」

 伊之助は囁くような声で言った。

「そうだな、あまり面倒をかけるようなら代わりの老中を選んだ方がいいかもしれないが、今暫くは上様が選ばれた侍従を信じてやろう」

 新之丞も囁くような声で答える。

「御意」

「長屋の衆、今回の件は私が長命寺で女駕籠を助けたのが原因のようだ。
 これ以上問題が起きないように、談判に行ってくる。
 狼藉者達は証人として連れて行くので、御上の役人が来たら、そう言ってくれればいい」

 新之丞はそう言うと、誰にも分からないように伊之助達に指示した。

「じゃあ俺達が手伝いましょう。
 流石にこれだけ多いと新之丞様だけでは大変だ。
 新之丞様は駕籠で運べと申されましたが、この夜分にこれだけの怪我人を運ぶ駕籠を見つけるのも大変ですぜ。
 幸い俺の友達が川舟を使ってここまで来ています。
 少々多くても川船なら運べますぜ」

「だったら俺っちの友達の船も使ってください。
 丁度日暮里に住む友達が川舟を使って遊びに来ていたんです」

「そうか、雉之助の友達も川舟で遊びに来ていたのか。
 だったら礼金を払うので、談判相手の所まで運んでくれ」

「「「「「よろこんで!」」」」」
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