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第一章

第5話:火付け盗賊

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神暦2492年、王国暦229年1月17日:王都第1屋敷・ジェネシス視点

「ジェネシス王子、世の中には金を第1に望む者と名誉を第1に望む者がいます」

 俺は先ほどセバスチャンに質問した事の答えをここで教えてもらう事にした。
 セバスチャンが王城内では話せないと言ったからだ。

「うむ、その事は以前教えてもらったのを覚えている」

 ようやく話をしてもらえるようになったのは、家臣達が働いてくれたお陰だ。
 俺の物になると決まった王都屋敷を整えてくれた。
 元から住んでいた騎士と使用人を全て追い出して。

「聡明な王子の事ですから、覚えてくださっていると思っていました。
 ですが本当に実感しておられるでしょうか?」

「どう言う意味だ?」

「王子が国王陛下に望まれた実力主義の密偵達は、騎士家でも領地の少ない家の者達でございます。
 役職を与えられ、魔境で狩りをする自由を与えられても、生活に困る者ばかりでございます」

「なるほど、食べる事のできない陪臣騎士の位よりも、騎士に成れない程度のわずかな領地や、ある程度まとまった現金の方がありがたいのだな?
 彼らの子弟ならば、実力で稼げると思ったのだか、違ったのか?」

「確かに彼らの子弟ならば、金銭的余裕と時間があれば、魔境に入って稼ぐ事ができるかもしれませんが、元となる武器や防具がございません」

「……子弟に武器や防具を買い与えられないほど貧乏なのか?
 生活に困っているとは聞いていたが、それほど酷いのか?」

「近年は属性竜による噴火や津波による大被害も起きております。
 1度火山灰が降ってしまうと、何十年と農作物が採れなくなります。
 そのような領地を持つ者の困窮は見ていられないほど酷いのです」

「父王陛下や大臣達は見て見ぬ振りか?」

「属性竜や魔獣による災害は人知の及ぶところではない、と言うのが王家や王国の公式見解でございます」

「おのれの無能や怠惰を自然や魔獣のせいにするとは、卑怯すぎる!
 ……王子として、できる限りの事をしなければいけない。
 少なくとも俺の手の届く範囲だけは何とかしたい。
 何か良い方法はないか?」

「では、名誉を欲しがっている者に普通なら絶対に手に入らない名誉を与え、その対価として金銭を支払わせます。
 その金銭で手柄を立てた者達に褒美を与え、子弟に武器や防具を買い当てられるようにすれば、直ぐに良き家臣が得られます」

「だが、金のある者に我が家の使用人という名誉を与えてしまったら、もうあの者達の子弟を陪臣騎士に取立てられなくなるぞ?」

「金持ちへの名誉と配下への褒美、両方与えるのでございます。
 金持ちの娘に、王子の側に仕える栄えある役を与えるのです。
 欲の皮の突っ張った連中は、金に糸目をつける事なく、見習い女中の座を得ようと近寄ってきます」

「そんな連中の相手はしたくないのだが、家臣達に与える金を得るためなら、そこは我慢しなければいけないのだな?」

「こんな時こそ身分差によるマナーを盾に取るのでございます。
 金持ちとはいえ平民の娘でございます。
 王子に直接話をする事など絶対に許されません。
 以前から仕えてくれている侍女達に作法を教えさせればいいのです」

「何も知らない娘達を騙すのは胸が痛むが……」

「王子、私に任せてください、しっかりと人柄を見極めます。
 心映えの好い娘は来させません。
 あわよくば王子の子種を手に入れようとするような、醜い心の者を選びます。
 殿下が心を痛める事のない者を選びますから、ご安心ください。
 それに、連中も損するわけではありません。
 王子の屋敷で行儀見習いをしたとなれば、縁談が有利になります」

「なるほど、心映えの悪い娘はそれでよかろう。
 だが心優しき娘がいたらどうするのだ?
 行儀見習いに不合格になったとなれば、縁談に悪い影響を与えないか?」

「心映えの好い者は、オードリー様に仕えさせます。
 オードリー様の御側は、できるだけ多くの忠臣で固めたいですから」

「なるほど、それは名案だ、後は任せたぞ」

「はい、お任せください」

 カン、カン、カン、カン、カン!

「セバスチャン、火事のようだぞ!」

「はい、お前達は直ぐに様子を見て来い!」

「「はっ!」」

 セバスチャンの指示を受けた2人の護衛が執務室を出て行った。

「また盗賊団が放火したのだろうか?」

「その可能性が高いと思われます。
 1度王城に戻られますか?」

「ようやく後宮から出られたのだ、あそこに戻るくらいなら、セバスチャンの屋敷で世話になる」

「そうなればとても光栄な事ではございますが、本気ですか?」

「冗談だ、それよりは町民街の方は大丈夫か?
 騎士団から手助けはでないのであろう?」

「はい、騎士団が手助けするのは貴族街まででございます。
 それも、よほどの事がない限り手伝いません。
 通常は貴族や騎士が家臣を率いて火消しと盗賊の取り締まりを行います」

「町人街は民政大臣のわずかな配下と見廻騎士団だけか……」

「町人達が独自で組織した火消し隊がおります。
 王子がそれほど心配なされる事はありません」

「いや、王都の民を守れないような者に王子を名乗る資格はない。
 俺には火を消す知識や技術などないが、豊富な魔力と魔術がある。
 その豊富な魔力で水魔術を使えば、消火できるのではないか?」

「王子、王子は後宮に閉じ込められたいのですか?
 そのような危険な事をすれば、今度こそ狩りの許可が取り消されますぞ!」

「……それは嫌だが、民の不幸を見て見ぬ振りはできない。
 俺がここにいて、配下を派遣した事にすればよい。
 とにかくここにいては何もできない。
 現場に行って俺にできる事をするのだ!
 馬引け、火事場に行くぞ、馬引け!」

 俺は馬を全力で駆けさせて最短距離で火事場に行くつもりだった。
 だが、必死で避難する人々と野次馬が道を塞いでしまっていた。

 配下の者達は声を枯らして道を開けてくれるか、大きく迂回するしかなかった。
 何とか火事の現場にたどり着いたのは、日付の変わる直前だった

「何者だ?!
 ここを放火の現場と知って騎馬で乗り込むとは何事だ!
 どれほどの大身騎士家であろうと許される事ではないぞ!」

 度胸のある見廻騎士団員が俺達を怒鳴りつける。
 さすがに王子の身分を示す鎧は装備していないが、騎士家当主に相当する飾りのついた鎧を装備しているのだ。

 騎士団の中でも最下等扱いされている見廻騎士団員、それも徒士装備の者が騎士家の当主相手にそんな口を利いたら、普通なら大問題になっている。
 相手に性根が腐っていたら、処刑されてもおかしくない。

「マディソン見廻騎士団団長、私はジェネシス王子の傅役セバスチャンだ。
 王子がこの町人街の火事を屋敷から見られて、民の事を心配されたのだ。
 幸い魔力の多い水魔術の使い手がいる。
 鎮火に協力したいのだが、どこに水を放てばいい?」

「王子に尊いお気持ちとセバスチャン殿の申し出はとてもありがたい。
 この通り、お礼を申し上げる」

 マディソン見廻騎士団団長が兜をとって頭を下げてくれる。

「しかしながら、水魔術の使い手は町人街の火消し隊にもいるのです。
 尊き身分の方の護衛を減らすわけにはいきません。
 どうぞ直ぐに屋敷に戻られて、王子の護衛に専念されてください」

 どうやら俺がジェネシスだと気が付いているようだ。
 もしかしたら、俺が手伝うと火消しや捜査の邪魔になるのか?
 邪魔だとしたら直ぐに帰るが、本当に手伝えること何もないのか?

「そうですか、大切なお役目の邪魔になってはいけないので、帰った方が良いのなら帰らせていただきますが、本当にいいのですね?
 ジェネシス王子の配下という立場が、盗賊達の捜査に役立つのであれば、使ってもらって良いと言われているのですが?」
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