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第一章

第13話:元奴隷の村

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 聖歴1216年1月9日:エドゥアル視点

 誘拐されて奴隷として売春を強要されていた人たち。
 故郷に戻っても心無い陰口で傷つけられる事は簡単に想像できる。
 大半の人間が邪悪な心を持っていることは否定のしようがない。
 良心を常に保って他人に優しく接し続けられる人など極わずかだ。
 心に深い傷を受けた人が他人と接したくないと思うのは当たり前の事だ。

「パーフェクト・エリア・ライト」

 転売された人たちを全て助けるには多少の時間がかかった。
 音速を超える速さで往復しても深夜までかかってしまった。
 だから新しく一軒家を創る土地に被害者たちを連れてきた時には、周囲を昼間のように明るくする魔術をかける必要があった。

「うそだろう、信じられない」
「こんな広範囲を明るくする魔術なんて聞いた事がないぞ」
「え、なんなの、いつまで明るくなっているの」
「普通のライトは直ぐに暗くなるわよ、こんなの信じられない」

 ここに連れてきた人たちは冒険者ではなく、奴隷にされる前は町民だった。
 それでもこの世界に生きてきた人ならば、多少は魔術の知識がある。
 俺の魔術が常識外れだと言う事くらいは分かるのだろう。
 これでも100分の1くらいに抑えているのだが、失敗したな。
 魔法の絨毯に何十人も載せているのだから、これくらいできて当たり前なのだが。

「これくらいは、真の勇者である俺には簡単な事だ。
 俺を偽物の勇者や偽りの召喚聖者の生まれ変わりと一緒にしない方がいい」

 常識外れの魔術を1つ見せたとしても、他も想像できると思ってはいけないな。
 まあ、ガブリエルたちを追い込むために、最初から噂を流すつもりだったのだ。
 その内容が多少増えても気にしない方がいいだろう。
 そんな事よりも、大切なのは傷ついた人たちが安心して暮らせるようにする事だ。
 そのためなら非常識な魔術を披露するくらいの恥ずかしさは我慢すべきだな。

「ソイル・コンプレッション・エンハンスメント」

 俺は目の前に広がる大地の土を圧縮して強固な岩盤を創り出した。
 普通の土を大量に圧縮強化すれば、莫大な空間で土がなくなる事になる。
 その莫大な広さのすき間は、村や一軒家を護る空堀になる。
 ご近所トラブルは避けたいので、一軒家の間は100mくらいあける。
 圧縮強化した岩盤で二階建ての一軒家建て、家を護る3m級の防壁も築く。

「パーフェクト・エリア・フロウティング」

 圧縮強化した建材用の岩盤は最初から計算していたので、浮かせて移動させる浮遊魔術は不要だったけれど、建築作業中に出た大量の木材は別だ。
 家や防壁には木材を使わないので、森林の中にあった木々は、将来農地にする予定の場所に積み重ねていく。
 それほど寒くない地方だが、暖房や料理に材木が必要になる。

「しんじられない、しんじられない、しんじられない」
「うそでしょ、うそだといって、なんなのよ、これわ」
「神なの、貴男様は神なのですか」

 魔法の絨毯に乗せて連れてきた被害者たちが独り言を口にしている。
 安心してもらうために、ほんの少しだけ本気を出したのだが、ちょっとやり過ぎてしまったのかもしれない。
 さっきライトを使った時に分かったつもりになっていたが、分かっていなかった。
 俺の感覚は普通の人たちとは違い過ぎているのだ。

「俺ていどを神と言ってはいけないよ。
 この世界を救ったという召喚聖者たちは、この世界を作り替えたじゃないか。
 俺がやっているのは、たかだか森の木や土を移動させているだけだ。
 だけど、この程度の力でも、君たちを護るだけなら十分なのだよ。
 だから安心して家族と一緒にここに移住すればいい」

「ありがとうございます、真の勇者様。
 もし家族が私と一緒に移住してくれると言うのなら、よろこんで移住させていただきます。
 いえ、家族が一緒に来てくれなくても、私はここに移住させていただきます」

「ぼくも、僕もよろこんで移住させていただきます」
「私もここに移住させていただきます、ここなら安心してくらす事ができます」
「私もです、私もここでくらしたいです」
「このままここでくらすのはダメなのですか?」
「わたしも、私ももう売春宿には戻りたくないです」

 よかった、本当によかった。
 絶望から立ち直れていなかった人たちが、少しは希望を持ったようだ。
 このままここに移住したいと言ったのは、今俺たちが拠点にしているサン=ジャン=ド=リュズの売春宿で働かされていた女性だ。
 恐怖と痛みの過去しかない場所には戻りたくないのだろう。

「分かったよ、創ったばかりの一軒家に野宿する事になるけれど、今日はここに泊まって行こう。
 食事はその辺に浮遊させている猪か鹿、野牛をさばいて食べよう」

「はい、おねがいします、ここにいさせてください」

「元も場所に戻りたい者はいるか。
 いるのなら連れて帰ってやるから遠慮せずに言え」

「ここでいいです、いえ、ここがいいです、ここに泊まらせてください」
「私もここに泊まりたいです」
「私はもう売春宿のは戻りたくないです」
「私もここで家族が来るのを待ちたいです」

 予想していたように、ここに連れてきた32人全員が残りたいと言った。
 運がいい事に、彼らが魔法の絨毯で寒い思いをしないように、売春宿にあった毛布にクリーンの魔術をかけて防寒させていた。
 毛布だけでなく、腐れ外道どもが使っていた防寒衣もクリーンの魔術をかけて着させていたから、1日くらいの野宿なら平気だろう。

「猪や鹿の解体ができる者は手伝ってくれ。
 塩や香辛料は持って来ているから、新鮮な焼き肉が喰えるぞ」

「私、豚の解体をした事があります」
「私も豚や鹿の解体をした事があります」
「解体をした事はありませんが、料理なら手伝えます」
「私も料理なら手伝えます」

 地獄のような場所から救い出されても、何もしなければ過去の辛い記憶に囚われてしまい、安心する事などできないだろう。
 忙しくさせる方が嫌な事を思い出さないし、悪夢をみずにグッスリ眠れるだろう。
 それに、何か役割を与える事で、生きていく自信をつけさせたほうがいい。
 彼女たちの表情を見て、助けるだけで終わりではないのだと心から理解できた。

「だったら1人1人に役割を与えるから、しっかりと働いてくれよ」

 俺は1人1人からよく話しを聞いて、解体役や料理役だけでなく、掃除役や洗濯役、農作業役や水汲み役などの多くの役目を与えた。
 特に気を付けたのは、何も役に立たないと思わせない事だ。
 必ず何かで役に立っていると思わせる事に細心の注意を払った。

「臭みがでないように魔術で殺したから、安心して解体を始めてくれ。
 もう血と内臓は抜いてあるから、内臓を傷つけて肉がダメになる事はない」

 解体に失敗して内臓の中にある糞尿が腹腔内にでてしまうと、肉が臭くなるだけではなく、腐るのが早くなってしまう。
 血もちゃんと抜いていかないと、肉が不味くなってしまう。
 殺す前に暴れさせて体温が上がっても、肉が不味くなる。
 そんな失敗をしないように、魔術で殺して美味しく食べられるようにしておいた。

「血のソーセージが食べたい者は言ってくれ。
 内臓が食べたい者も遠慮なく言ってくれ。
 ただし、タンだけは俺に食べさせてくれ。
 タンを燻製したハムは、誰にも分けたくないくらい大好きなのだ」

「分かりました、私もタンは好きですが、真の勇者様が大好きなら諦めます」
「私はロースが食べられたらそれでいいです」
「私は脂がたっぷりついたバラが大好きなので、バラが食べたいです」
「内臓は捨ててしまうのですか、腸はソーセージを作る時に使いたいです」
「私は血のソーセージが作りたいのですが、いいですか」

 俺が自分の欲を表に出したせいか、彼女たちも自分の食べたい物を話してくれた。
 全員ではなく、半数ほどだが、心を開きだしてくれている。
 焦る事なく、このまま徐々に彼女たちの心を癒していきたい。
 焦って彼女たちを心の殻に閉じ込めてはいけない。

 軽々しく家族と一緒に暮らせばいいと言ってしまったが、家族の性質を見極めてからでないと、取り返しのつかない事になってしまうかもしれない。
 家族が良識を持った人だとは限らない事を忘れていた。
 忘れてしまうくらい、素晴らしい家族に育てられた事を感謝しないといけない。
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