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1話

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「ファンケン公爵エレノア。
 貴君は不敬にもアキーレヌ王太子殿下を殴った。
 この罪は許し難い。
 よって爵位を剥奪し追放刑とする。
 ファンケン公爵家の領地は王家が収公することにする。
 異議はないな!」

「ございます。
 私は襲われたのです。
 アキーレヌ王太子殿下に襲われ、貞操を守るために仕方なく叩いたのです。
 しかたなく叩いただけで、叩きたかったわけではありません。
 それに殴ったわけではありません」

「黙りなさい!
 なんたる不敬!
 アキーレヌ王太子殿下を無実の罪に陥れ、名誉を穢すとは許し難い。
 これ以上の弁明を聞く必要はない。
 これにて貴族院の裁判を終了する」

 遠見の鏡を見ていた私は、怒りではらわたが煮えくり返りそうです。
 貴族院議長は王太子やキアナから賄賂でも貰っているのでしょう。
 いえ、もらっているに違いありません。
 他の貴族院議員の連中も、賄賂か公爵領の利権分配で懐柔されています。
 でも、そう簡単にはいきませんよ。
 公爵領には天下無双の勇者、レノヴァ叔母がいるのです。
 万余の兵で攻め込んでも、寸土も手に入れる事はできません。

 さて、これでもう命をすり減らして祈る必要もなくなりました。
 愛しい妹エレノアをここまで虐められて、国のために祈る気にはなりません。
 この神殿からはさっさと出て行かせてもらいます。
 急がないと、極悪非道な王太子とキアナがエレノアになにをするか分かりません。
 口を封じるために殺そうとするのは眼に見えています。

 本当は長女の私がファンケン公爵家を継ぐはずでした。
 ところが運悪く、奈落の底に住む魔族を封印する大切な役目「奈落の聖女」に選ばれてしまったのです。
 その聖なる役目を果たすために、公爵家を出て神殿に入り、先代「奈落の聖女」の元で厳しい鍛錬を強いられてきたのです。

 いえ、私の事はいいのです。
 可哀想なのは妹のエレノアです。
 僅か十歳で突然公爵家の後継者を押し付けられ、今迄受けてきた貴族家夫人となる教育から、突然公爵家当主に必要な帝王学を学ばされたのです。
 しかも教育半ばの五年後に、両親が相次いで亡くなり、エレノアは公爵位を引き継ぎ、領地と莫大な財産を守らなければいけなくなったのです。

 腐肉を漁るハイエナや禿鷹のような、とても邪悪な王侯貴族が、まだ力のないエレノアを見逃すことはありませんでした。
 特に悪辣な手段を講じたのが、日頃から素行の悪い王太子アキーレヌです。
 愛人のフィールド公爵令嬢キアナと結託し、罠を仕掛けてきました。
 まず国王を動かし、エレノアを王太子の婚約者としたのです。

 多くの有力貴族の罠を防いでくれていた、叔母で筆頭家老レノヴァも、王命には逆らえなかったのです。
 領地とレノヴァから斬り離され、王宮に閉じ込められたエレノアに、王太子が強引に婚前交渉を迫り、王太子を叩くように仕向けたのです。
 ここまでやられて、私が引き続き奈落を封印すると思っている連中は、度し難い馬鹿という事ですね。
 でも、自然に魔族が現れるのを待つのも芸がありませんね。
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