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第1章

第22話:憑依

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アバコーン王国暦287年5月6日ハミルトン公爵領テンペス城・エマ視点

(本当にやるのですか?
 失敗したらこの身体に戻れなくなるかもしれないと言っていましたわよね?)

(ええ、言ったわよ。
 死ぬのはもちろん怖いし、魂になってこの世界をさまようのはもっと怖いわ。
 でも何より1番怖いのは、何千万人もの他人の命を預かる事よ。
 このままエマの身体を使っていると、その重圧に潰されてしまうわ。
 それと、慣れない権力に酔ってしまって、ジェームズや王太子のようになってしまうのも怖いのよ)

(そういう事でしたら、これ以上止める訳には行きませんわね)

(ええ、私の覚悟が揺らいでしまう前にやらせてちょうだい)

 不老不死の魔術書が見つかる前に、憑依に関する魔術書が見つかってしまったのは、ミサキにとっての運命なのでしょうか?
 それともわたくしにとっての運命なのでしょうか?

 発見されたいくつかの呪文を試すとミサキが言った時、わたくしは複雑な心境になってしまいました。

 呪文が成功したとしても失敗したとしても、この身体を取り返せるかもしれないという喜びと、ミサキと離れ離れになる哀しみです。

 ミサキがこの身体から出て行くことに哀しみを感じるとは思ってもいませんでしたから、正直とまどってしまいました。

 わたくしがこれほどミサキの事を気に入っているとは思ってもいませんでした。
 ですが、よく考えれば当然かもしれません。

 ミサキはわたくしの命の恩人です。
 更に言えば、同じ身体を使って敵と戦った戦友でもあるのです。
 離れ離れになる事を寂しく思うのは当然と言えば当然でした。

 とは言え、わたくしはハミルトン公爵の当主です。
 私情を押し殺して公爵家の利益を最優先にしなければいけません。
 命の恩人で戦友でもあるミサキを殺す決断も必要なのです。

(分かりましたわ、もう止めませんわ)

(もし上手くいって、複製体を動かせるようになっても、ずっと複製体の中に留まれるかどうかは分からなわ。
 アニメやラノベでも、色々な設定があったわ。
 中には呪文に制限時間があって、それを超えたら元の身体に戻る物もあったわ)

(そうなのですか、この身体に戻って来る事もありえるのですね)

(ええ、制限時間だけでなく、眠ると戻る可能性もあるわ。
 私が眠るとその身体をエマが自由にできるのと同じように、この身体に憑依しても、眠ったらエマの身体に戻る可能性もあるわ)

(……成功したとしても、簡単に喜べないのですね)

(ええ、そうよ。
 他にも死んだら元の身体に戻るという設定もあったわ)

(……複製体が殺されるとこの身体に戻ってしまうというのでしたら、絶対に殺されないようにしてもらわなければいけませんわね)

 そんな可能性は考えてもいませんでしたわ。
 殺されるとこの身体に戻って来てしまうのなら、わたくしの手でミサキが憑依した複製体を殺してしまうのは、最悪の手段になってしまいますわ!

 ミサキは魔力魔術を秘匿する事に賛成してくれましたから、無理に口を封じる必要もなくなりました。
 恨みを書く事が確実な殺害は封印できますね。

 ミサキが憑依に成功したとして失敗したとしても、わたくしの利益になるだけで、不利になる事は何もありませんものね。

(じゃあ、試してみるわね)

「アウトオブボディ。
 ポゼッション」

 何のためらいもなく、ミサキはこの身体から出ている呪文と複製体に憑依する呪文を唱えました。
 後はミサキが複製体を支配して動かせるようになるのかを確かめるだけです。

 わたくしとミサキが事前にやれることは全てやりました。
 外部から魔力を流して、複製体をこの身体と同じくらいにまで成長させました。
 同じく外部から魔力を流して、複製体のチャクラと経絡経穴を活性化させました。

「うっ、あっ、あっ、うっ」

「大丈夫?
 これを飲みなさい」

 わたくしは事前に用意していた甘いジュースを複製体に飲ませました。
 外部からの魔力で無理矢理成長させた複製体は、正常に成長した人間とは大きく違っているとミサキが言っていました。

 身体を動かした事がないどころか、声を発した事もないので、生まれたばかりの赤ちゃんが覚える事を全て飛ばして成人になっているのです。

 ミサキが憑依に成功したとしても、その全てを短時間で学ばせなければ、この身体と同じように使えないどころか、並の農夫にさえ劣るというのです。

 わたくしと同じ姿で、そのような無様な言動をさせる訳には行きません。
 この身体と同じだけの言動ができるようにならなければ、人前には出せません。

 急速に身体を強くしたいのなら、魔力による身体強化しかありません。
 身体強化を使うのなら、魔力を蓄えなければいけません。

 魔力を蓄えたいのなら、淑女にふさわしくない暴飲暴食をくり返すしかありませんが、複製体の存在はわたくしとミサキ以外には絶対の秘密です。

 秘密にするために、ハミルトン公爵家の当主と後継者しか知らない、秘密の抜け道の中にある休息室で、複製体を創りだしたのです。

 だから、それでなくても公爵令嬢にふさわしくない暴飲暴食をくり返しているわたくしが、複製体の分の食事も食べた事にしなければいけないのです。
 恥ずかしいのにも程がありますが、我慢するしかありません。

 魔力を使った身体強化状態で鍛錬をすれば、恐ろしいくらい早く身体が強くなる事は、身をもって体験しています。

 魔力をチャクラと経穴に蓄えることができれば、信じられないくらい強くなれる事も、身をもって体験しています。

 この身体をわたくしが使い、同じくらい強くなった複製体をミサキが使えるようになれば、どのような敵が相手でも勝てるようになります。

 この憑依実験がわたくしの思う通りの結果になれば、2体目の複製体を完成させて、通常は複製体を使うようにすれば、暗殺も恐れずにすみます。

 万が一複製体が殺されたとしても、自分の身体に戻ればいいのです。
 もう何も恐れるモノのない、ある意味不老不死の存在になれるのです。

 唯一問題があるとすれば、公爵令嬢にふさわしくない暴飲暴食ですが、得られる利益に比べれば、心無い噂や陰口などささいな事です。
 どうせ女王になれば心無い噂や陰口など、どれほど禁じようと生まれてきます。

「ミサキ、慌てる事なく堅実に魔力を蓄え身体を強化してくださいね。
 貴女が言っていたように、何が原因でいつこの身体に戻るか分からないのです。
 堅実に一歩一歩進めてくださいね」
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