七色ウィークリー

てりたまの助

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16年4月14日 木曜日

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 木曜日には気力と体力がピークに達するという人は多いようで、この日に休診を掲げる病院も多い。お医者様も人の子なのだろうと考えてしまうが、蓋を開けてみれば医者同士の勉強会が行われたりしているようだ。

 お医者様は大変だと感謝の念は絶えないが、木曜日に病気を患ってしまう人も大変である。

 ピピピッと体温計の報せを受けて、ベッドの脇に膝立ちする水曜日が右手を差し出した。

「見せて」

「はい……」

 ベッドの上で掛け布団を被った木曜日が、モゾモゾと脇から体温計を抜き出す。

「37.8度。ちょっと高いかな」

 水曜日が受け取った体温計をケースに仕舞っていると、木曜日は赤い顔に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「すみません、水姉すいねえさん。折角の、お休みなのに……」

 木曜日の謝罪に、しかし水曜日は笑顔を作った。

「いいのいいの。今日は金のちゃんもいないし、げつねえ達に任せる訳にもいかないしね」

「すみません……」と言いながら僅かに咳き込む木曜日の額に張り付いたオレンジの前髪を掻き分け、水曜日の笑みは深くなる。

 水曜日は木曜日の姉なのだから、面倒を見るのは普通に当然のことだ。しかし、水曜日より先に産まれた姉二人と母に至るまでもが看病する姿を想像できない。

 木曜日が風邪を引いてしまったと家族に伝えてきたのは、双子の妹でありルームメートでもある金曜日。

 食事当番である木曜日の代わりに朝食を作りながら、金曜日は出掛ける用事があると言って家族に看病を頼んだ。

「あら、そうなの? 大変ねぇ。ママも今日は、借りてきた映画を消化しなきゃいけないから大変なのよぉ」

 二十歳を過ぎれば我が子も他人と言わんばかりの態度で、さっさと朝食を食べ終えた土曜日はテレビに向かった。

「すまん、仕事が」あるのは知っている。父の日曜日は初めから考慮に入れていない。「パパの扱い酷くない!?」と異議を申し立てるも、最早誰も彼の言葉を聞いていなかった。

 当然、月曜日は部屋から出て来ていない。

「適当に薬飲んで寝てれば治るだろ」

『大特価』のシールが貼られた薬を食卓に並べ始める火曜日。家族全員が、その効き目も割引されていそうだなあと心の中で思った。

水姉すいねえぇ……」

「うん、大丈夫だよ。今日休みだから」

 水曜日が木曜日の看病を引き受けると、目尻に僅かな涙を溜める金曜日の表情を覆っていた雲が晴れた。

「ありがとうっ!」

 朝の会話を思い出しながら、水曜日は思った。わたしがしっかりしなきゃ、と。

「お腹空いてない? 何か食べたいものある?」

「いえ、大丈夫です……」とは言いつつも、木曜日の息は少し荒い。

 木曜日は、174センチと五人の中でも一番身長が高い。しかし、身体の大きさに対して体力が追いついていないのだろう。幼い頃から、よく体調を崩していた。

 寝る子は育つとは言い得て妙で、木曜日に限っては良く当て嵌まった。しかし、自分よりも頭一つ分は小さな姉達に囲まれて育った所為だろう。本人は、その長身をコンプレックスに思っているようだ。

 元から食が細いにも関わらず食事を抜いたり、身体を細く見せようとコルセットを巻いたり……――。

「……もくのちゃん」

「何ですか……? 水姉さん」

「ちょっと起きて。上だけでいいから」

 立ち上がった水曜日も手伝って、小首を傾げながらも木曜日は上半身を起こす。

 そのままベッドの端に腰を下ろした水曜日が淡い色合いの花弁が散らばった寝間着のボタンに手を掛けたところで、木曜日が赤い頬を更に赤らめて「きゃあっ」と悲鳴を上げた。

「な、何するんですか水姉さん……っ」

 長身に似合わない小さな肩を抱いて胸を隠しながら、木曜日が非難の声を上げる。

 しかし、木曜日に見下ろされても水曜日が戸惑う様子はない。

「木のちゃん、手邪魔」

「な、何で脱がそうとするんですか……っ」

「何? お姉ちゃんのやることに文句があるの?」

「うぅ……」

 水曜日に下から睨み付けられ、木曜日は瞳を潤ませながら白旗を上げた。

「せ、せめて自分で……。自分で脱ぎますから……っ」

 再び伸びてきた水曜日の両手を前に、木曜日は更に強く肩を抱き締める。

「じゃあ、早くして」

  + + +

「うぅ……」

 どうしてこんなことになったのだろう、と思いつつも木曜日は寝間着のボタンに手を掛ける。

 金曜日なら兎も角、他の姉を前にして肌を晒すことなんて殆どない。双子の妹にも羞恥心を日々感じているのに、木曜日の目の前で……――。

 身体が熱いのは、きっと風邪を引いている所為――だけではない。

 木曜日が震える両手で何とかボタンを外し、これで許して貰えないかと水曜日の顔を窺えば『早く脱いで』と言わんばかりの眼光で睨まれた。

 何故寝間着を脱がされているのか分からない木曜日は、20センチ以上も小さな姉の言葉に従うしかない。

 木曜日が寝間着を脱ぐと、小さななで肩から華奢な腕まで露になる。陶磁器を思わせるほどに白い肌が、病気勝ちな生活を物語っていた。

 ともすれば、芸術品のような透明の肌。それ前にして、そんなものには興味がないと言わんばかりに水曜日は木曜日の身体を隠す最後の防衛線――レースのキャミソールをたくし上げた。

「きゃあぁっ!」と悲鳴を上げた木曜日が透かさずキャミソールの裾に手を手を掛けるも、姉の「うるさい」の一言に一瞬で固まった。

 水曜日は、木曜日のキャミソールを胸元まで持ち上げたままで言葉を続ける。

「水のちゃん、これなに?」

 木曜日のキャミソールを掴む手とは反対の左手で、水曜日が『これ』を叩く。コンコンと鳴る音は、弾力を残しつつも硬質的な音を響かせた。

「……コ、コルセットですか?」

「何で風邪引いてるのにコルセットなんか付けてるのっ!」

 水曜日に怒鳴られる理由が分からず、木曜日は涙目になる。

「な、なんでですかぁ~……」

「蒸れるし息苦しいでしょ! ……ていうか、いつも寝る時もコルセット付けてるの?」

「だ、だめですか……?」

「……少なくとも、体調を崩した時くらいはリラックスさせないと。ほらほら、後ろ向いて。脱がせてあげるから。はい、髪持って」

 水曜日に肌を見られて恥ずかしいし、姉に怒られて怖いし。おまけに、熱にうなされて考えは纏まらないし。

 木曜日は、水曜日の為すがままにコルセットを脱がされた。

「ほら、少しは楽になったんじゃない?」

 確かに呼吸は楽になったが「……落ち着かないです」と、木曜日は不満を零す。

「木のちゃん?」

「ひゃいっ! な、なんでもない……です……っ」

 いつも優しくしてくれる金曜日が恋しい、と木曜日は知らず知らずの内に拗ねるような表情を作ってしまっていた。

 そんな木曜日の表情を見ても、水曜日は溜息一つ。

「金のちゃんがよかった?」

「……っ!」

 図星を指された木曜日は、また怒られるのかと涙を浮かべながら掛け布団を胸元まで引き寄せる。

「もう、そんなに泣かないの。金のちゃんの、お兄ちゃんでしょ」

「……」

 月曜日。火曜日。水曜日。木曜日。金曜日。五人の中で唯一の男が、木曜日だ。

 子どもの頃は、自分も女の子だと思っていた。しかし、小学校に通い始めて木曜日は自分が――自分一人だけが、姉妹の中で違うのだと悟ってしまう。

 木曜日は、自分の『男』な部分が嫌いだった。幸か不幸か、病気の所為で男性ホルモンの数が少なく二十歳を超えても声変わりしていない。細長い手足は女性的だし、くびれも素の状態で見ることができる。

 しかし自分が『女』ではないと一番理解しているのは、木曜日だ。だから、水曜日の自然体が最も恐ろしく感じるし――救われている部分もある。

「ていうかさ、木のちゃん」

「……? な、何ですか?」

「また細くなってない? ちゃんと、ご飯食べてる?」

 朝の食卓は月曜日を除いて家族全員で囲むが、夕食は別だ。水曜日と木曜日が夕餉の席で顔を合わせるのは週末くらいのもの。

「……た、食べて」「嘘」と、水曜日が木曜日の言葉を遮る。

「ちょっと、もう一回身体見せてみなさい! そもそも女より良い身体し過ぎなのよ。あと、写真撮っていい? 色々興味あるんだぁ」

「いっ、いやぁ……っ! 嫌ですぅ……! 止めてください水姉さん……!」

  * * *

 4月14日 ウツギ
 ウツギの花言葉は『秘密』

  * * *
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