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鈴木藍子side 人生

19歳、夏

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19歳の夏。

東京にあるビルの中で私は涼んでいた。

暑くてたまらない。

日焼け止めクリームを満遍なく塗っても焼けてしまうのではないかと心配になる。

そういえば家を出る前、首に塗ったっけ?

塗ってなかったらやばい。

私は慌てて首に手を当てるがクリームを塗った感触はなかった。

ため息をついてバッグから日焼け止めクリームを取り出して塗りたくる。

高校生の時から習慣にしておけばよかった。

実際に日焼け対策を始めたのは高校卒業してからだ。

今時の若者にしては遅い。

首の後ろに手をやりながら後悔する。



「藍~」

「ん?あっ、今日一緒?」



塗っていると私を呼ぶ声がして振り向くと日傘を折り畳みながら歩いてくる澪(みお)がいた。



「えっだって今日収録じゃん」

「あ、そっか」

「何?お疲れ?」

「抜けてただけ」



澪に言われて私は今日の仕事の予定を思い出す。

さっきまで雑誌のインタビューがあり、2時間後にダンスレッスンがあると思っていた。

しかし実際はラジオ収録だったらしい。

澪に言われなければ1人でレッスン室に行くところだった。

澪は私よりも2個下で現役高校生だが、凄くしっかりしていて、同じグループで同期の仲だから初めて会った時からタメ口にしてもらっている。

そんな澪はまだ折り畳み傘と格闘していた。



「貸して」

「出来ない」



少し年上らしい行動が出来て私は満足だ。

どちらかと言うと私が面倒を見てもらっている。

傘を渡してもらってささっと畳むと目をキラキラさせて受け取った。

意外と子供っぽい一面もある澪。

嬉しいことや楽しいことがあれば必ず目を輝かせる。

それがファンにもウケて人気も上がっていた。

私は座っていたベンチから立ち上がって澪と一緒に歩き出す。

ラジオ収録まではまだ時間があるだろうから一旦楽屋に入る。



「なんか藍良い香りする」

「日焼け止めクリームを塗ったからかな?」

「室内なのに?」

「塗り忘れた部分があったの。これ先輩に貰った」

「えーいいなー」

「澪は服のお下がり貰ってるじゃん」

「それは藍も一緒!」



澪と喋りながら楽屋に向かう。

楽屋前に貼られている紙には【Cosmos  鈴木藍子様  伊上澪様】と書かれていた。

私はアイドルグループCosmos 3期生のメンバーだ。

半年前に入ったこのグループ。

新結成ではなく1期生、2期生の先輩方が居る状態で入った。

グループ全員で7人。

1期生さんが3人。

2期生さんが2人。

そして3期生は私と澪の2人。

計7人のグループ。

最近は勢いのあるグループだとテレビでも紹介させて貰えるほど絶好調だ。

そんなグループの3期生として入れたのは幸運でしかない。

先輩の皆さんは優しいし、マネージャーさんだって信頼できる人達だ。

そして同期の澪も歳や出身は違えど同じ夢を持っている。

私にとって最高の環境。

でもここまでの道は簡単なものではなかった。

いつ来るかわからない有名事務所のオーディションを待つ期間。

親に一人暮らしをしてアイドルを目指すと言う説得。

そして人への怖さを無くすための練習。

アイドルになれるかもわからないのにひたすら努力している時が1番辛かった。

だからアイドルオーディションが開催され、受かることが出来た時は涙が溢れたしやっとスタート地点に立てるって思えた。

そんな私は1番に報告をしたかった人がいる。

九音ヒロくん。

支えてくれた人であり、ファン第1号。

しかし私はヒロくんにアイドルになれた事を伝えることは出来なかった。



【おかけになった電話をお呼び出しいたしましたが、お繋ぎ出来ませんでした】



そのアナウンスが流れた時に感じた悲しさは今でも覚えている。

オーディションの合格発表後、スマホから流れた言葉だ。

あの後時間を置いて何回もかけたがヒロくんが私の電話に出ることはなかった。



「藍!少し時間早めるって!」

「……」

「藍!」

「はい!」

「やっぱりお疲れ?マネージャーさんに言う?」

「大丈夫。考え事していた」

「妄想?」

「妄想」



「一体なんの妄想してたんだよ~」とからかってくる澪。

私達は楽屋に来たスタッフさんの案内でラジオのスタジオに行く。

今日のラジオ収録は一段と気合を入れる。

澪に言われるまで忘れていたけど、前々から楽しみにしていたし、期待をしていた仕事だ。

それを忘れるのはやっぱり疲れているのかもしれない。

アイドルになって生活が一気に変わったから体と心が思っている以上に驚いている可能性が高かった。

でも私はアイドルだ。

疲れた声、顔を見せるわけにはいかない。

私達はスタジオに着くと軽く打ち合わせをしてイヤホンを付ける。

生放送じゃないからと言って手は抜かない。

それがアイドルだから。


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