上 下
28 / 42
鈴木藍子side 私の夢

歌の先生

しおりを挟む
昼休みに入るチャイムが鳴る。

私はシャーペンを置いて背中を伸ばした。

何気に身長とあってない丸テーブルは166センチの私に取って腰が辛い。

わがままは言えない立場とわかっているけど、体は痛かった。

しばらくすると保健室の扉が開いてヒロくんが顔を出す。

片手にはお弁当の袋を持っていた。



「失礼します」

「いらっしゃい九音くん。それじゃあ私は職員室に行ってるね」

「別に席外さなくても大丈夫ですよ?」

「いいの!若者の会話に入り込むのは大人のやることではないから!」



紗凪先生は椅子から立ち上がると私達に手を振って出て行く。

毎度のことながら申し訳なくなってきた。

毎度と言えるほどお喋り会は開いてないのだが。

ヒロくんは丸テーブルを挟んで私の前に座わりお弁当を広げる。

当然ながら私はお弁当は持ってきていない。

どうせ昼休み終わって少ししたら帰るのだから問題なかった。

私は目の前にあるヒロくんのお弁当を見る。

野菜と肉のバランスがちゃんとしているおかずと白ご飯。

ご飯はこれからふりかけで彩られるのは知っている。

私の目線に気づいたのか、ヒロくんは箸の持ち手を向けてきた。



「よかったら少し食べますか?」

「ううん。大丈夫。綺麗なお弁当だなと思って」

「母親が作ってくれるんです。感謝しています」

「素直に感謝できるのはヒロくんの良いところだよ。お母さん料理上手だね」

「確かにそうかもしれないです。創作料理を作るのが好きみたいなのでそういうのがよく食事に出てきます」

「ヒロくんお母さんって専業主婦?」

「いえ、歌の先生です。色々と有名な人からもレッスンを頼まれて……」



ヒロくんはお母さんの話を始めると何か思い付いたように笑顔になる。



「そうだ!先輩、俺の家に来ませんか?」

「え?ヒロくんの家?」

「べ、別にそういう意味ではありませんよ?母親に合わせたいんです。いや、深くは考えないでくださいね」

「別に何も想像はしないよ」



家に連れ込むとか、母親に合わせるとか少し意味深な言葉を言ってしまったヒロくんは慌てて弁解する。

それがなんだか可愛くて笑ってしまった。

別に変な意味として取るわけではないのに。

ヒロくんは落ち着くために1回咳払いをすると話続ける。



「先輩が良ければ俺の母親にに歌を聴かせてくれませんか?」

「私の歌を?」

「俺も詳しくは仕事についてわからないけど、腕は確かなはずです。それに母親はきつい性格じゃないからアドバイスも貰えると思います。アイドルにとって歌は必要事項でしょう?」



私はヒロくんの提案に納得する。

確かに現役の歌の先生に見てもらえれば、能力が伸びるかもしれない。

それに初めての人に向けて歌うのは良い練習だ。

けれどそんな簡単に見てもらえるのだろうか。

ヒロくんはそう言ってくれるが、私の中の遠慮心が出てくる。



「俺の先輩って言えば喜んで見てくれると思いますよ?実は俺自身あまり友達を紹介したことないんです。だから大丈夫」



自分のお弁当のおかずをつまみながらヒロくんは私に言った。

正直に言うと聴いてもらいたい。

緊張もあるけど、レベルアップできるという気持ちが勝っている。

私は決めた。



「お願い。ヒロくんのお母さんに指導して欲しい」

「任せてください!今メッセージ送ってみます」

「お仕事中じゃないの?」

「今日は休みだった気がします。土曜日にレッスンを頼まれたからって。早かったら今日見てもらえますよ」



今日見てもらえるかもしれない。

私はその言葉にドキッとする。

心の準備も出来ないまま歌うのかと思うと体が固まってしまった。

そんな私には気付かずヒロくんはスマホをポチポチタップする。



「既読はやっ」



やはりお仕事は休みだったらしい。

もうヒロくんのメッセージが読まれたようだ。

どんな返事が来るのか私は気になってしまう。

断られるかもしれないし、また後日と言われるかもしれない。

するとヒロくんは私にスマホの画面を見せる。



【歌が上手な先輩が居るんだけど、母さん見てもらうこと出来る?】

【いいよ!ちょうど休みだから連れて来な!】

【今日でいい?】

【OK!】



「大丈夫だそうです」

「そ、そっか…ありがとう」



意外とノリノリで返信してくれたヒロくんのお母さん。

文章からして元気系のお母さんだろうか。

でも断られなくて安心した。



「先輩は何時に帰るんですか?」

「5時間目始まったくらいかな」

「俺は今日6時間だから4時ですね。待ち合わせして行きましょうか?」

「うん。わかった。どこで待ち合わせする?」

「先輩はどこが良いですか?ほら、あまり人混みの所だと歌う前に疲れちゃいますよね?」



私の苦手を気にしてくれるヒロくんに心が温かくなる。

本当なら人混みの場所に慣れるために待ち合わせしても良いのだが、ヒロくんの言う通りその後に私は歌う。

精神的に疲れてしまったら綺麗には歌えないだろう。

それなら待ち合わせ場所に最適なのはいつものカラオケ店の前だろうか。

そこで待っている間に喉を温めておくのもいい。

多少練習した方が自分も安心できるはずだ。



「カラオケ店はどう?」

「ああ!良いですね。先輩も少しそこで練習できるし」

「ふふっ、同じこと考えていた」

「マジですか」



照れ笑いしてヒロくんはふりかけご飯を口に運んだ。

なんだか美味しそうに見える。

今日の私のお昼はふりかけにしようかな。

緊張しても良い状況なのに私の頭の中は意外と冷静だった。



「…ん。それじゃあ4時に下校するので真っ直ぐカラオケ店に向かいますね」

「うん。ありがとう」

「緊張しなくても大丈夫ですよ。さっきも言った通り、母さんは怖い人じゃないので」

「ふふっわかった」



お弁当をあっという間に平らげるとヒロくんは立ち上がった。

私は保健室の時計を見ると予鈴まで後5分ほどある。

ヒロくんは眉を下げて申し訳なさそうに私を見る。



「実は友達が明日甲子園の予選会なんです。放課後はゆっくり話せないから今話して来ますね。すみません。もう少し話したかっんですけど…」

「私の事は気にしないで。そっか野球部は明日なんだ。お友達さん頑張って欲しいね」

「あまり言うとプレッシャーが!なんてうるさくなるから適当に応援して来ます」

「そっか。それじゃあまた後でね」

「はい。また」



お弁当袋を持ってヒロくんは保健室から出て行く。

私は背中を見送った後、ゆっくり目を瞑った。

今はまだそこまでドキドキしていないが、直前になれば緊張はMAXになるかもしれない。

初めてプロの先生に自分の歌を聴いてもらえる。

一度カラオケ店のおじさんに聴いてもらった時もあったが、それとはまた別だ。

自分の歌を出せるだろうか。

別にオーディションという訳ではないのに私の中で不安感が少しずつ出てきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。

みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。 ――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。 それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……  ※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。

消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

月都七綺
青春
『はっきりとした意識の中で見る夢』 クラスメイトは、たしかにそう言った。 周囲の期待の圧から解放されたくて、学校の屋上から空を飛びたいと思っている優等生の直江梵(なおえそよぎ)。 担任である日南菫(ひなみすみれ)の死がきっかけで、三ヶ月半前にタイムリープしてしまう。それから不思議な夢を見るようになり、ある少女と出会った。 夢であって、夢でない。 夢の中で現実が起こっている。 彼女は、実在する人なのか。 夢と現実が交差する中、夢と現実の狭間が曖昧になっていく。 『脳と体の意識が別のところにあって、いずれ幻想から戻れなくなる』 夢の世界を通して、梵はなにを得てどんな選択をするのか。 「世界が……壊れていく……」 そして、彼女と出会った意味を知り、すべてがあきらかになる真実が──。 ※表紙:蒼崎様のフリーアイコンよりお借りしてます。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...