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1章 君の呟きが炎上した

3話 噂の真実

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「ごめん。来たよ」

 俺はまた倉持さんの家の前で1人喋る。扉越しに倉持さんが居るのはわかるのだが、玄関くらいは開けて欲しい。

 じゃないと俺が不審者だと思われる。

「お便りは…」
「ポストで」
「はい」

 倉持さんが学校に来なくなってから2週間。俺がお便りを届けたのはこれで5回目だ。

 そう5回目。

 なのに一向に顔は見せてくれないし無視が多い。届けたことに対してのお礼なんてもってのほかだ。

 流石に良い気分にはなれないけど仕方ない。だって「俺がやる」と言ってしまったのだから。

「今日は体育で体力測定をやったんだ。上体起こしとか、反復横跳びとか。でもクラスの人数が奇数だったから1人の子が担任と組むようになってさ。だから多分……倉持さんが来てくれたらみんな喜ぶよ」

 お便りを届ける時に必ず俺は適当な話をする。担任からお願いされたことは続けていた。

 でも流石に適当な話はその場で簡単に思いつくものではない。

 だから倉持さんにお便りを届けるようになった日から、俺は学校生活をより真剣に取り組むようになった。そうでもしないと話題が作れない。

「倉持さんはスポーツ得意?」
「……普通です」
「部活入っていたっけ?」
「……」

 5回ほど、ここに通っているがわからないことがある。

 それは答える質問と答えない質問があることだ。俺にはその条件が全くわからない。

「えっと」

 そしてこのタイミングでネタが終了する。明日って何かあったっけ?出来るだけ学校の話題を話したい。
 頭の中で予定を巡らせるけど、明日の予定は至って普通だった。

「く、倉持さんから何か話ある?今日何していたとか」

 自分でも会話が下手くそだと思った。試しに倉持さんへ何か聞いてみるけど返事は無い。

 もしかして部屋に戻ったかなとも過ったが、気配は近くにある。
 玄関の扉から「早く帰れ」「面倒臭い」というオーラが漂っていた。

「……」

 無言の圧が突っ立っている俺に突き刺さってくる。何だかイライラしてきた。

 せっかくお便りを届けて話題まで振ってあげているのに何でそんな雰囲気を作り出すのだろう。そもそも感謝くらいして欲しい。

 “ありがとう”なんてたったの5文字だ。感情入ってなくても良いから言えば良いのに。

 ふとした瞬間から自覚してしまった俺の苛立ちは止まらなく湧き出る。

「ねぇ倉持さん」

 話題なんてどうでもいい。俺の頭は一気にストレスで埋め尽くされる。
 何でこんなことにならなきゃいけない。そんな気持ちを吐き出すように俺は続けた。

「いつ学校来るの?」

 ぶっきらぼうにそう問いかければ辺りが静けさに包まれる。いや、元々静かだったけど全ての感情が止まったような感覚になった。

 そして数秒後、俺は自分が投げかけた言葉の意味を理解する。
 不登校の人に何言っているんだと身体から冷や汗が滲み出た。

「あっごめ…」
「行きません」
「え?」
「学校には行きません。君だってわかるでしょ?」

 背中に冷や汗が伝う。倉持さんの声がより鋭く感じた。

「わかるって、何が?」
「……私が学校に行かない理由」

 すぐには答えられなかった。でも脳内では佐倉達が言っていた仮説でいっぱいになる。

『以前炎上したアカウントの主は同じクラスの倉持海華』

 俺は少し黙った後、小さく口を開いた。

「噂は本当なの?」
「君が言っている噂と私が思っていることが一緒かわかりません」
「……クラスで倉持さんのSNSのアカウントが炎上したって噂になっている」

 流石に2週間も経てば最初の騒ぎと比べて収まってきている。それでも完全に無くなったとはまだ言えないだろう。

 今でもコソコソ話している人達はまだ居るのだから。

「倉持さんが学校行かない理由ってそれ?」
「そうですよ」

 意外にも呆気なく答えた倉持さん。仮説は濃厚だったし、俺もほぼ信じていたから驚きは少なかった。

「じゃあしばらくは来ないの?」
「しばらくって言うか、もう行きたくありません」
「高校卒業出来なくなるよ」
「構いません」

 だいぶひねくれているなと思ってしまう。ヤケクソのように噂を認めたし、清々しいほどに登校拒否している。

「そしたらずっと俺がここを通うようになるけど?」
「君が断れば良いだけです」
「そもそも倉持さんが俺を指名したんじゃないか」
「担任がしつこく仲の良い人は誰だって聞くからです」
「俺って倉持さんと話したことあるっけ?」
「無いです。単純に出席番号が隣同士だったから覚えていただけです」

 なるほど。確かに木崎と倉持でお隣さんだ。俺は今気付いた。

「とにかくもう来なくて良いです。適当な話も要りません」
「それじゃあしつこい担任が来ることになるよ」
「君も同じくらいしつこいです」
「なっ…」

 不登校の理由を口に出したからなのか随分と流暢に喋ってくれる。
 会話を続けられた嬉しさと、とにかく否定される悔しさが俺の中で混ざり合っていた。

「わかった。もう帰る。ちゃんとお便り見てね」
「……」

 案の定お礼の言葉も無く無言。俺は苛立ちを見せるように足音を鳴らしながらアパートの2階から降りて行った。

「それにしても簡単に認めたな」

 俺はスマホを取り出して例のSNSを確認する。炎上した翌日にはアカウントに鍵が掛かって見れる人が制限されてしまった。

 けれどネットを漁ればいくらでも呟きの画像は出てくる。

「倉持さんは同性愛者ってこと…?」

 色々と疑問は浮かんでくるがこれを誰かに吐き出すのはやめておこう。

 噂の真実をクラスメイトには絶対に言わない。友達の佐倉でさえ教えないつもりだ。

 あれだけ嫌味を言われたのにも関わらず、俺は倉持さんの味方をするような思考で帰路についたのだった。
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