エマをもつむすめ

ぴょん

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迷子になったら、また見つけてあげる

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雨が降り始める前に集めておいた木の実はもう底を突いていた。

「何か採ってくる」
クフベツさまが立ち上がったので、ヨンジンはびくりと全身を震わせた。
「俺も行く」
「何言ってんだ、あの雨を見ろよ。すぐ戻ってくるからここにいろ」
クフベツさまはきつい口調で言った。
ヨンジンは恐ろしかったんだ。追っては行けない雨の中をクフベツさま一人で行かせたら、もう戻っては来ないような気がしてさ。
引き止めようとして立ち上がった時、ふらついたヨンジンは何かにつまずいた。エマニの実の入った袋だった。お城に届けようと持ってきた袋を、ほとんど持って帰ってきたことを今の今まで忘れていたんだ。
「クフベツ、ここにまだ草の実があったよ。硬い実だから、すりつぶして食べよう」
ヨンジンは実の形が分からないように細かくすりつぶしてクフベツさまに差し出した。
クフベツさまはその濃い紫色を見て一瞬ためらった。エマニの実だと分かったんだね。クフベツさまは黙ってその実を口に運んだ……。

気がついた時、クフベツさまは生まれたままの姿でヨンジンと抱き合っていた。のどから獣じみたうめき声が漏れた。激しい情欲に狂ったようになって、クフベツさまはヨンジンの腕や首筋にめったやたらに歯を立てた。たちまち両腕をねじ上げられ、うつぶせに地面に抑え付けられた。
ヨンジンに背中からがっちりと抱え込まれ、うなじに噛みつかれ、乳房をめちゃくちゃに揉みしだかれた。痛いはずなのに、まるで全身がエマになったみたいにどこもかしこもジンジンと甘くしびれた。地面に突いた膝の間にヨンジンが腿をこじ入れてきて両脚を大きく開かされた。濡れた割れ目にヨンジンが硬いエマを当てがい、せわしなく何度かこすりつけてきたと思ったら、一気に奥まで貫かれた。
「ああ……」
ビクンビクンと体が痙攣した。エマがぎゅーっと締まった。ヨンジンはひと声吠えると高く舞い上がろうとして、洞穴の低い天井に頭をしたたかにぶつけてうめいた。
洞穴の入り口を向いた格好でうつぶせに倒れたクフベツさまの目に、ちょうどその時雨にかすんだ鳥の群れが映った。

鳥が!


視界いっぱいに、クフベツさまは鳥の群れを見た。

その瞬間クフベツさまの頭を矢継ぎ早に記憶の断片がよぎった。
無限に近いスロープを殉教者さながらに這い上っていくエマをもつむすめの姿。
そのグロテスクに膨れ上がった腹。
翼をもつ者ラ・ズーの体液にまみれた死骸。

何もわからなかった。
どうやって容赦のないヨンジンの手を振り払ったのだろう。
洞窟の外にまろび出て、隙あらば目の中に飛び込んで来ようとする雨粒にひるんで、はっと我に返った。
振り向くと、今まさに洞穴の入り口から飛び出して来ようとした片羽の鳥が、雨に叩かれあっという間に地面に舞い落ちるところだった。

雨はやんでいた。
久しぶりの日差しに、クフベツさまは寝不足の目をしばたたいた。
ヨンジンはまだ眠っていた。雨にうたれ、昨夜一晩生死の境をさまよったんだ。でももう峠は越した。翼も乾き、熱も下がっていた。
クフベツさまはそっと立ち上がった。声を出さずに
(さよなら、ヨンジン)
と唇だけ動かした。
クフベツさまは一歩踏み出しかけた。そのまま、ヨンジンの寝顔からなかなか目が離せなかった。クフベツさまの口元に微笑みが浮かんだ。

幼い頃、まだエマニの実を食べる前、昨夜のように転げまわって互いの体にかみついたことがあった。2人とも無邪気で、ただじゃれあって……。

クフベツさまはようやく気持ちを整えると、静かにほら穴を出た。
振り向かずに歩いていくクフベツさまの足取りは次第に速くなり、しまいにはやみくもに駆けるように森の中を突っ切っていた。

不意にクフベツさまの足が止まった。

クフベツさまは息を震わせ、大きく目を見開いて目の前の風景を見つめた。
目の前に横たわっていたのは、大地の裂け目だった。一度落ちたら二度とは上がってこられないという裂け目……そう、翼をもつ者を除いては。

いつだったか、草の実を探していて、ヨンジンとはぐれてしまったことがあった。
歩いている途中でヨンジンがくたびれて寝てしまい、クフベツさまは気付かずにどんどん進んでしまったのだ。
あの時、先に見つけてくれたのはヨンジンのほうだった。クフベツさまは果てしもない草原を掻き分け掻き分け、足が棒になるまで探したのに、ぐっすり眠ってから目を覚ましたヨンジンは、ちょっと飛び上がって辺りを見回しただけで簡単にクフベツさまを見つけた。
クフベツさまはかんかんに怒って、
「どうしてお前はすぐ迷子になるんだよ」
となじった。ヨンジンはきょとんとして、
「迷子になったのはクフベツのほうだろ」
と言った。クフベツさまは、
「お前がちゃんとついてこないのが悪いんだ。俺が迷子になるわけないだろ」
と怒鳴った。ヨンジンは納得がいかないように、
「だって、泣いてるのはクフベツのほうじゃないか」
と言った。
今考えれば、どちらでも同じことだった。あの時の二人には小屋さえなく、お互いにはぐれれば、それは二人とも迷子になったということなのだ……思い出が津波のように押し寄せてきて、クフベツさまは数歩よろめいた。
「迷子になったら、また見つけてあげるよ」
威張って言ったヨンジンの得意そうな顔がまぶたに浮かんだ。
翼をもつお前は、とても自由で、憎かった……。

その瞬間、クフベツさまは弾かれたように元来たほら穴のほうへと走り出していた。
――ヨンジンは、追ってくる。
息がはずんで、胸が苦しくなり、吐き気がこみあげても、クフベツさまは足を止めなかった。
――ヨンジンは、追ってくる。片方の翼がある限り……。
ほら穴にはヨンジンがまだぐったりして眠っていた。
クフベツさまは足音を忍ばせ、ヨンジンのほうに近づいていった。震える手でパパの小刀を握ると、鞘を払った……。


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