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第6章

第42話

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「――書記候補を連れてきました」

 累の凛とした声音に、すでに生徒会室にいた月日と大輔が顔を上げる。
 そして、二人とも絶句した。

「花笠くん、しっかりしてってば!」

 固まっている一香を累が引っ張って中にいれる。無事に彼を室内に引き入れた累は、ぽかんとしている上級生二人を見て怪訝そうにした。

「……どうしたんです?」
「えっと、そちらが花笠……一香さん?」

 大輔はひどく困惑した様子だ。

「そうです。ほら、花笠くん、自己紹介して」

 累にポンと背中を叩かれると、息をしていなかった一香がゴッホゴッホとむせた。

「お、おおおおお俺、ぼぼぼぼぼぼ」

 累は一香をにらむと、背中を軽くはたいた。

「……いい、私が代わりに紹介しておくから。そこ座って」
「ごごごごめ――」
「同じクラスの花笠一香さんです。人見知りでコミュ障で、十条先輩のファンだそうで」

 かぶせ気味勝つ早口に累が一香を紹介する。

「打診は先輩たちからお願いします」

 疲れたので、と言いながら累はしれっとカバンを置くと、自分の飲み物を用意し始めた。

「ひとまず……累ちゃんはお疲れ。それから一香くんは、落ち着いて話できる?」

 一香が硬直したままになってしまっているため、大輔は息を吐いた。

「あ、あの、じゅ、じゅ、じゅうじょうせんぱ――」

 一香の主張を的確に読み取った大輔は、月日に向き直った。

「月日、退出してろ」
「え、待って待って! 俺が生徒会長なのに!?」
「うるさい、この顔面凶器存在兵器め」

 それはあんまりだと月日は抗議し、大輔と軽い口論の末、部屋の片隅で背中を向けて聞き耳を立てることになった。
 距離を取ったのが功を奏したのか、一香は徐々に冷静さを取り戻してきた。間合いを見計らって大輔が口を開く。

「一香くん、生徒会の書記をやってもらいたかったんだけど……ごめんね。俺も月日も、君のこと女の子だと思っていたから驚いちゃって」
「ごごごごごめんなさい、よく女の子と間違えられるんです!」
「勘違いしていたのはこっちだから。で、どうかな、書記の仕事は頼めそう?」
「も、もちろんですっ!」
「オッケー。じゃあ決まり! よろしく、一香くん」

 大輔が差し出した手を、一香は恐る恐る握る。

「月日とも握手する?」
「い、いいいいいんですか!?」

 もちろん、と大輔は月日を呼び戻した。
 部屋の隅に追いやられていた月日は、ムッとした表情のまま一香の前に立つ。とたんにガタガタ震えだした一香の手を大輔が引っ張り、月日と握手させた。

「よかった、これで書記が決まった!」

 大輔と累の拍手が生徒会室に響く。

「明日、掲示板でさっそく発表するから。その資料用意したり、先生に報告したりは俺たちがやっておくよ。ひとまず今日はこれにて解散ってことで!」

 大輔がニコッと笑い、その場はいったんお開きになった。

「花笠くん、行こう」

 累は彼の背中を押しながら生徒会室を出る。
 外に出てやっと、一香は息をぷはっと吐き出した。

「本当に大丈夫?」
「だいじょ……ばない! 無理かも、山田さん!」

 一香は真っ赤な顔のまま頭を掻きむしる。累は足を止めた。

「でももう引き受けちゃったよね?」
「だって、十条先輩が俺に頼んでくれたのを断るなんてできない……!」
「芸能人でもあるまいし、そんなにレアなことじゃないと思うけど」

 累の言葉は一香に届いていないようで、彼は月日と握手した手のひらをじっと見つめていた。

「俺、今日から右手洗わない」
「……洗って。洗わないなら生徒会から追い出す」

 累が冷たく言い放つと、一香はしどろもどろになった。

「山田さんは、十条先輩を見て緊張しないの?」
「しないよ。なんで?」
「あまりにも美しく神々しすぎて。息ができなくならない?」
「…………まあ、これから一緒によろしくね」

 駐輪場に到着すると、累は一香に手を差しだす。彼は一拍おいたあと、はにかんだような笑顔を口元に載せて握手した。

「ちなみに、私と握手したし手を洗ってね。十条先輩とは、また明日握手して」
「恐れ多くてできないよ」
「してくれるよ、何度だって。先輩は優しいから」

 累は自然と確信をもってそう言っていた。
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