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第6章

第41話

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 放課後、累が話しかけると一香は顔を真っ赤にする。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫!」

 答える声は上ずっている。不自然な様子に累は眉をひそめた。

「心配なんだけど」
「気にしないで!」
「先輩たちは怖くないよ」

 約一名がちょっと変わっているけれど、というのは言わずに飲み込んでおく。一香は生徒会室が近づくにつれ、挙動不審度が増していく。

「嫌なら私が断っておこうか?」

 訊ねると、一香は首をぶんぶん振って否定した。

「嫌じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「十条先輩に会えるのが、嬉しすぎて」

 予想していなかった返しに、累は一瞬歩を止める。

「十条先輩に会えるのが嬉しい?」
「そう。ずっと憧れてて」
「……へえ」

 あまりにも月日と距離が近すぎて忘れていたが、「十条月日」はこの学校のカリスマだということを累は思い出していた。

「花笠くん、どっちに行くの。生徒会室はこっちだけど」

 生徒会室はまっすぐ歩けば到着するのに、浮ついて足取りが怪しい一香は、明後日の方向に行こうとしている。
 累が裾を引っ張って止めなければ、おそらくそのまま壁に激突していたことだろう。本当に大丈夫か、心配になってくる。

「十条先輩って、頭ぶつけそうになるくらい会いたいものなの?」
「もちろんだよ!」

 一香は急に真剣になって累に詰め寄る。上背があるせいで、累は追いつめられるような形になっていた。

「だってあの十条先輩だよ!?」
「はあ」
「はあ、じゃなくて! 全校生徒の憧れで、絶大な人気を誇る、あの十条先輩だよ!?」
「花笠くん、そんなキャラだっけ?」

 いつも空気かと思うほど希薄な存在感だというのに、なんだか今の一香はちょっと暑苦しい。梅雨時のジメジメも相まって、なおさらうっとうしかった。

「憧れね……」
「まさか山田さん、十条先輩のこと好きじゃないの?」

 累は頷く。

「人としては面白いと思うけど、異性としては好きじゃない」
「うそっ!?」

 嘘じゃないよ、と累はもう一度はっきり伝える。

「だって、あの十条先輩だよ? あんなにかっこよくてきれいで、優しくて素晴らしい人だよ?」
「かっこいい……?」

 つい本気で聞き返してしまってから、累は「なんでもない、続けて」と先を促した。

「実は俺、登校初日に降りるバス停を間違えちゃって。その時助けてくれて優しくしてくれたんだ」
「そうなんだ」
「一緒に登校してくれて、さらに教室まで案内してくれた。俺もあんな風になりたいって思うけど、根暗すぎるしコミュ障だから無理で」
「あんな人になったら大変だと思うけど……」

 そんなことないよ! と力強く否定されてしまい、一香が本気で月日のことを尊敬しているのだと理解した。

「困っている人がいたら、十条先輩じゃなくとも助けてくれるとは思うけど。なんで、先輩をそこまで尊敬しているの?」
「ほら、俺って地味で冴えなくて、見るからに根暗オタクでしょ?」

 あまりにもそのまますぎて、否定できる要素がない。

「なのに背は高いし図体はでかいし……好き好んで俺に話しかけてくれる人っていなくて」

 もっさりした前髪で顔を半分隠されていたら、話しかけにくいのはたしかだ。自分でわかっているなら改善の余地があるのに、と累は胸中で独り言ちる。

「だけど、十条先輩は俺を見た目で判断しないで、ちゃんと向き合ってくれた」

 一香は嬉しそうに口元を緩ませた。

「この身長だと、誰かと並ぶと見下しているようだって中学では言われててさ。でも、十条先輩と並んだら、背筋を伸ばせた。初めて、堂々と歩けたんだよ」
「なるほど」

 一香がさらに話そうとしているのを、累は押しとどめた。

「この奥が生徒会室だから」

 寮の中に入るなり、一香はあからさまに顔を青くした。極度の緊張から手が震え始める。

「大丈夫?」
「うううううううううん、だ、だだだ大丈ぶぶぶぶぶ……」

 さっきまでの饒舌はどこへ行ったのか。一香はまるで、壊れた音楽再生機器のようになっている。

「あああああやっぱり待ってえええええ、む、む、無理かもおおおおお……」
「大丈夫だから」

 累は文字化けしそうな勢いの一香の背を押し、生徒会室の扉を開けた。
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