44 / 49
第6章
第41話
しおりを挟む*
放課後、累が話しかけると一香は顔を真っ赤にする。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫!」
答える声は上ずっている。不自然な様子に累は眉をひそめた。
「心配なんだけど」
「気にしないで!」
「先輩たちは怖くないよ」
約一名がちょっと変わっているけれど、というのは言わずに飲み込んでおく。一香は生徒会室が近づくにつれ、挙動不審度が増していく。
「嫌なら私が断っておこうか?」
訊ねると、一香は首をぶんぶん振って否定した。
「嫌じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「十条先輩に会えるのが、嬉しすぎて」
予想していなかった返しに、累は一瞬歩を止める。
「十条先輩に会えるのが嬉しい?」
「そう。ずっと憧れてて」
「……へえ」
あまりにも月日と距離が近すぎて忘れていたが、「十条月日」はこの学校のカリスマだということを累は思い出していた。
「花笠くん、どっちに行くの。生徒会室はこっちだけど」
生徒会室はまっすぐ歩けば到着するのに、浮ついて足取りが怪しい一香は、明後日の方向に行こうとしている。
累が裾を引っ張って止めなければ、おそらくそのまま壁に激突していたことだろう。本当に大丈夫か、心配になってくる。
「十条先輩って、頭ぶつけそうになるくらい会いたいものなの?」
「もちろんだよ!」
一香は急に真剣になって累に詰め寄る。上背があるせいで、累は追いつめられるような形になっていた。
「だってあの十条先輩だよ!?」
「はあ」
「はあ、じゃなくて! 全校生徒の憧れで、絶大な人気を誇る、あの十条先輩だよ!?」
「花笠くん、そんなキャラだっけ?」
いつも空気かと思うほど希薄な存在感だというのに、なんだか今の一香はちょっと暑苦しい。梅雨時のジメジメも相まって、なおさらうっとうしかった。
「憧れね……」
「まさか山田さん、十条先輩のこと好きじゃないの?」
累は頷く。
「人としては面白いと思うけど、異性としては好きじゃない」
「うそっ!?」
嘘じゃないよ、と累はもう一度はっきり伝える。
「だって、あの十条先輩だよ? あんなにかっこよくてきれいで、優しくて素晴らしい人だよ?」
「かっこいい……?」
つい本気で聞き返してしまってから、累は「なんでもない、続けて」と先を促した。
「実は俺、登校初日に降りるバス停を間違えちゃって。その時助けてくれて優しくしてくれたんだ」
「そうなんだ」
「一緒に登校してくれて、さらに教室まで案内してくれた。俺もあんな風になりたいって思うけど、根暗すぎるしコミュ障だから無理で」
「あんな人になったら大変だと思うけど……」
そんなことないよ! と力強く否定されてしまい、一香が本気で月日のことを尊敬しているのだと理解した。
「困っている人がいたら、十条先輩じゃなくとも助けてくれるとは思うけど。なんで、先輩をそこまで尊敬しているの?」
「ほら、俺って地味で冴えなくて、見るからに根暗オタクでしょ?」
あまりにもそのまますぎて、否定できる要素がない。
「なのに背は高いし図体はでかいし……好き好んで俺に話しかけてくれる人っていなくて」
もっさりした前髪で顔を半分隠されていたら、話しかけにくいのはたしかだ。自分でわかっているなら改善の余地があるのに、と累は胸中で独り言ちる。
「だけど、十条先輩は俺を見た目で判断しないで、ちゃんと向き合ってくれた」
一香は嬉しそうに口元を緩ませた。
「この身長だと、誰かと並ぶと見下しているようだって中学では言われててさ。でも、十条先輩と並んだら、背筋を伸ばせた。初めて、堂々と歩けたんだよ」
「なるほど」
一香がさらに話そうとしているのを、累は押しとどめた。
「この奥が生徒会室だから」
寮の中に入るなり、一香はあからさまに顔を青くした。極度の緊張から手が震え始める。
「大丈夫?」
「うううううううううん、だ、だだだ大丈ぶぶぶぶぶ……」
さっきまでの饒舌はどこへ行ったのか。一香はまるで、壊れた音楽再生機器のようになっている。
「あああああやっぱり待ってえええええ、む、む、無理かもおおおおお……」
「大丈夫だから」
累は文字化けしそうな勢いの一香の背を押し、生徒会室の扉を開けた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
漫才部っ!!
育九
青春
漫才部、それは私立木芽高校に存在しない部活である。
正しく言えば、存在はしているけど学校側から認められていない部活だ。
部員数は二名。
部長
超絶美少女系ぼっち、南郷楓
副部長
超絶美少年系ぼっち、北城多々良
これは、ちょっと元ヤンの入っている漫才部メンバーとその回りが織り成す日常を描いただけの物語。
善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~
みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。
入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。
そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。
「助けてくれた、お礼……したいし」
苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。
こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。
表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
何でも出来る親友がいつも隣にいるから俺は恋愛が出来ない
釧路太郎
青春
俺の親友の鬼仏院右近は顔も良くて身長も高く実家も金持ちでおまけに性格も良い。
それに比べて俺は身長も普通で金もあるわけではなく、性格も良いとは言えない。
勉強も運動も何でも出来る鬼仏院右近は大学生になっても今までと変わらずモテているし、高校時代に比べても言い寄ってくる女の数は増えているのだ。
その言い寄ってくる女の中に俺が小学生の時からずっと好きな桜唯菜ちゃんもいるのだけれど、俺に気を使ってなのか鬼仏院右近は桜唯菜ちゃんとだけは付き合う事が無かったのだ。
鬼仏院右近と親友と言うだけで優しくしてくれる人も多くいるのだけれど、ちょっと話すだけで俺と距離をあける人間が多いのは俺の性格が悪いからだと鬼仏院右近はハッキリというのだ。そんな事を言う鬼仏院右近も性格が悪いと思うのだけれど、こいつは俺以外には優しく親切な態度を崩さない。
そんな中でもなぜか俺と話をしてくれる女性が二人いるのだけれど、鵜崎唯は重度の拗らせ女子でさすがの俺も付き合いを考えてしまうほどなのだ。だが、そんな鵜崎唯はおそらく世界で数少ない俺に好意を向けてくれている女性なのだ。俺はその気持ちに応えるつもりはないのだけれど、鵜崎唯以上に俺の事を好きになってくれる人なんていないという事は薄々感じてはいる。
俺と話をしてくれるもう一人の女性は髑髏沼愛華という女だ。こいつはなぜか俺が近くにいれば暴言を吐いてくるような女でそこまで嫌われるような事をしてしまったのかと反省してしまう事もあったのだけれど、その理由は誰が聞いても教えてくれることが無かった。
完璧超人の親友と俺の事を好きな拗らせ女子と俺の事を憎んでいる女性が近くにいるお陰で俺は恋愛が出来ないのだ。
恋愛が出来ないのは俺の性格に問題があるのではなく、こいつらがいつも近くにいるからなのだ。そう思うしかない。
俺に原因があるなんて思ってしまうと、今までの人生をすべて否定する事になってしまいかねないのだ。
いつか俺が唯菜ちゃんと付き合えるようになることを夢見ているのだが、大学生活も残りわずかとなっているし、来年からはいよいよ就職活動も始まってしまう。俺に残された時間は本当に残りわずかしかないのだ。
この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」「ノベルピア」にも投稿しています。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる