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第四章 戦いの始まり
第38話
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「小さい頃は、喧嘩ばかりで怒られていました。誰にも止められないから、誰からも相手にされなかった」
突然凱泉が話し始めたので、莉美は驚きつつ耳を傾けた。
「何度も、人と喧嘩するのを止めようとしたんです。いけないことであると、心の底ではわかっていましたから。しかし、身体から湧き上がってくる力を、どうしても自分で抑え込むことができなかったんです」
「それって、今の私のようなものですか?」
「完全に同じとは言い切れませんが、似たようなものかもしれません」
まだ若い凱泉は、そうやって荒くれ者の頭のようなことをしていたらしい。腕っぷしがもともと強く、誰も逆らえなかったとか。
「そんなときに、楊梅様に出会いました」
そこで凱泉は、己の力の正体を知った。
「渇きが消えたんです。それまでは、力や暴力に対する、飢えのようなものがありました。ですが、楊梅様に出会った瞬間、それがぴったりと止んだんです」
「そんなことが」
「初めのうちは信じられませんでした。ですが、いままでちっとも自分の言うことを聞いてくれなかった自分自身の力が、楊梅様の近くに居れば安定しました」
(私も同じだ……)
莉美の絵も、生まれてくるまでの時間差があるのが普通だった、しかし、楊梅と出会ってからは、彼の近くにいると特に安定してすぐに生まれてくる。
「この人が、自分のことを欲してくれているのだと思うと、それはそれは嬉しかった」
莉美はまじまじと凱泉を見つめた。彼の楊梅に対する忠義はいったいどこから来るのかと思っていたが、そういうことなのだろう。
「巡り逢わせですか?」
「わたしはそのように感じました」
心の部分で求め合って、そして応えあっていく信頼関係がある。確かに凱泉は、楊梅と運命を感じているのだろう。
「今では少しくらい離れていても、むしろ二日ほど顔を合わせずとも平気です。でも、調練のように身体を使うときは一緒に来ていただかないと、制御できずに兵士を鞠のように飛ばしてしまう恐れがあるので」
「……あれで加減していたっていうんですか?」
「もちろんです。証拠に、誰も死んでいないでしょう?」
莉美は凱泉を怒らせるのだけは止めようと心に誓った。
「着きましたよ」
言われて気がついたが、いつの間に目的地に到着していた。
慌ただしく人が行き来し、空気が張りつめている。凱泉が中に入って大量の書簡を渡すと、官たちはあからさまに「溜めすぎだ」という顔をする。
そのあと、仕事ができない楊梅だから仕方がない、というのを誰かが呟いていた。凱泉は額に青筋を立てたのだが、聞こえないふりをしたのは大人だった。
ただし、殺気だけはしまわなかったので、陰口を言った官は縮み上がったに違いない。
「莉美殿助かりました。わたしはもう少し用事があります。一人で戻れますか?」
「大丈夫です。わからなければ、道を聞きますから」
凱泉は頷く。彼も苦労していたのかもしれない。莉美に話をしてくれたのは、仙同士で分かり合えるものがあるからか、力の安定の鍵が楊梅にあることを知らせたかったのか。
(たぶん、どっちもだ)
「凱泉様、ありがとうございます。楊梅様によけいなことを言ってしまって、落ち込んでいたんですが、ちょっと元気になりました。」
「礼には及びません。楊梅様と、仲直りをしてください。しらけた顔をみせられると、つい癖が出そうになります」
「癖ですか?」
「投げ飛ばして喝を入れたくなるという、癖があります」
とんでもない癖だ、と莉美は一歩後ずさった。凱泉は仏頂面のまま「冗談です」と言うが、そうは聞こえなくて肝が冷える。
「では、失礼します」
凱泉はくるんと踵を返していく。凱泉の前では、なるべく投げ飛ばされないようにしなくては、と莉美は心に誓った。
突然凱泉が話し始めたので、莉美は驚きつつ耳を傾けた。
「何度も、人と喧嘩するのを止めようとしたんです。いけないことであると、心の底ではわかっていましたから。しかし、身体から湧き上がってくる力を、どうしても自分で抑え込むことができなかったんです」
「それって、今の私のようなものですか?」
「完全に同じとは言い切れませんが、似たようなものかもしれません」
まだ若い凱泉は、そうやって荒くれ者の頭のようなことをしていたらしい。腕っぷしがもともと強く、誰も逆らえなかったとか。
「そんなときに、楊梅様に出会いました」
そこで凱泉は、己の力の正体を知った。
「渇きが消えたんです。それまでは、力や暴力に対する、飢えのようなものがありました。ですが、楊梅様に出会った瞬間、それがぴったりと止んだんです」
「そんなことが」
「初めのうちは信じられませんでした。ですが、いままでちっとも自分の言うことを聞いてくれなかった自分自身の力が、楊梅様の近くに居れば安定しました」
(私も同じだ……)
莉美の絵も、生まれてくるまでの時間差があるのが普通だった、しかし、楊梅と出会ってからは、彼の近くにいると特に安定してすぐに生まれてくる。
「この人が、自分のことを欲してくれているのだと思うと、それはそれは嬉しかった」
莉美はまじまじと凱泉を見つめた。彼の楊梅に対する忠義はいったいどこから来るのかと思っていたが、そういうことなのだろう。
「巡り逢わせですか?」
「わたしはそのように感じました」
心の部分で求め合って、そして応えあっていく信頼関係がある。確かに凱泉は、楊梅と運命を感じているのだろう。
「今では少しくらい離れていても、むしろ二日ほど顔を合わせずとも平気です。でも、調練のように身体を使うときは一緒に来ていただかないと、制御できずに兵士を鞠のように飛ばしてしまう恐れがあるので」
「……あれで加減していたっていうんですか?」
「もちろんです。証拠に、誰も死んでいないでしょう?」
莉美は凱泉を怒らせるのだけは止めようと心に誓った。
「着きましたよ」
言われて気がついたが、いつの間に目的地に到着していた。
慌ただしく人が行き来し、空気が張りつめている。凱泉が中に入って大量の書簡を渡すと、官たちはあからさまに「溜めすぎだ」という顔をする。
そのあと、仕事ができない楊梅だから仕方がない、というのを誰かが呟いていた。凱泉は額に青筋を立てたのだが、聞こえないふりをしたのは大人だった。
ただし、殺気だけはしまわなかったので、陰口を言った官は縮み上がったに違いない。
「莉美殿助かりました。わたしはもう少し用事があります。一人で戻れますか?」
「大丈夫です。わからなければ、道を聞きますから」
凱泉は頷く。彼も苦労していたのかもしれない。莉美に話をしてくれたのは、仙同士で分かり合えるものがあるからか、力の安定の鍵が楊梅にあることを知らせたかったのか。
(たぶん、どっちもだ)
「凱泉様、ありがとうございます。楊梅様によけいなことを言ってしまって、落ち込んでいたんですが、ちょっと元気になりました。」
「礼には及びません。楊梅様と、仲直りをしてください。しらけた顔をみせられると、つい癖が出そうになります」
「癖ですか?」
「投げ飛ばして喝を入れたくなるという、癖があります」
とんでもない癖だ、と莉美は一歩後ずさった。凱泉は仏頂面のまま「冗談です」と言うが、そうは聞こえなくて肝が冷える。
「では、失礼します」
凱泉はくるんと踵を返していく。凱泉の前では、なるべく投げ飛ばされないようにしなくては、と莉美は心に誓った。
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